幾望の色

西薗蛍

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夜半の屋敷

91 思わぬ再会1-3

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 今日も、本来ならそういった方法で構わないはずだった。しかし、精鋭部隊の半分ほどが来客のために持ち場を離れている。テオフィールがこの変化に気づき、今からメルリアが来ると分かれば、どんな手を使ってでも逃げ出すだろう――そう危惧したウェンディは、数日前に屋敷の地下室から足枷二つと、石造りの無骨な椅子を一脚引っ張り出した。腕を拘束していたベルトは、先日購入したばかりの新品である。

 後に、それらしい理由をつけて彼を部屋へ呼び出し、あることないこと吹き込みつつも素早い手際で彼を縛り上げたのだった。

「以上です」

 道中顔を白黒させるテオフィールを横目に、ウェンディは淡々と言い切った。エプロンのポケットから銀色の鍵を取り出すと、左足の鍵を開いた。両腕の拘束も解かれ、彼の身は自由となった。しかし、その表情は晴れない。メルリアも同じような表情をして、テオフィールの瞳を見つめていた。

 メルリアはあの当時、テオフィールによく懐いていた。日が落ちてからとはいえ、話し相手も、遊び相手もいなかった彼女にとって、彼と話す時間はとても楽しかった。だが、テオフィールにしてみたらどうだったのだろうか。それは分からない。

「ひいおじいさまは、私に会いたくなかった……?」

 メルリアは胸の前で手を組むと、ぽつりと零した。本当は、楽しかったのは自分だけで――迷惑だったのではないかと、そう思えたからだ。

「それは違うよ」

 テオフィールは再び、はっきりと否定した。メルリアの疑念が広がらぬよう、迅速に。

「ウェンディも言ってたでしょ。……オレ、甲斐性ないんだよね」

 冗談を話すように苦笑を交えると、傍らのメイドからそうですねと言わんばかりの鋭い視線を感じた。場を和ませる冗談のつもりが意味をなさないなと苦笑する。視線を逸らすと、テーブルに置きっぱなしになっていた空のバスケットが目に入った。かつて――、八年前、バスケットに入ったリンゴを手に取り、こちらに微笑みかける幼いメルリアの顔が思い浮かぶ。何の疑惑もない眩しいほどの笑顔。あの時、メルリアは自分に懐いていた。分かっていたことだ。

 ……だから。

「怖かったんだ。久しぶりにメルリアに会って、なんて言われるか」

 テオフィールはメルリアの表情を見ないまま、淡々と続けた。

「突然黙っていなくなったし、そもそもオレは人間じゃないし……。嫌われてるんじゃないかって思ってた」

 その言葉にメルリアははっとする。視界に映るテオフィールと、記憶の中の人物の姿とを重ね合わせる。まだ新しい記憶だ。あの時、彼女が見せた、恐れに揺れる赤い瞳も、恐れに震え、どこか上擦ったような高い声も――目の前と、本当によく似ていると思った。

 二人の立場は異なれど、抱えている感情は全く同じ。

 だからこそ、メルリアは同じように笑った。

「嫌いになんてなりません」

 腕の動きを制限する皮はない。歩みを縛る足枷もない。身の自由をもう一度確認してから、テオフィールは曾孫娘メルリアをそっと抱きしめた。その力は随分と弱々しい。添える程度の力でメルリアの肩を抱く。もう彼女に合わせて屈む必要はなくなった。彼が生きた時間からすればわずかな時の流れだというのに、それはずっとずっと昔のことのように感じられた。

「大きくなったね。……本当に」

 それは彼女の曾祖父としての、テオフィール・ゼーベックとしての言葉だった。

 月夜鬼である彼の体は、メルリアと比べるとやはり冷たい。しかしこの体温も、添えられる程度に触れる腕の力も、あの時と何一つ変わっていなかった。テオフィールの口から控えめに嗚咽が漏れる。それを聞いていると、メルリアも目頭に重たい違和感を覚えた。

 悲しいことなんて、なにもないはずなのに。

 メルリアは瞳を閉じると、そのまま静かに涙を零した。
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