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ヴィリディアンの街道3
85 屋敷へ続く道-2
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乙夜鴉はこちらから二メートル先の地面に止まると、くちばしをくあっと大きく開いた。持っていた光源を地面へ置くなり、シャムロックの視線の高さで羽ばたく。渋く重みのある声で一鳴きすると、静かに飛び立っていった。
その姿を目で見送りながら、シャムロックはそれを手に取った。
「メルリア、これを」
シャムロックはそれをメルリアに差し出す。携帯用のランタンだった。光源には魔力石が使用されており、橙色の光がぼんやりと周囲を照らしている。あまり強い明かりではないものの、本物の火を利用しない分、火傷の心配がなく、普通のランタンよりも軽い。おまけに光の揺らぎが少ない高級品だった。
「あ、ありがとうございます……!」
メルリアはランタンを受け取ると、持ち手をしっかり握りしめた。魔術の炎だと分かっていても、真っ暗闇は心細い。それに、道の先も見通せるかどうか不安な状況だった。地面を踏みしめる乾いた音が落ち葉だと分かれば、木霊のような音が木々のざわめきであると分かれば……見えていれば、恐れることはないのだ。自身の周りを照らすあたたかな光を見つめ、胸を撫で下ろした。
「クライヴさんは、これくらいの暗さは平気?」
「ああ。まだ遠くまで見えるし」
「夜目がきくんだね。すごいなあ」
メルリアは感心しながら周囲を見回す。森の黒、夜の闇。光に照らされた足下は灰色。ランタンがなければ、森と空の境目しか判別することはできない。
シャムロックも夜目がきくのだろう、彼の足取りには迷いがない。隣を歩くクライヴと、先導するシャムロックに改めて感心した。
野生動物の足音が草を揺らし、藍色の空には鳥の影が舞う。そんな中、道の奥からこちらめがけて飛んでくる何かがあった。乙夜鴉よりずいぶん小さい影の正体はコウモリだ。それはシャムロックの顔の周りをぐるりと二周すると、右肩の上に腰を下ろす。シャムロックが人差し指で羽に触れると、キィキィと声を漏らした。
やがて奥から飛んできたもう一匹のコウモリが、躊躇せず左肩にとまる。シャムロックは足を止めず、振り払うこともせず、コウモリの好きにさせてやった。
「コウモリって、肩に留まるんだ……」
好奇心で浮かれるメルリアがぽつりとつぶやく。すると、シャムロックの右肩に留まっていたコウモリが飛び立った。ランタンの持ち手を握る右手へ降り立つと、そのまま口を大きく開いてみせる。真っ黒な体に白い牙が光った。
「コウモリって、血を吸うんだったか?」
その様子を隣で眺めていたクライヴが、ぽつりと疑問を口にする。
メルリアの手に留まっていたコウモリは、それを聞くや否や瞬時に口を閉じた。瞬く間に羽を広げ、クライヴの体の周りをパタパタ飛び回る。歩を止めないにも拘わらず器用に旋回する彼は、何かを探っているようだ。
「いるにはいるが、この種は吸わないな。というより、血を吸う方が珍しいのだが――」
やがてコウモリはクライヴの左手に目をつけると、親指の付け根付近に牙を立てた。
「いッ……!?」
ジクリと小指に走る痛みに顔をしかめる。思わず左手を押さえると、ほんの少し湿った感触があった。
「だ、大丈夫?!」
明らかに不快感から出た声だ。メルリアは慌てて手を伸ばしたが、どうしていいか分からない。ランタンの明かりが、行き場を失うように左右に揺れた。
当事者であるコウモリは何食わぬ顔で、再びシャムロックの右肩に留まった。体をこちらへ向けると、二人に口を開いてみせる。つんと鋭利な牙が、赤い血でわずかに濡れていた。
「あ、あの、吸わないんじゃ……?」
患部を押さえるクライヴを気にかけながら、メルリアは恐る恐る真っ黒な背中に問いかけた。右肩のコウモリは相変わらず口をパクパクさせている。
