幾望の色

西薗蛍

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夜半の屋敷

93 思わぬ再会3-2

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 テオフィールは膝の上に置いた手を、また違った意味で握り直した。情けないと自分を嘲る気持ちは変わらない。しかし今度のそれは、気丈夫でいるためのまじないだった。

「オレは――」
「一緒に来てくれたら、おばあちゃんとっても喜ぶと思うんです」

 二人の言葉が偶然重なる。テオフィールのか細い切り出しに、メルリアは気づかなかったのだ。

「ひいおじい様は――テオフィールさんは、おばあちゃんのお父さんです。嬉しくないわけ、ないです」

 メルリアは奥歯を強く噛みしめ、喉の奥から溢れそうになる感情を抑えていた。

 テオフィールはその言葉に息を詰めた。

 彼女の肩が不自然に揺れている。溢れ出そうな感情を、胸の内に押し込んでいる。その意味は判っていた。

 身寄りのない彼女にどうしてこんなことを言わせてしまったのだろう。どうしてこんな顔をさせてしまったのだろう。その答えも知っている。

 自分が情けないからだ。

「うん……。そうだね。ごめんね」

 テオフィールは握っていた手を解いた。そこにじわりと滲んだ汗が、体温を奪っていく。頼るものがなくなった体にはどこか違和感があった。落ち着かない、と胸の内が訴えかける。力の抜けた手が震える。テオフィールは右手に目を向けた。本当に情けない――そう自嘲して、メルリアに向き合う。

「一緒に行こうか」

 震えは喉の奥へ、緊張がそのまま現れたような声が漏れる。口の端までもが震えていた。顔にはぎこちない笑みが張り付いている。

 たった一言、なんとか絞り出したその言葉に、メルリアは目を輝かせた。そうして、何度も何度も力強く頷く。彼女は曾祖父の心の内を知るよしもない。だからこそ、綻ぶ笑顔は眩しいほどに輝いていた。

 その眩しさに、テオフィールは目を細める。

「でも、それなら早いほうがいいね。有明の夜を越えると枯れちゃうし……。今月できたのは特別綺麗だったから」

 そして、再び窓の外に浮かぶ月を見つめた。彼のよく知る静かな月明かりだ。

 月満草は新月の夜に茎や葉を伸ばし、幾望――満月の一日前になると、白いつぼみを綻ばせる。花は暁月まで綺麗な花を咲かせるが、その夜を過ぎると、花は枯れるように萎れてしまう。そしてまた、新月の夜に葉を伸ばし、成長を始める。

「メルリアがいいなら明日にでも行けるけど、どう?」

 その言葉にメルリアは身を乗り出した。これを逃したら一月程度先になってしまうとなると、今行かない手はない。ぜひお願いします、と頭を下げようとしたが、頭の中にふと違う場所の映像が浮かぶ。

 二日前に泊まった宿酒場の景色だった。食事を終えしばらく談笑した後、クライヴがおもむろに口を開いた。グローカスの街に一緒に行かないか、と。クライヴはシャムロックの話が終わってからと付け足していた。それに、今日はいいと断られた話の続きも気になる。

 先約がある。けれど、月満草も生き物だという。目を閉じ、ついさっき見た中庭の風景を思い出した。夜闇に密やかに咲く月満草。薄ぼんやりと光る様は決して眩しくなく、自然がもたらした静かな色だった。風に揺れると光の粉が静かに舞うあの景色に目を奪われた。どうやらあれは特別なものだったらしい。だとするなら、メルリアもロバータに同じ物を見てほしいと思った。

「約束があって……。日付、ずらしてもらえないか聞いてきます!」

 不意に立ち上がると、飛び出すように部屋を後にした。その様子に気づいた乙夜鴉は羽を広げ、彼女の後を追う。

「いってらっしゃい」

 走り去る背中に声をかけ、テオフィールは曾孫を見送った。その姿に、かつての小さな背中を重ね合わせる。

 扉が閉まった音の余韻を耳に、彼は椅子に深く腰掛ける。空になったティーカップを月明かりにかざすと、その縁が青白く輝いた。
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