幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
166 / 197
夜半の屋敷

92 思わぬ再会2-2

しおりを挟む
「念のため、メルリア様にお伝えすることがございます」

 傍らに立つウェンディが、ああ忘れていたといった風に手を合わせる。

 慌てて紅茶を飲み込もうとするメルリアを見て、構いませんとウェンディは手で制した。

「夜半の屋敷に住まう者は皆、月夜鬼です。私も、お嬢様も、シャムロック様も」

 向かいに座るテオフィールが、こちらに向かってにこにこと手を振った。その様子を見たウェンディはあなたはいいでしょうと冷たい目で刺すと、呆れたため息をついた。

 メルリアはきょとん、と目を丸くする。テオフィールと瞳の深紅と、ウェンディの瞳の深紅を探る。お互いに赤であることに変わりはないが、それぞれの質が異なるように思えた。そのままシャムロックとエルヴィーラの表情を思い出す。二人も似たような赤い瞳をしているが、やはり少しだけ違う。けれど、テオフィールとエルヴィーラの瞳はどこかが似ている気がした。

 ……似ている、といえば。

 記憶の中から赤い瞳を探す中、ある時の光景が浮かびあがってきた。

 それは、夜の森の出来事。こちらの両肩を痛いくらいに掴む男の両手の感覚。苦しげに呻く声、余裕のない表情。俺が欲しいのは――と喉の奥から絞り出したようなか細い声に、自分を見据える赤い瞳の色。驚愕で脳裏に焼き付いた、酷く暴力的な色だった。

 それはほんの少し前――。魔女の村で、クライヴの瞳が赤く変わったところを見たことがある。あの時は、幻でも見たのではないかと呆然としていた。だけど、この色は。

 脱力したように、テーブルの端にスプーンを置く。カチリ、と高い音が立った。

 メルリアは顔を上げると、テオフィールを真っ直ぐ見つめた。

「月夜鬼の特徴の一つって、目が赤いことですよね?」
「うん、そうだね」

 困惑に揺れる声を聞きながらも、しかしテオフィールは穏やかに言葉を返した。

「お連れの――クライヴ様は半夜ですね。月夜鬼の血が流れている人間のことです」

 メルリアの胸の内を見透かしたように、ウェンディは傍らではっきりと口にした。言葉の強さと同じ、力強い眼差しでこちらを見据えている。メルリアはその瞳をじっくりと見つめ、再認識した。やはり似ている赤だ、と。

「近い親族に月夜鬼がいるのでしょう。メルリア様と同じように」
「私と……」

 メルリアは自身の左胸に手を置いた。規則正しく脈打つ鼓動が、手のひらから伝わってくる。その鼓動は特別早いわけではないが、落ち着いている時のように静かなものでもない。

 どっちつかずに脈打つ鼓動へ問いかける。自分が生きてきた中で、クライヴが言うような――そして自分が見たような喉の渇きを感じたことはない。自分の顔は鏡がなければ見えないが、目の色を特別指摘されたことはなかった。もっとも、相手が触れなかっただけかもしれないが。

「メルリア様含め、一般的な半夜とは異なり、我々の血が少々濃いばかりに何かと苦労されたようですが」

 苦労――。左胸に置いた手を握りしめた。メルリアはクライヴに変わることはできない。発作が起こった時、自分は何もできなかった。一度ならず三度も。彼の苦しみの上澄みだけを知っているだけに過ぎないのだと思うと、胸の奥がずきりと痛んだ。

「今、別室でシャムロック様はクライヴ様に苦労の理由と原因、対処法をお話しされているかと」

 その言葉を聞くと、痛みと苦みに歪んだ表情が、ふっと和らいでいく。本当にもう大丈夫なんだと安堵の気持ちがそうさせた。しかし胸の内は変わらない。その痛みに蓋をするようにメルリアは笑顔を作った。

「よかった。……でも私、辛いのが分かっていて何もできませんでした」

 同じ半夜であったのなら、できたことがあったかもしれないのに。走り去る背中を思い返しながら、メルリアは右手を握りしめた。

「メルリアは、そのクライヴって子といつ知り合ったの?」

 テオフィールがこちらへ気さくな笑顔を向けてくる。背中を押されるように、メルリアはテオフィールにこれまでの事を伝えた。

 ベラミントの村から出た時に初めて会ったこと。エピナールの教会を抜け、シーバに辿り着いた時に彼と再会したこと。シーバからヴェルディグリに向かう間、街道で偶然鉢合わせし、御者を助けるため共に馬車でヴェルディグリへ向かったこと。ヴェルディグリを出た直後の街道でクライヴと再会したこと、つい先日まで理由あって二人でミスルトーに世話になっていたこと……。

 メルリアの話を聞くテオフィールは、うんうんとにこやかに頷きながらも、時折硬い表情を見せた。しかし、曾孫の視線に気づくとすぐに笑ってみせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。
BL
ある日魔族の王は一人の人間の赤ん坊を拾った。 しかし、人間の育て方など。  「ダメだ。わからん」 これは魔族と人間の不可思議な物語である。  ――この世界の国々には必ず『魔族の住む領土と人間の住む領土』があり『魔族の王と人間の王』が存在した。 数ある国としての条件の中でも、必ずこれを満たしていなければ国としては認められない。  その中でも東西南北の四方点(四方位)に位置する四カ国がもっとも強い力を保持する。 そしてその一つ、東の国を統べるは我らが『魔王さまと王様』なのです。 ※BL度低め

王命って何ですか?

まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。 貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。 現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。 人々の関心を集めないはずがない。 裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。 「私には婚約者がいました…。 彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。 そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。 ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」 裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。 だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。   彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。 次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。 裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。 「王命って何ですか?」と。 ✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

【完結】ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ
恋愛
人としての限界に達していたヨルレアンは、 婚約者であるエルドール第二王子殿下に理不尽とも思える注意を受け、 話の流れから婚約を解消という話にまでなった。 責任感の強いヨルレアンは自分の立場のために頑張っていたが、 絶対に婚約を解消しようと拳を上げる。

異世界に行ったら才能に満ち溢れていました

みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。 異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....

転生少女、運の良さだけで生き抜きます!

足助右禄
ファンタジー
【9月10日を持ちまして完結致しました。特別編執筆中です】 ある日、災害に巻き込まれて命を落とした少女ミナは異世界の女神に出会い、転生をさせてもらう事になった。 女神はミナの体を創造して問う。 「要望はありますか?」 ミナは「運だけ良くしてほしい」と望んだ。 迂闊で残念な少女ミナが剣と魔法のファンタジー世界で様々な人に出会い、成長していく物語。

処理中です...