幾望の色

西薗蛍

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夜半の屋敷

91 思わぬ再会1-1

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 突然の再会に喜ぶも束の間、唐突に告げられた事実に、メルリアは言葉を失っていた。

 久しぶりに会えて嬉しかった。顔を見たら、どんな話をしようか、今までどうしていたのか。聞きたいことがたくさんあった。その中には、彼の名前や彼がどういう人物なのかも含まれていた。だというのに。

 立ち尽くすメルリアを見て、テオフィールは眉を寄せた。固い拘束具の感覚が残る腕を動かし、なんとか曾孫娘を励まそうと思案する。しかしいい案は思い浮かばなかった。できるのは、場を和ませるよう笑うことだ。だから彼は笑った。

「あ、はは……。突然何言ってるんだって思うよね。うん」

 極めて明るく振る舞う曾祖父を見て、メルリアは黙っていた。

 ヴェルディグリでシャムロックは言った。曾祖父の話を知りたければ、一緒に夜半の屋敷へ来ないかと。その時は、彼か、あるいは屋敷の誰かが曾祖父の知り合いで、曾祖父に関しての昔話を聞かせてくれるのだとばかり思っていた。だが現実はどうだろう、そこにいたのは曾祖父本人だった。

 困惑はあった。驚きも。けれどそれ以上に、深い記憶を優しく掬い上げるような、柔らかい声が心を揺らしていく。自分以外に祖母を知っている人。それどころか――その言葉が本当だとすれば、ただ一人残る自分の肉親になる。

 困ったように笑うテオフィールの姿をわずかに見た後、目を閉じる。記憶から最後に見た彼の顔と、隣にいる祖母の顔を思い返した。穏やかに微笑する二人。記憶でそれを見比べる。優しげに細められた目元が似ている気がした。思えば、テオフィールはよく祖母のことを名前で呼んでいた。対して、祖母は自分の前で彼の名前を呼んだことは一度もなかった。

 そういうことだったんだ。

 メルリアはゆっくりと目を開く。開けた視界に飛び込んできたのは、テオフィールの慌てた様子だった。せわしなく手があちらへ行ったりこちらへ行ったり。やがて、その手が胸元の蝶ネクタイに伸びた。歪んだ形に結ばれた紫のネクタイは、彼の人柄を表すように頼りない。

「……どうしておばあちゃんは教えてくれなかったんだろう」

 ロバータからは、彼が自分の親戚であるということ以外は聞かされていなかった。嘘をつかれていたことが悲しいわけではない。だが、祖母が入院したのは十一の時だ。六歳はまだしも、体調が悪くなるその前にでも、話すタイミングがあったのではないか。

「オレが頼んだんだ、秘密にしてって。ロバータは悪くない」

 迷いに揺れていた瞳が嘘のように、テオフィールははっきり否定する。彼の赤い瞳がメルリアを見据えた。

「メルリアは、月夜鬼って分かるかな」

 メルリアは頷く。昔、家にあった本で読んだことがあった。辞書や図鑑を思わせるほどの厚さがある重たい本。それには、神話の時代から現代まで遡り、実際に存在した、あるいは今も存在している様々な種族を、それぞれ絵や図解で解説している。子供には難しい表現が並ぶにも拘わらず、彼女は何度も何度も読み返していた。この世にある不思議が詰まったその本が大好きだった。その絵や文章は、今も記憶の深い場所に残っている。

 記憶の中で本を――ちょうど真ん中辺りのページを開き、もう一度それを読んだ。

 月夜鬼。それは古の時代からこの世界の夜を支配してきた種族。猫やコウモリのように彼らは夜行性で、日中は姿を現さない。燃えるような赤い瞳が特徴。外見的な成長は大人になると止まり、それ以上成長することも老けることもない。本国は東南に位置する常夜の国、グラナートロート。ある花鉱石を加工したもの、もしくはアルコールが主食。

 メルリアはあの本の中に描かれている様々な種族が、神話の中だけの話なのか、今も変わらず生きているのか、区別がつかないままだった。

「家の……、あの、厚くて重い本で読んだので、ある程度は」
「ああ、あれね。うん、それじゃあ大丈夫かな」

 少ない情報からも、テオフィールは同じ本を連想する。彼も全く同じ本に目を通したことがあった。

「昔はなかったんだけど……。最近は『吸血鬼』っていう、人を襲う月夜鬼が存在するようになった」

 吸血鬼という単語に、メルリアは何度か瞬きを繰り返す。細かい情報を思い出す余裕はない。ただ、それは畏怖の感情と共に語られるもの――それだけは思い出せた。
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