ギルフォード教授シリーズ巨大生物編

黒木 燐

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第1章 SHP

第8話 ブッシュ・ミステリー

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「静かにしろ。騒ぐとこのガキの首をへし折るぞ」
 男は低い声でもう一度脅した。聖士は何も出来ずにその場で硬直した。立っているのがやっとな様子だった。
「おまえ、あの化物を呼ぶんだ」
 男は美里に言うと、彼女の口から手を離した。
「いやっ! ルンルン逃げて!」
「おい、化物。出てこいよ。出てこないとこの子らの命はないぞ」
 その言葉を理解したのか、ルンルンがそっと藪から”顔”を出した。
「おい、捕まえて容器に入れろ」
 男が藪に入ったもう一人に言った。
「いいか、あの子が心配ならじっとしてろよ」
 リーダーらしき男が念を押して言った。藪に入った男は言われたとおりにルンルンに近づいて行く。
「やめて! ルンルンを連れて行かないで!!」
「やめろォ! 金子の友達を奪うなぁ!」
「うるさいガキ共だな。黙れと言っただろ。痛い目に遭いたいのか?」
 美里を羽交い絞めにしている方の男はそういうと、ジャケットのポケットから何かを取り出し、バチッと光らせた。聖士はそれを見て一歩後退って言った。
「スタンガン!? 卑怯だぞ、お前ら!!」
「坊や、お前の存在は想定外だったんだ。何ならお前から黙らせてやろうか? おい、早くその化物を捕まえろよ」
 男は『化物』を前にして及び腰の相棒に言った。
「わかっとる! こっちだって命がけなんだぞ」
 そうぶつぶつ言いながら男はサッカーボールより少し大きめのくらいの容器を置いて言った。
「おい、化物、この容器に入んな。じゃないとあの子がどうなるか」
 そう言いながら男はもう一度スタンガンを光らせた。しかし、それを見たルンルンは、ふわっと浮き上がってスタンガンを持った男の方を向いた。藪の方にいる男が慌ててルンルンを捕まえようとしてそれに触れた。とたんにルンルンが発光してそれと共に男も青白く体を発光させると声もなく倒れた。ルンルンはそのままスタンガン男の方にふわふわと近づいて行く。
「く、来るな!!」
 男は狼狽してスタンガンを振り回した。と、急にスタンガンのバチバチが消えた。
「え、冗談……」
 しかし、ルンルンはふわふわと男の方に向かって来る。
「うわあーーーッ!!」
 男は恥も外聞もなく悲鳴を上げて逃げ出した。しかし、ルンルンに追いつかれ、一瞬全身を発光させると敢え無く倒れた。
 美里と聖士は何が起こったか理解出来ずに呆然としていたが、聖士がいち早く我に返って言った。
「金子、ヤバいぞ。誰か来て警察に通報されたら、ルンルンのことがバレてしまう」
「ええっ? 嫌よそんなの!」
「こいつらが持ってきた入れ物、多分ルンルンを捕まえるためのもんだと思う」
 聖士はそう言いながら容器が放置されたままの場所に行き、しゃがんで容器を調べてみた。
「こうやって蓋をしめたらいいのか。とりあえずルンルンをこれに入れてみよう。金子、ルンルンにこれに入ってって言ってみて」
 美里は一瞬ためらったが、容器の前に来ると、しゃがんでルンルンを呼んだ。
「ルンルン、おいで。ここに入ってごらん。一緒に行こう」
 ルンルンはふわふわと容器の中に納まった。案外居心地がよさそうだ。聖士は蓋を閉めるとそれを抱きかかえようとする美里を制止して、自分でそっと抱えてみた。
「よかった。大丈夫そうだ! 取りあえずさっさとここから離れよう」
「でも、ルンルンをどこに……」
「そんなん後だ! 見ろよ、あれ! 覆面らしい車のパトランプが近づいて来よぉ! 誰かがもう通報したんだ」
「え? でもこの人たち……」
「馬鹿! 悪者はほっとけよ! 急いで逃げるぞ、ほら!」
 聖士は右手で容器を抱え、左手で美里の手を引くと駆け出した。

