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夜半の屋敷
92 思わぬ再会2-1
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その後、メルリアは隣室の客間に案内された。
ブラウンの長机の周囲には、背もたれに独特な装飾が施された椅子が四脚。その装飾は、門扉にあったように三日月を連想させる飾りだった。それに、メルリアとテオフィールは向かい合って座っている。
長机の上にはティーカップが二個と皿が三枚。それぞれ、サンドウィッチ、豆のスープ、スクランブルエッグが用意されている。スープもスクランブルエッグもすっかり冷め切っていたが、代わりにとウェンディが温かい紅茶を差し出した。爽やかな茶葉の匂いの中に、どこか優しい花の香りが漂う。草木の緑が眩しい鮮やかな色のティーカップを見つめていると、傍らに立つウェンディが深々と頭を下げた。
「このような物しかお出しできず、申し訳ございません」
「いっ、いえ、そんな! ご用意していただけただけでもありがたいです!」
慌てて椅子から立ち上がると、両手を胸の前まで上げる。悪いことは何一つないと首を必死に横に振った。
メルリアはウェンディに促されるまま椅子に腰掛け、再び机にある皿の数々を見た。丁寧に切りそろえられたサンドウィッチの断面は鮮やかだ。間にはハムとチーズ、レタスが挟まっている。隣に用意されたのは豆のスープ。透明なタマネギに小豆色の豆、人参と芋はブロック状に切りそろえられている。煮込まれたことにより角は取れているが、均等な大きさに刻まれたのだろうと想像できた。おまけに、ポーチドエッグの黄色のなんと色鮮やかなことか。
腹の虫が黙っていない食卓の風景に、メルリアは一つ息をのむ。普段ならば手を合わせて食べ始めていたことだろう。しかし、一つ気になる事があった。
「どうしたの? 具合、あんまり良くない?」
いつまで経っても手を動かさないメルリアを見て、テオフィールがおずおずと尋ねる。
メルリアは、もう一度テーブルの上をじっくりと観察した後困ったように笑った。
「あ……いえ、その……。私の勘違いだったらいいんですけれど、ひいおじいさまの分がないような……」
ティーカップは二人分用意されているが、問題は料理の量だ。サンドウィッチは食パン一個半といったところで、お世辞にも多いとは言いづらい。スープも、ポーチドエッグだってそうだ。手元に用意されたスプーン、ナイフ、フォークはどれも一セットのみ。それも全てこちらを向いている。
おどおどと困った様子のメルリアを見て、テオフィールはにこやかに笑った。
「あの本にも書いてあったと思うけど……。オレ達の主食はアルコールと、レーリンゼルって呼ばれる花鉱石の加工品。固形のものを食べる必要はないんだ」
「そう、ですか……」
メルリアはうつむく。自分だけ酷く贅沢をしているようで落ち着かない。それは傲慢だとすら思えてくる。しかし、それは相手が自分と同じ人間であった場合かもしれない、と思うことにする。
「でも、オレ達は食べ物を食べられないわけじゃない。さすがに人間の量は無理だけどさ。だから、一緒に食べるのはまた今度……ね」
メルリアは静かに頷くと、いただきますと手を合わせた。紅茶で渇いた口を湿らせた後、真っ先にサンドウィッチに手を伸ばす。それを指で掴むと、人差し指がパンに沈んだ。あまりにも柔らかい手触りに、思わず目を見張る。ドキドキと高鳴る胸を押さえながら口に含むと、レタスを囓る歯切れのよい音が響いた。
「おいしい……!」
目を輝かせながら呟くと、彼女らの傍らに立つウェンディは行儀良く頭を下げた。
メルリアはサンドウィッチの味を堪能すると、次に豆のスープを口にした。どこか懐かしい味がする。なにが懐かしいんだろう――? スープを何度も口にしながら、必死に頭を働かせる。やがて、その原因は鼻に抜ける香草の香りのせいだと気がつく。祖母との記憶とは少し違う。そうだ、これはエプリ食堂の――。豆を一つ奥歯で噛む。その途端、見覚えのある景色が脳裏に浮かび上がった。
そうだ、お店で出していたスープだ。
「この味、すごくおいしいです。それに、懐かしい……」
「ああ、それはシャムロック様が持ってきたレシピを元に作ったものです。あの方のお気に入りだそうですよ」
メルリアは目を輝かせ、スプーンで液体だけをすくった。銀色のスプーンに乗ったそれを見つめる。メルリアはシャムロックのことをほとんど知らない。だから、好きな物が一つあると分かっただけで、これがその味だと知れただけで、なぜだかとても嬉しかった。目を細め、もう一度懐かしいその味を堪能した。
