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第一部 第二章 胎動
(序)黒い川面
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20XX年5月27日(月)
夜のC川は、暗い河面に周囲の街灯や建物の明かりを映しながら、満々と水を湛えてゆっくりと流れていた。日付が変わったこの時間になると、流石に建物の明かりもだいぶ消え、水面には街灯の明かりが規則正しく並び、堤防上の道路を時折通る自動車のヘッドライトが流れるように移動している。人通りはほとんどなく、橋の下に住み着いたホームレスも、すでに夢の中であった。
そんな静かな川のほとりをフラフラと歩く人影があった。その人影は不気味にうなりながら、時折転び、這いずりながらようやく立ち上がってヨロヨロ歩くことを繰り返していた。その動きは緩慢で、ただ壊れた機械が無目的にようやく動いているようにすら見えた。さらに、時折自動車のヘッドライトに照らされた、その男の姿には異様なものがあった。
男の衣服は汚れて身体も垢にまみれていたが、ボロボロに敗れかけた服から覗く肌にはあちこちに血が滲んでいた。一見ひどい事故に遭ったような男の風体で、ライトに照らされたその顔も数箇所にわたって血が滲み鼻からも血が流れていた。しかし、そんな悲惨な状態よりさらに凄まじかったのはその両目であった。真っ赤に充血してあふれた血が流れ出している。
最初はなんとか歩いていた男だが、だんだん転ぶ回数が増え、しまいには半ば這うような状態でひたすら前に進んでいた。一体そんな状態でどこに行こうとしているのか。
彼の頭の中は、今、ひとつの考えのみが支配していた。
――タシカ、コノサキニ、ダレカ、スンデイルハズダ。ソイツニ、アワナケレバ。
とにかく誰かに会わねばならない。この体が終わる前に。会って・・・。
会って?
会ってどうする? おそらく彼にもそれはよくわかっていなかった。ただ彼はゆっくりと、しかし、ひたすら進んでいた。
――ソウダ、アノハシ、アノハシダ。アソコニヤツガイル。イソゲ。イソガナケレバ・・・
目標を確認して、彼はやや焦った。這うような状態からなんとか立ち上がって数メートルよろけながら走った、いや、走ったつもりだった。しかし誰か見ているとしたら、それは緩慢な歩みに見えたかもしれない。
ところが、彼の焦りが今までなんとか保っていたバランスを失わせてしまった。彼の身体はよろけた。目の前には取水用の水路があった。まずい。彼は方向転換をしようとしたが、そのために思い切り足を滑らせた。
道路橋の下を『住居』と決め込んでいる男は、夜中、川に何か大きなものが落ちたような音を聞いて目を覚ました。彼は不審そうにもそもそ起き出すと、身体をあちこち掻きながら、粗末な『自宅』から出て川の様子を見た。しかし、川は、何も無かったように静かにゆっくりと流れていた。彼は首をかしげながら『住居』に戻っていった。
しばらくすると、川になにか大きいものが浮かびゆっくり流れていった。それはいずれ、葦原の中に静かに消えていった。
夜のC川は、暗い河面に周囲の街灯や建物の明かりを映しながら、満々と水を湛えてゆっくりと流れていた。日付が変わったこの時間になると、流石に建物の明かりもだいぶ消え、水面には街灯の明かりが規則正しく並び、堤防上の道路を時折通る自動車のヘッドライトが流れるように移動している。人通りはほとんどなく、橋の下に住み着いたホームレスも、すでに夢の中であった。
そんな静かな川のほとりをフラフラと歩く人影があった。その人影は不気味にうなりながら、時折転び、這いずりながらようやく立ち上がってヨロヨロ歩くことを繰り返していた。その動きは緩慢で、ただ壊れた機械が無目的にようやく動いているようにすら見えた。さらに、時折自動車のヘッドライトに照らされた、その男の姿には異様なものがあった。
男の衣服は汚れて身体も垢にまみれていたが、ボロボロに敗れかけた服から覗く肌にはあちこちに血が滲んでいた。一見ひどい事故に遭ったような男の風体で、ライトに照らされたその顔も数箇所にわたって血が滲み鼻からも血が流れていた。しかし、そんな悲惨な状態よりさらに凄まじかったのはその両目であった。真っ赤に充血してあふれた血が流れ出している。
最初はなんとか歩いていた男だが、だんだん転ぶ回数が増え、しまいには半ば這うような状態でひたすら前に進んでいた。一体そんな状態でどこに行こうとしているのか。
彼の頭の中は、今、ひとつの考えのみが支配していた。
――タシカ、コノサキニ、ダレカ、スンデイルハズダ。ソイツニ、アワナケレバ。
とにかく誰かに会わねばならない。この体が終わる前に。会って・・・。
会って?
会ってどうする? おそらく彼にもそれはよくわかっていなかった。ただ彼はゆっくりと、しかし、ひたすら進んでいた。
――ソウダ、アノハシ、アノハシダ。アソコニヤツガイル。イソゲ。イソガナケレバ・・・
目標を確認して、彼はやや焦った。這うような状態からなんとか立ち上がって数メートルよろけながら走った、いや、走ったつもりだった。しかし誰か見ているとしたら、それは緩慢な歩みに見えたかもしれない。
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