幾望の色

西薗蛍

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夜半の屋敷

94 約束のこと1-3

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 エントランスで別れた後、向かった部屋の先にいたのは自分の曾祖父だったこと。曾祖父は月夜鬼だったこと。自分と八年前一緒に暮らしていたことがあったが、その時は血縁も種族も知らなかったこと。曾祖父と祖母の話をしたこと、月満草の話をしたこと。そして、曾祖父と共にベラミントへ墓参りへ行くことになったこと――。

 メルリアは先ほどまでの会話を要約しながら、ひとつひとつ丁寧に伝えた。自分が言った言葉も、テオフィールから聞いた言葉も、何一つ違いはない。

「――私も、できることなら今行ってあげたいなって思ったんだ」

 メルリアは喉を潤そうと、用意された紅茶に手を伸ばした。紅茶を正しく味わうには随分と低い温度だったが、今の彼女にはぬるいくらいがちょうどいい。渇いた口を紅茶で潤すと、メルリアは静かにティーカップをソーサーに置いた。陶器のぶつかる高い音が控えめに響く。白い小花の装飾に目をやり、一つ息をついた。今の彼女は、どうしてもその色を月満草と重ねてしまう。

「分かった。俺のことは気にしなくていいから、行ってこい」

 すぐ隣から聞こえる明るい声に、メルリアは顔を上げた。彼女の瞳は、喜びと、けれどほんの少し罪悪感のある色をしている。その青色を見かねて、クライヴは続ける。

「……俺も、まず先に家に帰らないといけないからさ。家族に説明しないと」

 メルリアはクライヴの言葉にはっとした。自分は身よりのない人間だったが、クライヴには帰るべき家があるし、帰りを待つ家族がいるのだ。その言葉を聞いた彼女は、今度こそ否定の言葉を口にしなかった。

「夢だったんだろ? だったら、早く行った方がいいよ」

 最後に申し分程度に自分の気持ちを伝えると、クライヴはテーブルにあるティーカップに目を向けた。ティーカップの内側は白く、底に茶色をわずかに残すのみ。飲み干した後だった。それを見かね、ウェンディが早々に新しい紅茶を注ぐ。ティーポットから注がれたそれは華やかな香りをもたらした。白い湯気が揺らぎながら一本の筋を描いていく。

 ベラミントの村とグローカスの街はほぼ隣同士だ。ベラミントの土地が山の中にあり、またグローカスがそこそこ広い分、お互い行き来するには少し時間が必要になるか――頭の中で道筋や手順を反すうした。

「お墓参りに行ったら、すぐ戻ってくるからね」
「せっかく帰るんだ、ゆっくりなくていいのか?」

 メルリアは肯定の意味とも否定の意味とも取れる様子で頷くと、困ったように笑った。

 彼女はそもそも、何年もあの村を留守にするつもりで旅に出たのだ。蓋を開けてみれば一年も経たなかったが、当時はそんなことを知るよしもない。エプリ食堂のグエラ夫妻にはとても世話になった。花が見つかったとなれば挨拶に行くべきであろう。しかし、自分が無理を言ってテオフィールを誘った以上、わがままで長居はできない。

 ……それに、墓参りの後長居をしてしまったら、動けなくなってしまう気がした。

 ふと浮かんだ感情を、唇を噛んで押し殺す。メルリアが顔を上げると、コーヒーの匂いが漂ってきた。どこか落ち着く香りだ。いつの間に用意したのか、ウェンディがシャムロックにコーヒーを差し出していた。どうぞと静かに差し出す様子をぼんやり見ていると、ウェンディとメルリアの視線が合う。

「メルリア様、ベラミントに向かわれた後のご予定は?」
「えぇっと……」

 ベラミントから戻って来た後は、クライヴの案内でグローカスの街を回る約束がある。しかし、それだけ。それ以上は判らない。決まっていなかったし、見つかっていなかった。ミスルトーで問いかけられたあの日から、何も。あれ以来、先のことを全く考えなかったわけではない。考えなければならないと理解しつつも、何も分からなかった。今までは祖母との約束のために生きてきて、自分の人生など二の次だった。したいことも、やりたいことも、よく分からない。

「まだ……考えて、ないです」
「そうですか。それはさておき、ご帰宅後にお話がありますので」

 震える声でつぶやいたが、ウェンディの表情が変わることはなかった。貶むでも非難するでもない。眉一つあげず笑顔一つ作らず、何を考えているのか分からない表情で、淡々としていた。どうして問いかけられたのか、その意図もくみ取れない。

 メルリアは辛うじて言葉を聞いたという意味での返事をし、こちらに背を向けるウェンディの背中を目で追う。

「メルリア、あまり考えすぎる必要はない」

 陶器のぶつかる音なくシャムロックはティーカップを手に取る。

 そっと寄せられた言葉に、メルリアは遠慮がちな笑みを浮かべた。
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