 覆面パトカーの中身は富田林と葛西だった。無線で近くの場所で何回か発光現象があったという数か所からの通報を受け、現場に向かったのだ。車を降りて通報のあったあたりを捜索すると、藪の近くに不審な黒塗りの車があるのを見つけた。葛西が近くによって懐中電灯で中を確認する。
「トンさん、誰もいないようです」
「トンさんはやめろ。……まだボディがあたたかいな。近くに持ち主がいるかもしれん」と言いながら富田林は懐中電灯で周囲を確認する。
「富田林部長、あそこ!」
 一緒に捜索していた葛西が言った。葛西が照らした方向を見ると、藪の中に白い手が見えた。すぐに葛西が駆け寄る。
「男が倒れてます」
「おう、こっちにも一人倒れているぞ。こっちは気絶しているだけだ。そっちはどうだ?」
「あ、マズい! 心肺停止状態です!」
「なんだと? とにかくまず藪から出してこっちの遊歩道に寝かせよう」
 二人は男の両脇と足を持って遊歩道に寝かせた。
「葛西、心臓マッサージは出来るか?」
「はい! やってみます」
 葛西は答えるや否や男のシャツをはだけると、心臓マッサージを始めた。富田林はそれを確認すると救急車を呼ぶために電話を出した。

「それで、男たちは?」
 翌日、研究室まで報告に来た葛西の話を受けて、ギルフォードが聞いた。
「はい、心肺停止の男は蘇生させましたが、まだ二人とも意識不明で事情聴取出来ていません。それで、状況から最初、仲間割れだか事故だかでスタンガンが暴発して感電して倒れたのでは、と思われてたんですが、スタンガンはバッテリー切れでしたが壊れた様子はなくて、しかも、男たちを診察した医師が言うには、彼等が低体温症になっていて、血中の酸素濃度もかなり低かったというのです」
「貧血に低体温症ですか。う~ん、6月に熱中症ではなく低体温症ねえ」
「さらに、車の中を捜索したら、これが出てきたんです」
 葛西はそういうと、タブレットの写真を見せた。それにはペットのキャリーケースくらいのサイズの容器が映っていた。
「なんか変わった素材ですね。不思議な光沢をしています。これは金属ですか?」
「この前、某研究所から盗まれた容器の話をしたでしょう? どうやらそいつらしいんです。今、その研究所に問い合わせ中ですが」
「ということは?」
「これを盗んだ目的がSHP捕獲目的だったとすると、彼らはあの藪あたりにそれらしきものを見つけていた可能性が高いです」
「で、返り討ちにあったと? 普通ならそんなバカな、というところですが、僕たちもあのあたりで奇妙な体験をしましたからねぇ。その藪からなにか痕跡はあったのですか?」
「SHPがいたという証拠はなかったのですが、藪の中に小動物が作ったと思われる獣道が数本確認されました」
「男たちがそいつSHPにやられたとして、藪の植物に何かダメージはあったのですか?」
「いえ、枯れたとか燃えたとかいう異状はなかったですね。むしろ、獣道らしきものはあっても足跡すら見つからなくて、根っこはまったく踏み荒らされてないんですよ」
「要するに、それが浮遊していたと?」
「そうなりますね。ですから、SHPがいた可能性はあるということで、今、ウチで件の藪とその周辺を捜索中です。僕らも今から現場に行きます」
 と言うと、葛西は立ち上がって一礼した。

 葛西が帰ってから、何かをずっと考えている様子のギルフォードに由利子が声をかけた。
「どうしたの? なんか思い当たることでもあるの?」
「いえ、ありませんよ」
 そういうとギルフォードはにっこりと笑った。
「そう?」
 由利子はそれ以上追及はしなかった。こういう時はぜったいに答えてくれないのが判っていたからだ。
「あれ、絶対に心当たりあるよね」
 由利子は紗弥の席に行くとこっそりと言った。
「そうですわね。でもとりあえず放っておきましょう」
 紗弥が相変わらずのポーカーフェイスで答えた。

 富田林と葛西は現場に向かう車の中で葛西に聞いた。
「ギル教授に不審な反応はなかったか?」
「はい、特に。全然普通でしたが」
「その肯定に『全然』を使うの未だに慣れないんだが」
 富田林が違う方面で反応したので葛西が驚いて言った。
「そうですか? でも漱石だって使ってたんだから間違いじゃないと思いますが」
「すまん、話をそらして悪かったな。昨日も現場で教授ヤツを見かけたんだ。おそらくヤツはなんか掴んでいるはずだ」
「だから、教授をヤツ呼ばわりするのは止めてくださいってば。科学者にありがちな変人属性があるんで、たまに挙動不審な時はありますが、尊敬できる人です」
「俺はイケメンすぎる奴は信用しないんだ」
「私怨で人格否定しないでくださいってば」
「あの教授は絶対何かを掴んどるはずだ。こんど見かけたら尾行するぞ」
「ほんとにもう」
 葛西はそういうとため息を付いた。

「アクチョ!」
「Bless you! 風邪ですか?」
 ギルフォードがくしゃみをしたので、紗弥がお決まりの反応を返した。
「う~ん、昨日公園のベンチでつい寝ちゃったせいかなあ」
「どうせ、富田林さんあたりが悪口言ってるんだよ」
 こんどは由利子がキーボードを打ちながら澄ました顔で言った。
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