幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
147 / 197
ヴィリディアンの街道3

85 屋敷へ続く道-1

しおりを挟む
 メルリア達三人は今日も街道を歩いていた。

 代わり映えのないなだらかな道だったが、三時間ほど歩いたところで、街道の様相ががらりと変わった。

 生い茂る木々はいずれも空を覆うほど高く立派なものへ、道幅が次第に狭く細く。太陽の光は森に遮られ、馬車や荷台は間を詰めてなんとか三台が通れるかどうかといった幅に。前を行く馬車が突然速度を落としたかと思うと、その右隣から生えるように別の馬車がすれ違う。このあたりは御者も特別神経を使う場所だ。

 自分の体格よりも大きなリュックを背負う男が、道の狭さにぶつくさと文句を垂れながら、三人の横を足早に通り過ぎていく。

 国の主要な街道を歩いてきたメルリアは思う。グローカス付近は他と比べて整備が行き届いていないようだ、と。人が通る道はきちんとならされているが、森はずっと近いし、傍らに生える雑草も余所に比べて多い。

 森が近い分、魔獣も近い。魔術士による魔獣避けの対策が施されているとは分かっていても、それは目に見えない。何かあったらと不穏な空想が脳裏をよぎり、メルリアは頭を振った。

 それに加えて、間もなく日が落ちる頃合いだ。太陽を覆い隠す雲は燃えるように赤い。木々の合間に、その光がはっきりと伸びてくる。対して東の空はすっかり晴れ、夜を思わせる藍色が広がっていた。今晩は月が見られそうだ。そんな藍色に星がひとつ輝く。その煌めきに気づき、メルリアは笑みを浮かべた。魔女の村を出てから今日まで、ずっと曇り空だった。久しぶりに見る青空は、夜空だとしてもどこか気持ちがいい。少し湿っぽい空気を吸い込み、体の淀んだ空気と溜まった疲れを呼吸に乗せて吐き出した。その時、背後を歩いていたシャムロックが距離を詰めてくる。

「ここから先は俺が先導しよう」

 二人に声をかけると、一番後ろを歩いていたシャムロックが前へ出た。

 夕方という時間も手伝って、フードを被るシャムロックの表情はよく見えなかった。それに、掠れた声が気にかかる。やはり疲れているのだろうか……と、メルリアは不安げに視線を落とした。

「屋敷はもうすぐだ」

 しかし、次耳に飛び込んできた声はどこか優しい。

 メルリアはひとまず静かに息を吐いた。


 三人が街道を進むと、道の奥に宿酒場らしい建物の明かりが見えた。その手前には、煤けた看板がひとつ。記された文字は解らないが、奥には石造りの道が広がっていた。小ぶりな馬車が一台通れるほどの狭い道だ。あまり人通りがないようで、街道とそこを隔てる部分には、踵ほどの高さの雑草が生えている。

「こちらだ」

 シャムロックは石造りの道へ歩を進める。メルリアとクライヴもその後を追った。

 道の外れには、深緑色の針葉樹林が蔓延っていた。街道の木々よりもさらに背が高く、深緑の葉は藍色の空を覆い尽くす。天を仰いでも空はほとんど見えず、代わりに映るのは針葉樹のシルエットだけ。ミスルトーの広場から見た景色によく似ていた。

 道に明かりはなく、行く先には暗闇が広がっている。シャムロックの羽織る外套の装飾が、魔力の流れに合わせて時々曖昧に光った。今現在、この道を照らす唯一の光源だ。しかし、それは弱々しく頼りない。枯れ葉を踏む乾いた音にメルリアは肩をふるわせた。何気ない音に過剰に反応してしまうほど、ここは闇に包まれている。やがて月が昇れば、石造りの道が明るく照らされるだろうが――それはいつになることか、見当もつかない。

 先頭を歩くシャムロックが、フードの端に手をかけた。首の後ろへ下ろすと、視界を確保するようにと首を左右に振る。黄昏を思わせる赤みがかった金髪がわずかに揺れた。何度か瞬きを繰り返し、息をつく。

「フード……してなくていいのか?」

 不安げに尋ねるクライヴに、シャムロックはふっと微笑した。

「ああ、もう大丈夫だ」

 二人の会話の最中、メルリアの背筋に鳥肌が立った。突然、遠くから鳥らしき羽音が聞こえてきたせいだ。荒い呼吸を整えようと深呼吸を繰り返し、それを目視しようと周囲を見回す。どうやら羽音は前方から聞こえてくるようだ。そちら側を注視すると、何やらぼんやりと光るものが目に入った。同時に、黒い鳥の姿も一緒に浮かび上がる。乙夜鴉だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黄金と新星〜一般人系ギルドマスターのなるべく働きたくない日々〜

暮々多小鳥
ファンタジー
《第一章完結》 遺跡を探索し、魔獣を狩り、様々な依頼を引き受けて名声を得る。そんな、若者がこぞって憧れる職業、冒険者。数十年前から起こった冒険者ブームが衰え知らずに続いている現在、わずか数年で有名な冒険者ギルドのギルドマスターとなり冒険者のトップクラスまで上り詰めた冒険者がいた。彼女の名はクリア・マギナ。これは、彼女が華麗に活躍し、数々の事件を解決していく物語である。 ‥‥‥とか何とか言われているが、その実状は肩書きだけが勝手に立派になってしまったちょっと人より攫われやすいだけのごく普通の小娘が、個性豊かな冒険者達に振り回されたり振り回したりするドタバタ劇である。果たして何の能力も持たない一般人ギルドマスターのクリアに平穏な日々は訪れるのだろうか。 *基本は主人公の一人称、たまに他の人物視点の三人称になります。 《第一章あらすじ》 今日も今日とて盗賊に攫われている一般人系ギルドマスター、クリア・マギナ。「自分でも討伐できるでしょ」と見当違いな文句を言われつつギルドメンバーに助けてもらったは良いものの、調べると親玉の盗賊団の存在が判明したため討伐作戦を行うことに。自分は行きたくない働きたくないクリアは全てをギルドメンバーや秘書に押し付け高みの見物をしていたが、トラブル続きの討伐作戦は思わぬ方向へ?クリアは安全な場所でのうのうと過ごしていられるのか? *第二章開始は三月中旬頃を予定しています。 *小説家になろう様でも連載している作品です。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに

千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」 「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」 許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。 許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。 上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。 言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。 絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、 「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」 何故か求婚されることに。 困りながらも巻き込まれる騒動を通じて ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。 こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

【完結】転生少女は異世界で理想のお店を始めたい 猫すぎる神獣と一緒に、自由気ままにがんばります!

梅丸みかん
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。※書籍化に伴い「転生少女は異世界でお店を始めたい」から「転生少女は異世界で理想のお店を始めたい 猫すぎる神獣と一緒に、自由気ままにがんばります!」に改題いたしました。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...