「抗議や威嚇で刺す事も希にある。……だが、少々悪戯が過ぎるな」
シャムロックはやれやれとため息をつくと、右肩に乗る小さな背を突いた。
「……後でウェンディに叱られるぞ」
コウモリだけに聞こえるよう囁くと、それは慌てて肩から飛び立つ。キィキィと悲鳴に似た声を漏らしながら、彼は森の奥へ消えていった。
その姿を目で見送りながら、シャムロックはそれを手に取った。
「メルリア、これを」
シャムロックはそれをメルリアに差し出す。携帯用のランタンだった。光源には魔力石が使用されており、橙色の光がぼんやりと周囲を照らしている。あまり強い明かりではないものの、本物の火を利用しない分、火傷の心配がなく、普通のランタンよりも軽い。おまけに光の揺らぎが少ない高級品だった。
「あ、ありがとうございます……!」
メルリアはランタンを受け取ると、持ち手をしっかり握りしめた。魔術の炎だと分かっていても、真っ暗闇は心細い。それに、道の先も見通せるかどうか不安な状況だった。地面を踏みしめる乾いた音が落ち葉だと分かれば、木霊のような音が木々のざわめきであると分かれば……見えていれば、恐れることはないのだ。自身の周りを照らすあたたかな光を見つめ、胸を撫で下ろした。
「クライヴさんは、これくらいの暗さは平気?」
「ああ。まだ遠くまで見えるし」
「夜目がきくんだね。すごいなあ」
メルリアは感心しながら周囲を見回す。森の黒、夜の闇。光に照らされた足下は灰色。ランタンがなければ、森と空の境目しか判別することはできない。
シャムロックも夜目がきくのだろう、彼の足取りには迷いがない。隣を歩くクライヴと、先導するシャムロックに改めて感心した。
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やがて奥から飛んできたもう一匹のコウモリが、躊躇せず左肩にとまる。シャムロックは足を止めず、振り払うこともせず、コウモリの好きにさせてやった。
「コウモリって、肩に留まるんだ……」
好奇心で浮かれるメルリアがぽつりとつぶやく。すると、シャムロックの右肩に留まっていたコウモリが飛び立った。ランタンの持ち手を握る右手へ降り立つと、そのまま口を大きく開いてみせる。真っ黒な体に白い牙が光った。
「コウモリって、血を吸うんだったか?」
その様子を隣で眺めていたクライヴが、ぽつりと疑問を口にする。
メルリアの手に留まっていたコウモリは、それを聞くや否や瞬時に口を閉じた。瞬く間に羽を広げ、クライヴの体の周りをパタパタ飛び回る。歩を止めないにも拘わらず器用に旋回する彼は、何かを探っているようだ。
「いるにはいるが、この種は吸わないな。というより、血を吸う方が珍しいのだが――」
やがてコウモリはクライヴの左手に目をつけると、親指の付け根付近に牙を立てた。
「いッ……!?」
ジクリと小指に走る痛みに顔をしかめる。思わず左手を押さえると、ほんの少し湿った感触があった。
「だ、大丈夫?!」
明らかに不快感から出た声だ。メルリアは慌てて手を伸ばしたが、どうしていいか分からない。ランタンの明かりが、行き場を失うように左右に揺れた。
当事者であるコウモリは何食わぬ顔で、再びシャムロックの右肩に留まった。体をこちらへ向けると、二人に口を開いてみせる。つんと鋭利な牙が、赤い血でわずかに濡れていた。
「あ、あの、吸わないんじゃ……?」
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「抗議や威嚇で刺す事も希にある。……だが、少々悪戯が過ぎるな」
シャムロックはやれやれとため息をつくと、右肩に乗る小さな背を突いた。
「……後でウェンディに叱られるぞ」
コウモリだけに聞こえるよう囁くと、それは慌てて肩から飛び立つ。キィキィと悲鳴に似た声を漏らしながら、彼は森の奥へ消えていった。
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