幾望の色

西薗蛍

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夜半の屋敷

87 中庭にて-3

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 本当にあった。夢じゃなかった。約束が叶うのだ。祖母にはずっと世話になりっぱなしだった。恩返しの一つもできないまま旅立ってしまった。これで……十八年経って、自分はやっと祖母の役に立つことができる。

「よかった……」

 メルリアは胸の奥に広がる熱を感じながら、何度も何度も頷いた。先ほど抑えた感情が、今度こそ抑えきれずに溢れ出してくる。

 月満草から漏れた光の粒子がキラキラと宙に浮かび、風に乗って闇に沈んでいく。それはまるでたき火の際に見える火の粉に似ていたが、それよりもずっと頼りなく、余韻を残してゆっくり色を失っていく。メルリアの両の頬を濡らす雫は、その光を反射してしめやかに光った。

「クライヴさんも……ありがとう、いろいろ、助けてくれて」
「いや、俺は別に――」

 メルリアが顔を上げて微笑むと、両目から零れた涙が、頬にできた線を伝って零れていく。瞼が微笑に細められると、ぽろぽろと新しい涙が溢れてきた。紅潮した顔に涙で上擦った声、綻ぶような笑顔。胸の奥底から喜んでいる事は、当事者ではないクライヴにもよく判っていた。

「見つかって、よかったな」

 言いかけた言葉を飲み込み、伝えるべきであろう言葉を口にする。

 メルリアはまた一つ、右頬に新しい涙を伝わせながら、へにゃりと崩れた笑顔で頷いた。

 中庭に風がひとつ抜けると、漏れた光の粒子が輝いた。仄かに降り積もる雪のように、それは穢れない。どこか幻想的で、そして温かい。

 やがてメルリアは人差し指で両目の端を拭うと、気丈を装った笑顔を向ける。

「でも……ごめんね、私、先に」

 声は相変わらずの涙声だった。

 クライヴはそれに特別触れることはせず、普段通りを振る舞って――けれど少し落ち着いた声色で言う。

「いや、俺もあの花が見られてよかったよ。こんなに綺麗だったんだな」
「うん……」

 夜の闇や、月の光を遮るものはない。時計の秒針は聞こえず、他人の足音や気配もない。ただ、メルリアとクライヴのふたりがいるだけ。中庭を抜ける風に、枝枝を揺らす乾いた音。それだけしかここにはない。まるで時間という概念が存在しないかもしれないと錯覚するほど。それほど、ただただ静寂が広がっていた。それをどこか懐かしいと――落ち着くようだと、メルリアは解釈していた。

 涙で濡れる彼女の横顔を見つめるクライヴは、何度か声をかけようと口を開く。が、躊躇うように視線を逸らし、口を閉じる。それを何度か繰り返し、誰にするでもなく頭を振る。いくらゆったり時が流れているといっても、時間は無限ではない。

「一つ、聞いていいか?」

 メルリアは知らない。一方で、クライヴの右手が緊張に震えているのを、強ばった表情、声色をしているのも。違和感に気づく余裕なく、問いかけに首をかしげた。

「俺も……、メルリアのこと、メルって呼んでも、いいか……?」

 メルリアの目が見開かれる。失敗したか、とクライヴが右足を一歩後ろへ向けたのも束の間、その表情が眩しいほどの笑顔に変わった。

「嬉しい……!」

 メルリアはクライヴの手を取ると、静かに微笑みかけた。先ほど彼が屋敷の前で見たものだ。自分にここまでの眩しい笑顔が向けられるとは。その明るさを直視できそうもないが、目を逸らしたくなる、逃げたい感情を必死に抑え、真っ向から受け止める。代わり心臓が悲鳴を上げるが、逆にそれから目を逸らした。

「そう呼んでもらえるの、とっても嬉しい。あんまり呼んでもらえなくなったから……」

 薄く苦笑を浮かべながら、クライヴの手を強く握りしめる。それは感情の強さに比例していた。

 メルリアを愛称で呼ぶ人間は、両親やロバータが旅立って以降、誰一人としていなかった。旅に出てエルヴィーラに呼んでもらうまでは。自分のことをメルと呼んでもらえるのはやはり嬉しい。信頼している人間に呼ばれるならばなおのことだ。

「もう一つだけ聞いてくれるか」

 落ち着かないように迷わせていたクライヴの目が、素直にメルリアを見据える。決意を込めるように触れられた手を強く握り返した。

 メルリアはその手とクライヴの顔を交互に見比べると、彼の言葉を静かに待つ。

「俺は、メルリア……、メル、の、ことが」
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