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夜半の屋敷
94 約束のこと1-2
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室内は広々としていた。先ほど通された場所よりも二回りほど広い程度であったが、家具が少ない分、随分と広いように感じる。ここでもやはりカーテンは開きっぱなし。アーチ窓から降り注ぐ月明かりを、余すことなく部屋に取り込んでいた。傍らには少し広めの飾り棚。右方に寄せられたソファには、シャムロックとクライヴが向かい合って座っていた。
よく知る茶髪の背中に気づき、メルリアはほっとした。そちらへ向かってゆっくりと歩いて行くと、険しい表情を浮かべたシャムロックの顔が視界に入り、思わず歩を止めてしまう。この位置からクライヴの表情は見えない。話の邪魔だっただろうか、今来るべきではなかっただろうか――そんな不安が脳内を巡る。どうするべきかと、彼女の表情が次第に陰っていった。自然と肩を落としたその時、シャムロックは気難しい表情を崩した。
「話はあらかた済んだよ」
場の空気を変えるように優しい声で、シャムロックは微笑した。
その声に、メルリアはまた一歩、一歩と二人の方へ近づいていく。しかし人二人分の距離を開けた途端、その歩みは止まってしまった。もう一度確認した方がいいだろうかと迷っていると、背を向けていたクライヴがこちらを見た。すぐ近くにメルリアがいると知ると、彼は驚きで目を見開く。
「メル……?!」
「クライヴさん、話があるの」
メルリアはさらに距離を詰めるが、クライヴは落ち着かない様子で、何か言わねばと視線を泳がせた。薄ぼんやりとした飾り棚の焦げ茶や、ハンガースタンドに止まる乙夜鴉。足下に置かれた月満草の仄かな光。それらの刺激を目が受け取るが、脳は、感情は特にそれらを処理せずに過ぎ去っていく。見慣れた長髪が視界に入ると、クライヴは顔を上げた。彼女の青い瞳は力強く、クライヴとは対照的に真っ直ぐだ。
「隣、いい?」
「あ、ああ」
肩を強ばらせ、クライヴはぎこちなく頷いた。
クライヴは左側に寄り、慎重にソファに腰掛けた。ここのソファは特別柔らかい。先ほどは、抱え上げられた子供のようにソファに沈み込んでしまった。同じ失態を二度も繰り返すわけにはいかない。力加減を理解した彼は、今度こそまともにソファに腰掛ける。違った意味の緊張のひとつから解放され、息をついた。
メルリアはクライヴが腰掛けたのを見た後、空いた右側のスペースに腰を下ろす。想像以上の柔らかな感触に驚いたが、先のクライヴのようにソファに飲み込まれることはなかった。右手をソファの上に置くと、弾力を確かめるように何度か指を沈ませる。ふわりと手のひらに返ってくる感触に、メルリアは思わず目を輝かせそうになった――が、今はそういう場合ではない。その手を膝に置くと、すぐ隣のクライヴの瞳をじっと見つめた。
「この間の……宿で約束のことなんだけれど」
宿の約束。つまり、共にグローカスの街を見て回ろうと約束した話だ。それを理解した途端、ただでさえ乱れているクライヴの鼓動がさらに早く変わっていく。その日に対する期待と、何かあったのだろうかという心配と、断られるのかもしれないという恐れ。頭の中が混乱し、どうにかなりそうだったが、クライヴは平然を装った。
ガラスのテーブルの上に、新しいティーカップとティーソーサーが用意される。ウェンディは手早く紅茶を注ぐと、それをメルリアにと差し出した。傍らには角砂糖の入った瓶を置く。メルリアはありがとうございますと頭を下げた後、再びクライヴに向き合った。
「あのね。少しだけ、延期してもらってもいい?」
「構わない、けど、どうした?」
クライヴはメルリアを安心させるよう、気遣って笑みを浮かべたが、その表情はやはりどこか固まっていた。
やはりどこか気を悪くさせてしまっただろうか、とメルリアは俯きがちに切り出す。
「エントランスで別れた後のことなんだけど――」
メルリアは別れた後の出来事をひとつずつ説明した。
よく知る茶髪の背中に気づき、メルリアはほっとした。そちらへ向かってゆっくりと歩いて行くと、険しい表情を浮かべたシャムロックの顔が視界に入り、思わず歩を止めてしまう。この位置からクライヴの表情は見えない。話の邪魔だっただろうか、今来るべきではなかっただろうか――そんな不安が脳内を巡る。どうするべきかと、彼女の表情が次第に陰っていった。自然と肩を落としたその時、シャムロックは気難しい表情を崩した。
「話はあらかた済んだよ」
場の空気を変えるように優しい声で、シャムロックは微笑した。
その声に、メルリアはまた一歩、一歩と二人の方へ近づいていく。しかし人二人分の距離を開けた途端、その歩みは止まってしまった。もう一度確認した方がいいだろうかと迷っていると、背を向けていたクライヴがこちらを見た。すぐ近くにメルリアがいると知ると、彼は驚きで目を見開く。
「メル……?!」
「クライヴさん、話があるの」
メルリアはさらに距離を詰めるが、クライヴは落ち着かない様子で、何か言わねばと視線を泳がせた。薄ぼんやりとした飾り棚の焦げ茶や、ハンガースタンドに止まる乙夜鴉。足下に置かれた月満草の仄かな光。それらの刺激を目が受け取るが、脳は、感情は特にそれらを処理せずに過ぎ去っていく。見慣れた長髪が視界に入ると、クライヴは顔を上げた。彼女の青い瞳は力強く、クライヴとは対照的に真っ直ぐだ。
「隣、いい?」
「あ、ああ」
肩を強ばらせ、クライヴはぎこちなく頷いた。
クライヴは左側に寄り、慎重にソファに腰掛けた。ここのソファは特別柔らかい。先ほどは、抱え上げられた子供のようにソファに沈み込んでしまった。同じ失態を二度も繰り返すわけにはいかない。力加減を理解した彼は、今度こそまともにソファに腰掛ける。違った意味の緊張のひとつから解放され、息をついた。
メルリアはクライヴが腰掛けたのを見た後、空いた右側のスペースに腰を下ろす。想像以上の柔らかな感触に驚いたが、先のクライヴのようにソファに飲み込まれることはなかった。右手をソファの上に置くと、弾力を確かめるように何度か指を沈ませる。ふわりと手のひらに返ってくる感触に、メルリアは思わず目を輝かせそうになった――が、今はそういう場合ではない。その手を膝に置くと、すぐ隣のクライヴの瞳をじっと見つめた。
「この間の……宿で約束のことなんだけれど」
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ガラスのテーブルの上に、新しいティーカップとティーソーサーが用意される。ウェンディは手早く紅茶を注ぐと、それをメルリアにと差し出した。傍らには角砂糖の入った瓶を置く。メルリアはありがとうございますと頭を下げた後、再びクライヴに向き合った。
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クライヴはメルリアを安心させるよう、気遣って笑みを浮かべたが、その表情はやはりどこか固まっていた。
やはりどこか気を悪くさせてしまっただろうか、とメルリアは俯きがちに切り出す。
「エントランスで別れた後のことなんだけど――」
メルリアは別れた後の出来事をひとつずつ説明した。
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