幾望の色

西薗蛍

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夜半の屋敷

87 中庭にて-2

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 月の光に煌めくその花は、記憶にあるものよりずっと生き生きとしていた。記憶の中よりも花弁の光はずっと強いし、葉や茎がぼんやりとした光を放つことは知らなかった。実際にあの花を見つけたら、あの時のように触れてみたいと思っていた。つい先ほどまでは。けれど今はそれが怖いと思う。触れてしまえば、その輝きを損ねてしまうかもしれない。メルリアは何もせず、月満草と呼ばれた花を見つめるのみに留めた。輝きこそ記憶より強いものの、花の色や形は自分の知るものと相違ない。ほのかな風に、月満草が輝きながら揺れる。白雪のようにただ静かに、淡々と。その花が揺れるたび、息が詰まりそうな感覚を覚える。何度か息をのもうとするも、うまくいかない。

 呆然とその景色を見つめるメルリアを見て、シャムロックは言う。

「これは厳密には植物ではない。花鉱石と呼ばれる鉱物の一種だ」

 ロバータが病気で入院したのは五年前。祖母が病死し、メルリアが一人でも約束を果たそうと決心したのは三年前。

 ――やっと見つけたよ、おばあちゃん。

 胸の前で両手を握り、ただただ俯いた。目の前に見えるのは、あの日祖母の手の中にあったものと同じ花だ。滲んだ視界のまま輪郭を失った花々を見ていると、風に乗ってロバータが笑う明るい声が聞こえてくるようだった。

「――メルリアが探していた花はこれではないか?」

 メルリアは静かに顔を上げる。花に目をやっていたシャムロックが、こちらを見て穏やかに微笑んだ。その温かさと共に、喉の奥からじんとした痛みのようなものが巡る。

 はい、と。一つ頷こうとした言葉が、喉の奥から――舌の先に乗る辺りでぴたりと止まると、感慨や重み、感動と共に胸の奥へと沈んでいった。

「あ、あの、私……」

 鼻を詰まらせたような声をこぼし、言い渋る。確かにこの花で間違いはない。けれど――、後ろに視線を向けると、シャムロックは納得したように頷くと、苦笑を浮かべる。

「約束を破ったのは俺だ。すまない。だが、クライヴにも予めこれを見ておいてほしくてな」
「い、いえ、そんな! 私のわがままで」

 メルリアが慌てて首を振ると、彼女の左目から一筋の涙がこぼれ落ちる。その軌道を静かに見つめた後、シャムロックは中庭に咲く月満草に目を向け、静かに立ち去った。靴音一つ残さず、早々に。

「……さて、メルリア様。クライヴ様。お二人にはそれぞれお話がございますので、こちらの用意が調うまでこのままお待ちください」

 ウェンディの淡々とした声が中庭に響く。二人が頷くのを見ると、彼女はひとつ咳払いし、メルリアの足下に視線を向ける。

「メルリア様がいる場所までであれば近づいていただいても構いませんが、それ以上はお控えください。まあ、近づかれたら近づかれたで」

 ウェンディは言葉を濁すと、庭の端に目をやった。中庭を囲うように生える低木には葉がなく、枝だけが静かに伸びている。だというのに、葉や実が成っているように、黒い塊が点々としていた。やがてその実が木から離れると、羽音を立てずにメイドの頭上にとまる。

「う」

 クライヴはそれに気づくと、傷口がずきりと痛んだ。先ほど彼を噛んできた小型のコウモリである。人懐っこいのかそうではないのか、やはりこれも彼に向かって、くあっと大口を開けた。牙の先は薄汚れている。

 ウェンディはごく自然な動作で頭と顎を探り当てると、そのままその口を無理矢理閉じさせた。子犬が頭を垂れるような高い音を漏らし、コウモリは素直に従った。

「クライヴ様はご存じのようですが、それ以上近づかれますと……。くれぐれもご留意くださいませ」
「分かってます」

 その言葉に、ウェンディはふっと表情を崩した。少々お待ちくださいませと頭を下げると、彼女も屋敷の中へ戻っていく。シャムロックとは異なり、靴音がしっかりと響いた。

 やがてその音が消えると、クライヴは一つため息をつく。ぼうっと花を見つめるメルリアの傍らに立ち、彼もまた、同じように月満草を見つめた。

「メルリアが探してた花、これだったんだな」
「……うん。やっと、やっとね」

 メルリアは彼に視線を合わせず、ただただ眼前で煌めく月満草を見つめていた。借り物のランタンを足下に置くと、控えめにその風景へ手を伸ばす。
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