幾望の色

西薗蛍

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夜半の屋敷

87 中庭にて-4

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 クライヴの手の力がわずかに緩む。その先の言葉を心のどこかが邪魔していた。触れていないもう片方の手が震えている。視線が迷うように動き、やがて彼女の顔から逸れた。しかし意を決すると、顔を上げて息を吸い込む。

「俺はメルが――」

 その時だった。暗闇から伸びた細く白い右手が、メルリアの瞳を優しく覆う。左手は肩を掴み、クライヴから引き剥がすように己へ引き寄せた。緩く結ばれていた二人の手が解け、されるがまま数歩後退すると、それの腕に収まった。

「メル、ここにいたのね」

 メルリアの耳元で女がそっと囁いた。目元を隠す手を解くと、そのまま左手首を拘束するように掴む。

「エルヴィーラさん?」

 メルリアはもう一度目の端を指の背で拭った。すぐ近くにエルヴィーラの顔があるが、手首の自由を奪われた今の状況では、表情を窺うことができない。きょとんと疑問の色を浮かべていた表情がわずかに明るく変わるが、しかしすぐに薄れていく。視線が前方へ向く。クライヴは完全に固まっていた。手の位置は握られた時のまま動かないし、肩も上がったまま。呼吸をしているのかどうかすら怪しい。表情ごと石彫刻のように微動だにせず、怒っているのか笑っているのかなんなのか、表情も全く読み取れなかった。

「あの、私、クライヴさんとお話の途中で」
「ふうん。ねえあなた、の?」

 エルヴィーラは興味が薄い様子で淡々と尋ねた。すると、石像のように固まっていたクライヴの指がぴくりと動く。上がっていた腕を下ろすと、諦めたように視線を足下へ投げ出した。

「いや……」

 半開きになった口からは随分とやつれた声がした。

「クライヴさん大丈夫? 私、いつでも聞くから――」
「いい。……今日はもう、いい」

 辛うじて腹の奥から言葉を絞り出す。クライヴはおぼつかない足取りで数歩下がると、壁際に体重を預けた。

「そのうちシャムが呼びに来るわ。あなたも真実を知るべきね」

 エルヴィーラは淡々と伝えると、メルリアの手を取ってにこりと微笑みかける。

「じゃあメル、行きましょ。ウェンディが呼んでいるわ」
「え、あっ……。またね、クライヴさん」

 メルリアは何もできぬまま、エルヴィーラにぐいぐいと腕を引かれた。

 クライヴは顔を上げて、なんとか笑顔を絞り出す。顎の辺りで頼りなく手を振ると、突然エルヴィーラがこちらを見る。赤い瞳が細められ、クスリと笑みを零した。その目は全てを理解していると物語る――まるで小悪魔のようだった。

 エルヴィーラはそのままメルリアを攫って歩き去った。
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