ギルフォード教授シリーズ巨大生物編

黒木 燐

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第1章 SHP

第4話 UFO風船

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 彼らはレンタサイクルのおかげで、思ったよりも早く先ほどの現場に戻ることが出来た。
「しかし、何の変哲もない海岸ですよネ」
 と、ギルフォードが海岸を見渡して言った。その横に並んだ由利子が相槌を打った。
「うん、そうやね。梅雨時じゃなかったら、行楽にもいい感じで賑わってるやろうね。しかし、のどかだねえ。さっきの変な現象が嘘みたい」
 ギルフォードたちより数分後に着いた葛西と富田林が駆け足でやってきた。富田林が言った。 
「遅れてすみません。私たちはこの辺で聞き込みをしてみます。教授たちはどうされますか?」
「僕らはこのあたりを散策しています。ひょっとしたらさっきの事象の原因あるいは手掛かりがあるカモしれません」
「了解しました。では後程ここで。行くぞ葛西!」
 富田林はそう言うや否や駈け出した。
「富田林さん、ちょ、待っ……。じゃ、みなさん、また!」
「おやまあ、相変わらず正反対な性格のコンビですねえ」
 挨拶もそこそこに富田林の後を追う葛西を見て、ギルフォードが苦笑して言った。 
 
 葛西たちが聞き込みに回っている間、ギルフォードたちは各々海岸周辺を散策していた。しかし、何の変哲もないように見えるのどかな海岸は平和そのもので、先ほどの異変が嘘のようである。由利子はもうじき夕暮れに向かおうとしている空とその下で穏やかに引き寄せる波を見てため息をついた。
「平和だなあ……。さっきの出来事が夢みたいだ」
 彼女はそういうと、背伸びをし深呼吸した。
「さぁて、海岸線でもぷらぷらしていようかな」

 ギルフォードは、気になっていた、さっき少女がカラスを追い払った藪を探っていた。しかしとくに変わった様子はない。ただ、何者かが潜んでいた形跡はあったが、カラスが居た限りは特に不審に思うところはない。しかし、ギルフォードにはその形跡の状態に何かしら違和感を感じていた。よく見るとカラスにしては妙なのだ。その形跡である「獣道」はその動物が少し浮遊しながら移動したように見えた。なぜなら足跡らしきものがなかったからである。いくら鳥とはいえ、カラスがその低位置で飛びながら移動できるとは思えないのだ。何より藪が飛翔の邪魔になるだろう。
(”妙だな.あの少女が追い払ったのは本当にカラスだったのか?”)
 その時、ギルフォードは何か声がしたような気がした。しかし、何と言ったのか内容はわからなかった。それは漠然とした「声のようなもの」でしかなかった。ギルフォードは驚いて周囲を見回した。しかし、誰も居ない。
”くそっ、なんだ? 空耳か?”
 ギルフォードは呟くと苦笑したが、すぐにまた声がした。ギルフォードは戸惑って首をかしげた。しかし、3度目に声が聞こえた時、彼は慄然とした。それは聞こえたのではなく、頭の中に響いていたものだということが判ったからである。
”うわ,やべぇ.マジ幻聴かよ”
 ギルフォードは右手で額を抑えながらつぶやいた。
 この小説で初めてギルフォードを知った方は、彼の日本語と母国語のギャップに少々驚かれたかもしれない。
 もともと彼は英国では上流階級出で、英語もかなり上品なクィーンズイングリッシュだったのだが、若いころ渡米した際にそれについてずいぶんとからかわれたために、好んで粗暴な言葉を使うようになったのだ。ちなみに蛇足だが、作者の日本語もかなり粗暴である。
 
 葛西と富田林は近隣の家や地元民と思われる通行人に聞き込みをしていたが、みな不審な墜落事故の続出や、時折被害が出る謎のエネルギー消失現象は知っているものの、当然原因など知るわけもなく、1時間ほどの聞き込みでは特に真新しい情報はない。ただ、皆が一様に口をそろえて言うには、異変が起き始めたのは数年前の隕石落下以降だということだった。
「しかし、目撃証言ってなぁないもんだな。誰か一人くらいは何がしか見ていそうなもんだが」
 と、富田林がなんとなく不満そうに言った。葛西はそれを見て少し茶化し気味に言った。
「セオリーとしては、その人はホームレスだったり変人だったりして近隣から疎外されてたりするんですよね」
「よくあるSFドラマと一緒にするんじゃない」
 富田林は葛西の茶々を一蹴して言った。
「俺たちの任務は、そもそもこの事件と怪植物を使用したMH(Monster-hazard:モンスター障害)テロリストが繋がっているかを調べるのが目的だ。あくまでテロリスト確保が任務であり、飛行機墜落遭難多発事件自体の捜査はその関連に過ぎん」
「それはそうですが、この事件がテロリストの仕業の可能性は十分ありますよね」
「そうじゃなくても、これがもしあのSHPの仕業ならテロリストが狙ってくる可能性は十分にある。これさえあれば都市機能を完全にマヒさせることが出来る。特に電子機器やサーバの停止は深刻なデータ破壊をもたらすだろう。今の文明はコンピュータなしでは存続できないからな。しかも汚染のリスクはほぼ0だ」
「でも、そんなものを狙ったって、自分たちの乗り物や電子機器がイカれて身動きできなくなるのがオチだと思うけど」
「ヤツの食事、すなわちエネルギー吸収を阻害する物質があるとしたら?」
「え?」
「エネルギー源を絶たれたら、流石のヤツSHPも活動を停止するだろう? 再び、SHPが舞い戻ってきた時のために、それを研究していた男がいる」
「ええっ!」
「その科学者は、ある隕石を分析研究して偶然特殊な合金を開発した。それは、万能のエネルギー遮断合金だということだ」
「その隕石って、SHP襲来と近い年に落下したヤツですよね。破片が散らばって広範囲に電波障害をもたらした。でも、あれは人類の技術では手に負えなかったシロモノでは?」
「何十年前の情報だよ。年月が経ちゃ技術も格段に進む。問題は、それを開発した男が、例の古代植物の種子を盗まれた間抜けだったってことだ」
「マヌケって、仮にも被害者ですよ。…そういえば、数日後になって特殊合金のケースも盗まれたという届を出したと言う話でしたね」
「あのヤロー、最初合金まで盗まれたと言い出せなくて、後になって白状しやがった。どんだけ杜撰な管理をしておったんだ!」
「そんなものまで盗み出すなんて、SHPを捕獲する気満々じゃないですか」
「だから俺たちに調査の指令が出たんだ。これはまだ機密情報なんで、お前にも黙っとったが、SHP存在の可能性が出てきたんで話した。だから教授たち民間人にはまだ秘密だ。そういうことなんで、もう少し粘って聞き込みを続ける。行くぞ!」
「はい!」
 物見遊山かと思っていた調査が重要任務だったことを知って、葛西は心機一転して富田林の後に続いた。

 一方紗弥は、持ち前の身軽さで擁壁を越え法面を駆けあがり、小高い丘の上に登った。そのあたりに何か銀色のものが見えたからだ。丘の上に立った紗弥は、その銀色の正体を確認した。それは、縁日などで売っている、所謂UFO風船だった。丘の上は小さな公園になっており、海に向かったベンチに50代くらいの男性が座っていた。風船はその彼の手に繋がった紐の先にあった。紗弥はその妙な取り合わせが気になり、少し迷ったが声をかけてみることにした。
「あの……」
 男性はゆっくりと振り返って言った。
「これは、きれいなお嬢さん。私に何か御用かな?」
「すみません、その風船……」
「ああ、こんな親父が風船を持っていることが不思議だったんだね。危ないおじさんと思われたかね?」
「いえ、なんかお寂しそうでしたので」
「寂しそう……」
 男は少し戸惑ったような笑顔で言った。
「そう見えましたか? 心配ご無用、ここから海に飛び降りたりしませんよ。こんな風船では浮くことは不可能ですからね」
「まあ……」
 紗弥は男の冗談につられてクスッと笑った。紗弥の笑みを見て、男は少しさみしそうな微笑みを浮かべて言った。
「この風船は私の親父への思い出みたいなものです。こんなものにかかわったせいで、親父の半生はこいつに振り回されたようなものでした」
 男はそういうと、手から風船の糸を離した。風船はゆっくりと空に昇って行き、夕方近くの傾きかけた太陽の光を反射し、また、時折シルエットになりながら、徐々に点になっていった。男と紗弥はしばらく黙ったままそれを見上げていたが、男がついと立ち上がって言った。
「そろそろ帰らないと、帰りの飛行機に遅れてしまう」
「まあ、地元の方ではなかったんですの?」
「残念ながら東京モンですよ。それではお嬢さん、ごきげんよう」
 男は紗弥に向かって軽く会釈をすると背を向け、足早に去って行った。紗弥はもう一度空の方を仰ぐと仲間たちの許に向かった。
 途中すれ違った親子連れの男の子が「ね、ね、あれ、UFOだったよね」と興奮気味で両親に言っていた。父親が「いや、だいたいああいうのは鳥か風船だよ」と言ったので、紗弥は心の中で「正解」と言った。少年は不満げに「ぜったいUFOだって」と父親に抗議し、母親が「そうよね~。パパは夢がないから」と少年をなだめた。紗弥はそれを聞きながら寂しそうな笑みを浮かべた。
 
 紗弥が待ち合わせ場所に戻ると、すでにみんな揃っていた。
「紗弥さん、おそいぞ~」
 由利子がそう言いながらも笑って手を振った。
「まあ、申し訳ありません」というと、紗弥は駆け足で皆の許に戻った。その横で葛西と富田林がお互いスマホを見せあいながらUFOが撮れたと騒いでいた。


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【注】” ”内のセリフは英語です。
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