ブラウンの長机の周囲には、背もたれに独特な装飾が施された椅子が四脚。その装飾は、門扉にあったように三日月を連想させる飾りだった。それに、メルリアとテオフィールは向かい合って座っている。
長机の上にはティーカップが二個と皿が三枚。それぞれ、サンドウィッチ、豆のスープ、スクランブルエッグが用意されている。スープもスクランブルエッグもすっかり冷め切っていたが、代わりにとウェンディが温かい紅茶を差し出した。爽やかな茶葉の匂いの中に、どこか優しい花の香りが漂う。草木の緑が眩しい鮮やかな色のティーカップを見つめていると、傍らに立つウェンディが深々と頭を下げた。
「このような物しかお出しできず、申し訳ございません」
「いっ、いえ、そんな! ご用意していただけただけでもありがたいです!」
慌てて椅子から立ち上がると、両手を胸の前まで上げる。悪いことは何一つないと首を必死に横に振った。
メルリアはウェンディに促されるまま椅子に腰掛け、再び机にある皿の数々を見た。丁寧に切りそろえられたサンドウィッチの断面は鮮やかだ。間にはハムとチーズ、レタスが挟まっている。隣に用意されたのは豆のスープ。透明なタマネギに小豆色の豆、人参と芋はブロック状に切りそろえられている。煮込まれたことにより角は取れているが、均等な大きさに刻まれたのだろうと想像できた。おまけに、ポーチドエッグの黄色のなんと色鮮やかなことか。
腹の虫が黙っていない食卓の風景に、メルリアは一つ息をのむ。普段ならば手を合わせて食べ始めていたことだろう。しかし、一つ気になる事があった。
「どうしたの? 具合、あんまり良くない?」
いつまで経っても手を動かさないメルリアを見て、テオフィールがおずおずと尋ねる。
メルリアは、もう一度テーブルの上をじっくりと観察した後困ったように笑った。
「あ……いえ、その……。私の勘違いだったらいいんですけれど、ひいおじいさまの分がないような……」
ティーカップは二人分用意されているが、問題は料理の量だ。サンドウィッチは食パン一個半といったところで、お世辞にも多いとは言いづらい。スープも、ポーチドエッグだってそうだ。手元に用意されたスプーン、ナイフ、フォークはどれも一セットのみ。それも全てこちらを向いている。
おどおどと困った様子のメルリアを見て、テオフィールはにこやかに笑った。
「あの本にも書いてあったと思うけど……。オレ達の主食はアルコールと、レーリンゼルって呼ばれる花鉱石の加工品。固形のものを食べる必要はないんだ」
「そう、ですか……」
メルリアはうつむく。自分だけ酷く贅沢をしているようで落ち着かない。それは傲慢だとすら思えてくる。しかし、それは相手が自分と同じ人間であった場合かもしれない、と思うことにする。
「でも、オレ達は食べ物を食べられないわけじゃない。さすがに人間の量は無理だけどさ。だから、一緒に食べるのはまた今度……ね」
メルリアは静かに頷くと、いただきますと手を合わせた。紅茶で渇いた口を湿らせた後、真っ先にサンドウィッチに手を伸ばす。それを指で掴むと、人差し指がパンに沈んだ。あまりにも柔らかい手触りに、思わず目を見張る。ドキドキと高鳴る胸を押さえながら口に含むと、レタスを囓る歯切れのよい音が響いた。
「おいしい……!」
目を輝かせながら呟くと、彼女らの傍らに立つウェンディは行儀良く頭を下げた。
メルリアはサンドウィッチの味を堪能すると、次に豆のスープを口にした。どこか懐かしい味がする。なにが懐かしいんだろう――? スープを何度も口にしながら、必死に頭を働かせる。やがて、その原因は鼻に抜ける香草の香りのせいだと気がつく。祖母との記憶とは少し違う。そうだ、これはエプリ食堂の――。豆を一つ奥歯で噛む。その途端、見覚えのある景色が脳裏に浮かび上がった。
そうだ、お店で出していたスープだ。
「この味、すごくおいしいです。それに、懐かしい……」
「ああ、それはシャムロック様が持ってきたレシピを元に作ったものです。あの方のお気に入りだそうですよ」
メルリアは目を輝かせ、スプーンで液体だけをすくった。銀色のスプーンに乗ったそれを見つめる。メルリアはシャムロックのことをほとんど知らない。だから、好きな物が一つあると分かっただけで、これがその味だと知れただけで、なぜだかとても嬉しかった。目を細め、もう一度懐かしいその味を堪能した。
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