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第1章 SHP
第1話 宇宙のプランクトン
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かつて、突如宇宙空間に出現した「YOMI」からやってきて地球に衝突寸前まで近づいた巨大生物がいた。
その宇宙巨大生物は地球からエネルギーを奪いながら接近し大気圏突入まで迫ったが、あわや衝突寸前まで迫った時に一か八かで打った米ソのICBMがその生物を掠め、軌道を変更、そのまま太陽に向かったのだった。これは図らずも米ソが協力し小惑星衝突回避実験することとなったのだ。
軍事機密に関わるためそれに至るまで紆余曲折あったが、とりあえず間一髪で地球は救われたのだった。
その後、ソレは何年もかけて太陽に近づき、いずれ飲み込まれ消滅するかと思われた。だが、ソレは数年後に太陽の引力圏に捕まり太陽の周りを公転し始めた。
ソレは、小惑星の一つとなったのだ。だが、ソレは『生物』故に小惑星としてカウントされずこう呼ばれた。
”The Space Huge Plankton(宇宙巨大浮遊生物)”、略称SHP、通称宇宙プランクトン。
これは、ソレが地球から去ってから約50年後の出来事である。
ソレは太陽の軌道を回りながらゆっくりと成長していった。
本来の「食べ物」であるエネルギーを求めて太陽に向かった怪物だったが、宇宙空間で暮らすためには、膨大なエネルギー消費が必要だった。そのため、無尽蔵のエネルギーを太陽から得ながら、地球に接近した時のような急激な成長はせず、地球から脱出してから40余年の歳月をかけて成熟していった。子孫を残すため、胎内の胞子も十分に成熟し、ソレは放出の準備を着々と進めていた。触手のひとつひとつに胞子を露出させ、放出の機会を待っていた時、それは起こった。
ちょうどソレの軌道上と交わる軌道を持つ、地球ではまだ未観測の小惑星が、ソレと衝突したのである。
無敵と思われていたSHPだが自分より巨大な惑星との衝突は致命的であった。ソレは爆発し消滅、小惑星もその1/3を失い軌道をやや変化させ爆発から遠ざかって行った。その衝突の光は地球からも観測され、”SHP”消滅のニュースに人々はほっと胸をなでおろした。ソレの存在する限り、いつか地球に舞い戻ってくる可能性があったからだ。今、それが戻って来た場合、受ける被害は当時の比ではない。文明の壊滅すらありうるのだ。だが、人類はSHPが胞子を放出しようとしていたことまでは知る由もなかった。
そして、SHPは衝突の瞬間、最後の力を振り絞って胞子を放出させた。それでもほとんどの胞子は爆発の影響で消滅したが、数個の胞子が爆発を逃れ猛スピードで、四散していった。
それから数年。日本上空に大型の流星が走った。それは赤く長い流星痕を残し、落下した。落下地点は九州の玄界灘と推定され、その周辺では広範囲に渡って海面との衝突時に起きたと思われる発光現象が目撃された。しかし、海中ゆえに探して回収しようと言う者も現れず、夕方のちょっとしたニュースで取り上げられるにとどまった。
そんなことも時と共に綺麗に忘れ去られ、また数年が過ぎていった。
「また、玄界灘で飛行機遭難だって。今度は自衛隊機らしいよ」
夏祭りに近い、6月も最終日の昼休み、大学の研究室でネットニュースを見ながら篠原由利子が言った。彼女は37歳、所謂アラフォーと呼ばれる年齢である。が、170センチ近い身長と、細身でボーイッシュな外見から実年齢よりかなり若く見えた。もともと会社員をしていたが、リストラで首になり、その後、ひょんなことでQ大(九州大学とは別物で、イギリス人資産家を理事長とする私立大。正式名はクィーンズナイツ総合大学。区別する為に、オバQ大と呼ばれることもある)のギルフォード教授に拾われ、助手として雇用されたのだ。
由利子が言ったのを受けて、ギルフォードが食べ終わったホカ弁に蓋をしながら言った。
「最近多いデスね。フクオカのバミューダトライアングルと呼ばれ始めているそうですよ。ま、バミューダトライアングル伝説自体はかなりマユツバモノですけどね」
彼はフルネームをアレクサンダー・ライアン・ギルフォードといい、国籍は英国でウイルス学とバイオテロ対策の専門家であり、米国炭疽菌事件の後、バイオテロ対策の御意見番として日本政府に呼ばれたという経歴がある。しかし、何故か、今はここで客員教授をしている。由利子が理由を聞いても教えてくれいないので、あまり良い思い出ではなさそうだ。しかし、その姿はかなり目を引くものだった。
彼は189cmの長身と細めだががっしりとした体格をしている。風貌と言えばイケメンの部類で、肩までの金髪を後ろで束ね、虹彩の色はグリーングレーでシルバーフレームのメガネをかけ、若干色落ちした黒Tシャツとリップドジーンズ、所謂ボロボロジーンズを身に着け、足元はDr.マーチンの土方靴もといワークブーツと、一見来日したミュージシャンのようだ。しかし、そのTシャツには左胸部分に小さく、背側にはでっかく白抜きの筆文字で「おっしょい!」と書かれていた。
「本家はともかく、こちらの方は深刻ですわよ。幸い、全員救助されていますが、みなさん全員口をそろえて、急にガス欠になったと証言されていますし、何人かは発光するアドバルーンか飛行船のようなものを見たとも証言されているそうですわ」
と、言ったのは教授秘書の鷹峰紗弥だ。彼女は日本人形のような黒髪とくっきりとした黒い眉に涼しい黒目がちの眼が印象的だ。背は由利子より少し低く華奢な外見だが、実はギルフォードのボディガードでもある。
実はギルフォードは幼いころからトラブルに巻き込まれやすく、いつも身内をハラハラとさせるという行状があった。それ故に日本行きが決まった時、父親から、お目付け役として紗弥を連れて行くということを条件とされたのだ。そして、今また恒例のトラブルが寄ってこようとしていた。
「飛行船、気になりますねえ……」
と、不意に教授室の入り口で声がした。ギルフォードと由利子が驚いてその方向を見ると、少し丸っこい体型でさらに丸顔の男が立っていた。しかし、その後ろにはすでに紗弥が立っていて、すぐさま彼をホールドした。
「わ~っ、秘書さん、僕です、富田林ですってば」
「ふっけ……いえ、刑事さん、だからいつも、前もって電話してアポ取ってから、ちゃんとドアをノックして入ってきてくださいと……」
由利子が困ったような可笑しいような表情をして言った。おそらく笑いを我慢しているのだろう。なぜなら、この富田林博史と言う刑事、福岡県警のマスコットふっけい君にそっくりだからである。由利子はそれに気づいて以来、富田林の顔をまっすぐに見られなくなってしまったのだ。
「富田林さん、だから言ったのに……」
と、少し遅れて入って来た男が言った。
「葛西、見ていないで彼女に何とか言ってくれ」
「ちゃんと謝れば、離してくれますよ」
葛西と呼ばれた刑事は、ため息交じりに言った。彼、葛西純平は富田林より若く、身長も高い。細い黒縁のメガネをかけ、サラ髪を少し長めのショートカットにし、左分けにした前髪を下ろし気味にしていた。所謂童顔であるものの、イケメンの部類である。ギルフォードは、葛西の姿を認めると嬉しそうににっこりと笑って言った。
「おや、ジュン。久しぶりですね」
しかし彼は、すぐに不機嫌そうに富田林に向かって言った。
「嫌ですよ」
「って、私も葛西も、まだ何も言っとらんじゃないですか」
「君たちの上官は、僕がジュンを気に入っているのを知っていて、何かあると君らをよこしてきますからね」
「いえ、アレク、それは気のせいでは……」
と葛西が言いかけると、富田林がそれをさえぎって言った。
「我々は、『YOMI』関連に関しては疑わしきもの全てを洗えという指示をうけております。上官の命令は絶対であります!」
「まあ、それはわかりますけどね、この前はひどかったですよ。金色の種子みたいなのを2個持ってきて、何かの生物らしいから調べてくれって。僕は微生物専門なのに」
「それは、宇宙から飛来したものということで、危険な微生物が中にいるかもしれないって、富田林さんが……」
「すんません」
と、富田林が申し訳なさそうに言った。
「そんな危険そうなものを、そのまま持ってこないでください」
「どうもすみません!!」
と、こんどは刑事二人が謝った。
「確か、あの時は……」
由利子が言った。
「ちょうどみんなでキャンプに行く前だったので、それの入ったケースごと持って海まで行っちゃったんだよね」
「それで……」とギルフォードが続けた。「キャンプ中にそれが孵ってひどい目に遭いました。なんですか、あのでっかい三本足の植物モドキは!!」
