5 / 137
第一部 第二章 胎動
(序)黒い川面
しおりを挟む20XX年5月27日(月)
夜のC川は、暗い河面に周囲の街灯や建物の明かりを映しながら、満々と水を湛えてゆっくりと流れていた。日付が変わったこの時間になると、流石に建物の明かりもだいぶ消え、水面には街灯の明かりが規則正しく並び、堤防上の道路を時折通る自動車のヘッドライトが流れるように移動している。人通りはほとんどなく、橋の下に住み着いたホームレスも、すでに夢の中であった。
そんな静かな川のほとりをフラフラと歩く人影があった。その人影は不気味にうなりながら、時折転び、這いずりながらようやく立ち上がってヨロヨロ歩くことを繰り返していた。その動きは緩慢で、ただ壊れた機械が無目的にようやく動いているようにすら見えた。さらに、時折自動車のヘッドライトに照らされた、その男の姿には異様なものがあった。
男の衣服は汚れて身体も垢にまみれていたが、ボロボロに敗れかけた服から覗く肌にはあちこちに血が滲んでいた。一見ひどい事故に遭ったような男の風体で、ライトに照らされたその顔も数箇所にわたって血が滲み鼻からも血が流れていた。しかし、そんな悲惨な状態よりさらに凄まじかったのはその両目であった。真っ赤に充血してあふれた血が流れ出している。
最初はなんとか歩いていた男だが、だんだん転ぶ回数が増え、しまいには半ば這うような状態でひたすら前に進んでいた。一体そんな状態でどこに行こうとしているのか。
彼の頭の中は、今、ひとつの考えのみが支配していた。
――タシカ、コノサキニ、ダレカ、スンデイルハズダ。ソイツニ、アワナケレバ。
とにかく誰かに会わねばならない。この体が終わる前に。会って・・・。
会って?
会ってどうする? おそらく彼にもそれはよくわかっていなかった。ただ彼はゆっくりと、しかし、ひたすら進んでいた。
――ソウダ、アノハシ、アノハシダ。アソコニヤツガイル。イソゲ。イソガナケレバ・・・
目標を確認して、彼はやや焦った。這うような状態からなんとか立ち上がって数メートルよろけながら走った、いや、走ったつもりだった。しかし誰か見ているとしたら、それは緩慢な歩みに見えたかもしれない。
ところが、彼の焦りが今までなんとか保っていたバランスを失わせてしまった。彼の身体はよろけた。目の前には取水用の水路があった。まずい。彼は方向転換をしようとしたが、そのために思い切り足を滑らせた。
道路橋の下を『住居』と決め込んでいる男は、夜中、川に何か大きなものが落ちたような音を聞いて目を覚ました。彼は不審そうにもそもそ起き出すと、身体をあちこち掻きながら、粗末な『自宅』から出て川の様子を見た。しかし、川は、何も無かったように静かにゆっくりと流れていた。彼は首をかしげながら『住居』に戻っていった。
しばらくすると、川になにか大きいものが浮かびゆっくり流れていった。それはいずれ、葦原の中に静かに消えていった。
夜のC川は、暗い河面に周囲の街灯や建物の明かりを映しながら、満々と水を湛えてゆっくりと流れていた。日付が変わったこの時間になると、流石に建物の明かりもだいぶ消え、水面には街灯の明かりが規則正しく並び、堤防上の道路を時折通る自動車のヘッドライトが流れるように移動している。人通りはほとんどなく、橋の下に住み着いたホームレスも、すでに夢の中であった。
そんな静かな川のほとりをフラフラと歩く人影があった。その人影は不気味にうなりながら、時折転び、這いずりながらようやく立ち上がってヨロヨロ歩くことを繰り返していた。その動きは緩慢で、ただ壊れた機械が無目的にようやく動いているようにすら見えた。さらに、時折自動車のヘッドライトに照らされた、その男の姿には異様なものがあった。
男の衣服は汚れて身体も垢にまみれていたが、ボロボロに敗れかけた服から覗く肌にはあちこちに血が滲んでいた。一見ひどい事故に遭ったような男の風体で、ライトに照らされたその顔も数箇所にわたって血が滲み鼻からも血が流れていた。しかし、そんな悲惨な状態よりさらに凄まじかったのはその両目であった。真っ赤に充血してあふれた血が流れ出している。
最初はなんとか歩いていた男だが、だんだん転ぶ回数が増え、しまいには半ば這うような状態でひたすら前に進んでいた。一体そんな状態でどこに行こうとしているのか。
彼の頭の中は、今、ひとつの考えのみが支配していた。
――タシカ、コノサキニ、ダレカ、スンデイルハズダ。ソイツニ、アワナケレバ。
とにかく誰かに会わねばならない。この体が終わる前に。会って・・・。
会って?
会ってどうする? おそらく彼にもそれはよくわかっていなかった。ただ彼はゆっくりと、しかし、ひたすら進んでいた。
――ソウダ、アノハシ、アノハシダ。アソコニヤツガイル。イソゲ。イソガナケレバ・・・
目標を確認して、彼はやや焦った。這うような状態からなんとか立ち上がって数メートルよろけながら走った、いや、走ったつもりだった。しかし誰か見ているとしたら、それは緩慢な歩みに見えたかもしれない。
ところが、彼の焦りが今までなんとか保っていたバランスを失わせてしまった。彼の身体はよろけた。目の前には取水用の水路があった。まずい。彼は方向転換をしようとしたが、そのために思い切り足を滑らせた。
道路橋の下を『住居』と決め込んでいる男は、夜中、川に何か大きなものが落ちたような音を聞いて目を覚ました。彼は不審そうにもそもそ起き出すと、身体をあちこち掻きながら、粗末な『自宅』から出て川の様子を見た。しかし、川は、何も無かったように静かにゆっくりと流れていた。彼は首をかしげながら『住居』に戻っていった。
しばらくすると、川になにか大きいものが浮かびゆっくり流れていった。それはいずれ、葦原の中に静かに消えていった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる