今年もバレンタイン(負け組)だと思ったのですが。

西薗蛍

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俺、今年もチョコゼロの負け組なんだが?

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 隣のクラスの佐藤舞とは廊下でよくすれ違うから、きっと俺に気があるに違いないだとか。

 俺を「だらしない」とよく叱ってくる委員長の桜庭千鶴は実はツンデレで、俺に気を引いて欲しいがために突っ張ってくるだとか。

 三日前、消しゴムを拾ってあげた隣の席の斉藤あかねとの間に実はラブロマンスが芽生えていたりとか。

 クラス一可愛いロングヘアの森園紫苑はクラスのどの男子よりも俺を気にかけていたりとか。

 ――そんなのは、全て俺の勝手な妄想でしかなく。

 俺の期待も空しく、俺は今年もチョコレートをもらえなかった。

 これで通算、ゼロ勝十六敗だ。



 1-Bの教室に残っているのは俺だけだった。

 校庭からは陸上部のかけ声がこだまし、体育館からは上履きが床を滑る嫌な音がする。
 カーテンの隙間から差し込む夕焼けが、戦いの終わりを告げていた。

 バレンタイン、閉幕である。


 争奪戦の敗者となった俺は、自分の机に突っ伏した。

 扉から顔を背けるように、右耳を下にして頭を預ける。最初は鳥肌が立つほど冷たかった机も、今ではすっかり気にならなくなっていた。


 未練がましいというのだろうか、何をする気にもならない。さっさと帰ってゲームした方が気晴らしになるし、明日の俺のためにも今日出た課題を済ませた方が得策だというのは分かっている。
 が、何をする気にもならなかった。

 俺はポケットからスマートフォンを取り出し、ホーム画面から毎日ログインしているアプリゲームを選択する。

 ゲームの中ではちょうどバレンタインイベントが始まっていたようで、推しであるマリアちゃんが、画面越しの俺に向けてハッピーバレンタインと頬を赤らめた。
 こいつクッソ可愛いな。

 やがて画面が暗転すると、口元を歪ませたキモい顔――すなわち俺が黒い画面に映り、途端に我に返る。

 ……俺に愛の告白をしてくれるのは、どうやら二次元の美少女だけらしい。

 そんな中、スマートフォンが震え、メッセージアプリの通知を知らせた。思わず胸が高鳴るが、通知エリアをスワイプして表示させると、森野の名前が出る。その名前に、俺はがっくりと肩を落とした。森野は中学からの親友であるが、今日ばかりは敵だ。

 ヤツは彼女持ちである。勝ち確が約束されているようなものだ。

 しかしまあ、敵とはいえ親友は親友だ。連絡が来たからには読まねばならない。俺は致し方なく、森野から来たメッセージをタップした。

 そこに表示されていたのは、小綺麗なピンク色のラッピングが施された箱に、森野のピースサインが映っている。「彼女からもらった~」などと、余計な一言が添えられていた。

「自慢してんじゃねえぞクソがッ!!」

 思わず地面にスマートフォンを叩き付けようと、右手を振り上げた。が、その手はスマートフォンを離さない。

 修理代の何割かは俺の小遣いから出るに違いない。画面割れは死活問題だ。腹の底からため息をついて、ポケットにスマートフォンをしまった。

 そんな俺を嘲るように、窓の外ではカラスが鳴いていた。

 母音がやたらデカイその鳴き声は、「あ~あ」と、俺を馬鹿にしているようにしか聞こえない。

「あーーっ!!」

 悪かったな! チョコゼロの負け組で!!

 頭を掻きながら、腹の奥から声を出す。
 喉の上の方から出た叫び声は、雑音が混じって相当汚い。自分でも引くほどだった。


 その時。

 ガタン、と、何か物が落ちる音が響き、床がわずかに振動した。その後、控えめな音を立ててクラスの扉が開く。
 男子にしては女子みたいな動きをするやつだ。そんな挙動をするのは、クラス一口数の少ない木村成一くらいだろう。どちらにしても男に用はない。

「ゃっ……、山崎……くん」
「あ?」

 扉を開けたその主は、蚊の鳴くような細い声で俺の名前を呼んだ。

 ――あれ、木村ってこんなに高い声してたっけ?
 っていうかこの声、女子じゃね?

 重い腰を上げるように、俺は上体を起こす。扉へ視線を向ける。

 そこにいたのは木村成一……ではなく、同じクラスの遠藤志織だった。俺の二つ前の席の女子生徒で、まともに会話したことはない。

 声が小さくてよく聞こえないから、会話が成り立たないというのが正解か。クラスの女子の中では可愛い方だが、その声の小ささのせいか、男子はおろか女子ともあまり会話しているところを見たことはない。

 前髪が長く、顔が少し隠れてしまっているが、クラスの中では可愛い方だ。

 俺と視線が合うと、遠藤さんは教室の中に入って扉を閉める。

 忘れ物でも取りに来たのか? と思ったが、彼女は扉の前から動こうとしない。俺に用事があるのかないのか、こちらをチラチラと窺っては視線を逸らす。それを三度繰り返すが、遠藤さんが何か言うことはなかった。
 ……落ち着かないなあ。

「遠藤さん、何? 俺に用事あるの?」
「……っ!」

 俺が指摘すると、遠藤さんの体がビクッと跳ねた。

 図星らしい。

「あの……、……も、……って……しい……」
「ん?! 何か言った?!」

 遠藤さんと俺の居場所は離れている。
 教室の机だけで数えても、縦に四、横に三ほどの距離だ。

 遠藤さんの小声じゃ、何を言っているか聞こえるはずがない。声の端々に言葉らしき物は聞こえたが、それだけだ。

「……あ、あの……」

 遠藤さんは相変わらずの小声で言うと、鞄を抱え、一歩一歩こちらへ近づいてきた。が、その動きはぎこちない。足がガタガタと震えている。

 これ、テレビで見たことある。動物のドキュメンタリーのやつ。生まれたての子鹿ってのに似てる。

 牛歩のようなペースでこちらへ向かってきた遠藤さんは、自分の席の前で足を止める。

「山崎、くん」

 声まで子鹿のように震えながら、遠藤さんはおもむろに鞄に手を突っ込んだ。鞄の中の様子をちらりと確認しながら、震える手で長細い箱を取りだしすと、俺と遠藤さんの間の席――小野広樹の机に置いた。

 クリーム色の包装紙に、茶色のラッピングペーパー。右端にハートのシールが貼ってあるそれは、どこからどう見てもバレンタインに渡すチョコレートだ。

 それを俺――ではなく、小野の机に置いたということは。

「遠藤さん、小野が好きなの?」
「っ――!?」

 その言葉に、遠藤さんは目を丸く見開いた。
 なんだよ小野のやつ、クラス一成績いいからってチクショウ舐めやがってと口の中で恨み言をつぶやく。

 しかしまあ、それを遠藤さんにぶつけたところで何の意味もないし、そんなものはただの八つ当たりだ。
 俺はため息をつくと、そのプレゼントを指さした。

「俺に渡して欲しいってこと? そういうの、自分で渡さないと駄目だと思うよ」

 俺には全く関係ない話だが、「えー、花奈ちゃん2-Cの湯山君に渡してきてー」なんていうのはよくある話らしい。二時限目の休み時間、三上と上島がしゃべっていたのを聞いた。
 繰り返すが、俺には全く関係ない話だ。

「……遠藤さん?」

 何かショックだったのだろうか、遠藤さんはうつむいたまま言葉を失う。

 これじゃあまるで俺が悪い事してるみたいじゃないか……と思っていると、何かを思い立ったのか、遠藤さんが勢いよく顔を上げた。

 厳しい女教師よろしく、ビシッと人差し指でプレゼントを指さす。先ほどの子鹿状態からは想像もできないほどの素早い動きだ。

「これっ! チョコ! やまざきくんにっ!!」

 遠藤さんらしからぬ大声に、俺は呆気にとられた。
 普段の倍の時間をかけて、言われた言葉の意味を理解する。

「……俺?」

 人差し指で自分を指さすと、遠藤さんはコクコクとうなずいた。

「ずっと見てました! 好きです! 本気――じゃなかった、本命ですっ!」

 ――えっ、嘘。

「ずっと……、高校に入ったときから見てました。明るくて、面白くて、素敵だなって」

 ――そんな前から? マジで?

 自分を指さした手が、しなしなと力を失い机の上に落下する。指の関節が硬い机の上に当たると、小気味よい音が響いた。指の関節は痛いが、それを理解するには至らない。

「だ、だから……、私と付き合ってください!」

 遠藤さんは矢継ぎ早にまくし立てると、小野の机の上に手を差し出した。

 その手はやはり子鹿のように震えている。
 遠藤さんは顔を真っ赤に染めながら、唇を固く結んでいた。

 ――おいおいおいおい、遠藤さんって、「可愛い方」じゃなくて、「メチャクチャ可愛い」んだな!?

 差し出される手を五秒ほど見つめながら、俺はその手を握り返す。

 遠藤さんの手は俺のよりずいぶん小さいが、包み込まれるような暖かさがあった。


 ――山崎望、十六歳。

 俺は生まれて初めて、バレンタイン・デーの勝ち組となったのだった。
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