「そうそう、思い出しましたわ」
と、紗弥がポンと手を叩いてから言った。
「酔っぱらった由利子さんたちがキャンプファイヤーにその種子っぽいものの一個を投げ込んだのでしたわね」
「うわあ、紗弥さん、それ言っちゃだめ!」
「あれ、由利ちゃんの仕業だったんですか?」
葛西が驚いて言った。
「だれが由利ちゃんだっ」
「あ、すみません、由利子さん」
「あの時は、後からキャンプに参加した美葉が、荷物からそいつを見つけてもの珍しそうに手に取ったので、危険だから返してって言ったんだよ! そしたらあのバカ、酔っぱらってたせいか、冗談だと思って『取り返してごらんなさ~い』とか言いながら持って逃げようとしたんで、取り返そうとしたら手が滑ったの、それが真相」
「まあまあユリコ、そのおかげでそいつの正体がわかったんです。もしあれが、教授室とか街中とかで出現していたら、自衛隊が出て来て大変なことになっていました。災い転じてとはこのことですよ」
「炎の中で、燃えるどころかどんどん大きくなって、キャンプファイヤーから自力で転がり出るや、種子が割れて中からあんな化物が出てきたんだもの、二人とも一遍で酔いが覚めたわ。しかも、鞭みたいなので襲ってくるし」
「一番近かった僕が狙われたんですよ!」
「そこを『危ない!』って教授が葛西に向けて俺を突き飛ばしたんだ!! 正直殉職を覚悟したぞ!!!!」
富田林が思い出して憤慨したのでギルフォードが謝った。
「どうも、スミマセン」
「塩が弱点だったみたいでみんなで海水をかけてなんとか始末しましたが、しばらくその浜はバイオハザードを考慮して立ち入り禁止でしたものね」
「バケツリレーでね」と由利子が答えた。「でも、植物のくせになんで塩?」
「植物だけに塩害に弱いってことでしょう。塩を撒いて除草する輩もいますし。みんなは真似しちゃダメですよ!」
「それどこ向いて誰に言ってんのよ、アレク」
「で、あれは何やったとですか。やはり宇宙人の侵略!!」
と、富田林が息巻いて言ったが、ギルフォードは飄々として答えた。
「あんなものを送ってくるなんて、ただの嫌がらせとしか思えませんよ」
「ま、あれが何万個も落ちてきたらそれはそれで嫌だけどな」
と、由利子がぼそりと言うと、ギルフォードがニヤリと笑って言った。
「まるで地上げ屋みたいなやり方デスネ」
「そういえばアレク、もう一個の種子は」
「調査した後ガンマ線を当てて不活性化させたようですから、もう出てくることはないでしょう」
それを聞いて、富田林が心配そうに訊ねた。
「ガンマ線って放射線ですよね。突然変異して巨大化するとかいうことはなかでしょうか……?」
「そんなもんで巨大化なんかしませんよ、ゴジラじゃあるまいし。それにあれ以上巨大化させてどうするんですか。そもそも50m以上の生物とか在り得マセン。まあ大丈夫ですよ、あれから特に異常はないみたいですから。それで、今回君たちは何の用で来たのですか?」
ようやくギルフォードに本題を聞かれ、富田林が意気揚々として言った。
「さっきあなた方が話していた件ですよ。飛行船です。巨大な風船と言って思い浮かぶのは、『SHP』と呼ばれる宇宙プランクトンです」
「それって、何年か前に小惑星と衝突して消滅したんじゃないですか?」
「はい、そうなんですが……」
葛西が少しバツの悪そうに言った。
「富田林さんが言うには、その『プランクトン』の一部が地球に戻ってきているのではないかと……」
「それはすごい確率ですね」
ギルフォードに若干からかうような口調で言われたが、富田林が真剣な表情で言った。
「しかし、196x年の事件の調書を読んだのですが、今回の事件とよく似とおとですよ」
「なるほど、それで?」
「はい、我々と一緒に、現地の調査をして欲しかとです」
「嫌ですよ。僕だって忙しいんです」
「それはわかっていますが……」
と言うと、葛西はギルフォードに近づいて彼の手を取ると言った。
「僕たちは教授の協力が必要なんです。教授、いえ、アレク、お願いします。オネガイ」
「ま、まあ、仕方ナイですかねえ……」
ギルフォードが葛西の『オネガイ』にあっさりと屈したので、富田林はこっそりとガッツポーズをし、由利子と紗弥は顔を見合わせて肩をすくめた。
************************
【登場巨大生物】
宇宙プランクトンSHP(The Space Huge Plankton(宇宙巨大浮遊生物))
ミツアシラン(Try-footed Orchid)元ネタの映画版では海に落ちて溶けて消滅(原作ファンからナメクジじゃあるまいしとブーイングが起きた)
その宇宙巨大生物は地球からエネルギーを奪いながら接近し大気圏突入まで迫ったが、あわや衝突寸前まで迫った時に一か八かで打った米ソのICBMがその生物を掠め、軌道を変更、そのまま太陽に向かったのだった。これは図らずも米ソが協力し小惑星衝突回避実験することとなったのだ。
軍事機密に関わるためそれに至るまで紆余曲折あったが、とりあえず間一髪で地球は救われたのだった。
その後、ソレは何年もかけて太陽に近づき、いずれ飲み込まれ消滅するかと思われた。だが、ソレは数年後に太陽の引力圏に捕まり太陽の周りを公転し始めた。
ソレは、小惑星の一つとなったのだ。だが、ソレは『生物』故に小惑星としてカウントされずこう呼ばれた。
”The Space Huge Plankton(宇宙巨大浮遊生物)”、略称SHP、通称宇宙プランクトン。
これは、ソレが地球から去ってから約50年後の出来事である。
ソレは太陽の軌道を回りながらゆっくりと成長していった。
本来の「食べ物」であるエネルギーを求めて太陽に向かった怪物だったが、宇宙空間で暮らすためには、膨大なエネルギー消費が必要だった。そのため、無尽蔵のエネルギーを太陽から得ながら、地球に接近した時のような急激な成長はせず、地球から脱出してから40余年の歳月をかけて成熟していった。子孫を残すため、胎内の胞子も十分に成熟し、ソレは放出の準備を着々と進めていた。触手のひとつひとつに胞子を露出させ、放出の機会を待っていた時、それは起こった。
ちょうどソレの軌道上と交わる軌道を持つ、地球ではまだ未観測の小惑星が、ソレと衝突したのである。
無敵と思われていたSHPだが自分より巨大な惑星との衝突は致命的であった。ソレは爆発し消滅、小惑星もその1/3を失い軌道をやや変化させ爆発から遠ざかって行った。その衝突の光は地球からも観測され、”SHP”消滅のニュースに人々はほっと胸をなでおろした。ソレの存在する限り、いつか地球に舞い戻ってくる可能性があったからだ。今、それが戻って来た場合、受ける被害は当時の比ではない。文明の壊滅すらありうるのだ。だが、人類はSHPが胞子を放出しようとしていたことまでは知る由もなかった。
そして、SHPは衝突の瞬間、最後の力を振り絞って胞子を放出させた。それでもほとんどの胞子は爆発の影響で消滅したが、数個の胞子が爆発を逃れ猛スピードで、四散していった。
それから数年。日本上空に大型の流星が走った。それは赤く長い流星痕を残し、落下した。落下地点は九州の玄界灘と推定され、その周辺では広範囲に渡って海面との衝突時に起きたと思われる発光現象が目撃された。しかし、海中ゆえに探して回収しようと言う者も現れず、夕方のちょっとしたニュースで取り上げられるにとどまった。
そんなことも時と共に綺麗に忘れ去られ、また数年が過ぎていった。
「また、玄界灘で飛行機遭難だって。今度は自衛隊機らしいよ」
夏祭りに近い、6月も最終日の昼休み、大学の研究室でネットニュースを見ながら篠原由利子が言った。彼女は37歳、所謂アラフォーと呼ばれる年齢である。が、170センチ近い身長と、細身でボーイッシュな外見から実年齢よりかなり若く見えた。もともと会社員をしていたが、リストラで首になり、その後、ひょんなことでQ大(九州大学とは別物で、イギリス人資産家を理事長とする私立大。正式名はクィーンズナイツ総合大学。区別する為に、オバQ大と呼ばれることもある)のギルフォード教授に拾われ、助手として雇用されたのだ。
由利子が言ったのを受けて、ギルフォードが食べ終わったホカ弁に蓋をしながら言った。
「最近多いデスね。フクオカのバミューダトライアングルと呼ばれ始めているそうですよ。ま、バミューダトライアングル伝説自体はかなりマユツバモノですけどね」
彼はフルネームをアレクサンダー・ライアン・ギルフォードといい、国籍は英国でウイルス学とバイオテロ対策の専門家であり、米国炭疽菌事件の後、バイオテロ対策の御意見番として日本政府に呼ばれたという経歴がある。しかし、何故か、今はここで客員教授をしている。由利子が理由を聞いても教えてくれいないので、あまり良い思い出ではなさそうだ。しかし、その姿はかなり目を引くものだった。
彼は189cmの長身と細めだががっしりとした体格をしている。風貌と言えばイケメンの部類で、肩までの金髪を後ろで束ね、虹彩の色はグリーングレーでシルバーフレームのメガネをかけ、若干色落ちした黒Tシャツとリップドジーンズ、所謂ボロボロジーンズを身に着け、足元はDr.マーチンの土方靴もといワークブーツと、一見来日したミュージシャンのようだ。しかし、そのTシャツには左胸部分に小さく、背側にはでっかく白抜きの筆文字で「おっしょい!」と書かれていた。
「本家はともかく、こちらの方は深刻ですわよ。幸い、全員救助されていますが、みなさん全員口をそろえて、急にガス欠になったと証言されていますし、何人かは発光するアドバルーンか飛行船のようなものを見たとも証言されているそうですわ」
と、言ったのは教授秘書の鷹峰紗弥だ。彼女は日本人形のような黒髪とくっきりとした黒い眉に涼しい黒目がちの眼が印象的だ。背は由利子より少し低く華奢な外見だが、実はギルフォードのボディガードでもある。
実はギルフォードは幼いころからトラブルに巻き込まれやすく、いつも身内をハラハラとさせるという行状があった。それ故に日本行きが決まった時、父親から、お目付け役として紗弥を連れて行くということを条件とされたのだ。そして、今また恒例のトラブルが寄ってこようとしていた。
「飛行船、気になりますねえ……」
と、不意に教授室の入り口で声がした。ギルフォードと由利子が驚いてその方向を見ると、少し丸っこい体型でさらに丸顔の男が立っていた。しかし、その後ろにはすでに紗弥が立っていて、すぐさま彼をホールドした。
「わ~っ、秘書さん、僕です、富田林ですってば」
「ふっけ……いえ、刑事さん、だからいつも、前もって電話してアポ取ってから、ちゃんとドアをノックして入ってきてくださいと……」
由利子が困ったような可笑しいような表情をして言った。おそらく笑いを我慢しているのだろう。なぜなら、この富田林博史と言う刑事、福岡県警のマスコットふっけい君にそっくりだからである。由利子はそれに気づいて以来、富田林の顔をまっすぐに見られなくなってしまったのだ。
「富田林さん、だから言ったのに……」
と、少し遅れて入って来た男が言った。
「葛西、見ていないで彼女に何とか言ってくれ」
「ちゃんと謝れば、離してくれますよ」
葛西と呼ばれた刑事は、ため息交じりに言った。彼、葛西純平は富田林より若く、身長も高い。細い黒縁のメガネをかけ、サラ髪を少し長めのショートカットにし、左分けにした前髪を下ろし気味にしていた。所謂童顔であるものの、イケメンの部類である。ギルフォードは、葛西の姿を認めると嬉しそうににっこりと笑って言った。
「おや、ジュン。久しぶりですね」
しかし彼は、すぐに不機嫌そうに富田林に向かって言った。
「嫌ですよ」
「って、私も葛西も、まだ何も言っとらんじゃないですか」
「君たちの上官は、僕がジュンを気に入っているのを知っていて、何かあると君らをよこしてきますからね」
「いえ、アレク、それは気のせいでは……」
と葛西が言いかけると、富田林がそれをさえぎって言った。
「我々は、『YOMI』関連に関しては疑わしきもの全てを洗えという指示をうけております。上官の命令は絶対であります!」
「まあ、それはわかりますけどね、この前はひどかったですよ。金色の種子みたいなのを2個持ってきて、何かの生物らしいから調べてくれって。僕は微生物専門なのに」
「それは、宇宙から飛来したものということで、危険な微生物が中にいるかもしれないって、富田林さんが……」
「すんません」
と、富田林が申し訳なさそうに言った。
「そんな危険そうなものを、そのまま持ってこないでください」
「どうもすみません!!」
と、こんどは刑事二人が謝った。
「確か、あの時は……」
由利子が言った。
「ちょうどみんなでキャンプに行く前だったので、それの入ったケースごと持って海まで行っちゃったんだよね」
「それで……」とギルフォードが続けた。「キャンプ中にそれが孵ってひどい目に遭いました。なんですか、あのでっかい三本足の植物モドキは!!」
「そうそう、思い出しましたわ」
と、紗弥がポンと手を叩いてから言った。
「酔っぱらった由利子さんたちがキャンプファイヤーにその種子っぽいものの一個を投げ込んだのでしたわね」
「うわあ、紗弥さん、それ言っちゃだめ!」
「あれ、由利ちゃんの仕業だったんですか?」
葛西が驚いて言った。
「だれが由利ちゃんだっ」
「あ、すみません、由利子さん」
「あの時は、後からキャンプに参加した美葉が、荷物からそいつを見つけてもの珍しそうに手に取ったので、危険だから返してって言ったんだよ! そしたらあのバカ、酔っぱらってたせいか、冗談だと思って『取り返してごらんなさ~い』とか言いながら持って逃げようとしたんで、取り返そうとしたら手が滑ったの、それが真相」
「まあまあユリコ、そのおかげでそいつの正体がわかったんです。もしあれが、教授室とか街中とかで出現していたら、自衛隊が出て来て大変なことになっていました。災い転じてとはこのことですよ」
「炎の中で、燃えるどころかどんどん大きくなって、キャンプファイヤーから自力で転がり出るや、種子が割れて中からあんな化物が出てきたんだもの、二人とも一遍で酔いが覚めたわ。しかも、鞭みたいなので襲ってくるし」
「一番近かった僕が狙われたんですよ!」
「そこを『危ない!』って教授が葛西に向けて俺を突き飛ばしたんだ!! 正直殉職を覚悟したぞ!!!!」
富田林が思い出して憤慨したのでギルフォードが謝った。
「どうも、スミマセン」
「塩が弱点だったみたいでみんなで海水をかけてなんとか始末しましたが、しばらくその浜はバイオハザードを考慮して立ち入り禁止でしたものね」
「バケツリレーでね」と由利子が答えた。「でも、植物のくせになんで塩?」
「植物だけに塩害に弱いってことでしょう。塩を撒いて除草する輩もいますし。みんなは真似しちゃダメですよ!」
「それどこ向いて誰に言ってんのよ、アレク」
「で、あれは何やったとですか。やはり宇宙人の侵略!!」
と、富田林が息巻いて言ったが、ギルフォードは飄々として答えた。
「あんなものを送ってくるなんて、ただの嫌がらせとしか思えませんよ」
「ま、あれが何万個も落ちてきたらそれはそれで嫌だけどな」
と、由利子がぼそりと言うと、ギルフォードがニヤリと笑って言った。
「まるで地上げ屋みたいなやり方デスネ」
「そういえばアレク、もう一個の種子は」
「調査した後ガンマ線を当てて不活性化させたようですから、もう出てくることはないでしょう」
それを聞いて、富田林が心配そうに訊ねた。
「ガンマ線って放射線ですよね。突然変異して巨大化するとかいうことはなかでしょうか……?」
「そんなもんで巨大化なんかしませんよ、ゴジラじゃあるまいし。それにあれ以上巨大化させてどうするんですか。そもそも50m以上の生物とか在り得マセン。まあ大丈夫ですよ、あれから特に異常はないみたいですから。それで、今回君たちは何の用で来たのですか?」
ようやくギルフォードに本題を聞かれ、富田林が意気揚々として言った。
「さっきあなた方が話していた件ですよ。飛行船です。巨大な風船と言って思い浮かぶのは、『SHP』と呼ばれる宇宙プランクトンです」
「それって、何年か前に小惑星と衝突して消滅したんじゃないですか?」
「はい、そうなんですが……」
葛西が少しバツの悪そうに言った。
「富田林さんが言うには、その『プランクトン』の一部が地球に戻ってきているのではないかと……」
「それはすごい確率ですね」
ギルフォードに若干からかうような口調で言われたが、富田林が真剣な表情で言った。
「しかし、196x年の事件の調書を読んだのですが、今回の事件とよく似とおとですよ」
「なるほど、それで?」
「はい、我々と一緒に、現地の調査をして欲しかとです」
「嫌ですよ。僕だって忙しいんです」
「それはわかっていますが……」
と言うと、葛西はギルフォードに近づいて彼の手を取ると言った。
「僕たちは教授の協力が必要なんです。教授、いえ、アレク、お願いします。オネガイ」
「ま、まあ、仕方ナイですかねえ……」
ギルフォードが葛西の『オネガイ』にあっさりと屈したので、富田林はこっそりとガッツポーズをし、由利子と紗弥は顔を見合わせて肩をすくめた。
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【登場巨大生物】
宇宙プランクトンSHP(The Space Huge Plankton(宇宙巨大浮遊生物))
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