幾望の色

西薗蛍

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ヴィリディアンの街道3

84 翌日、待ちぼうけ-3

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 その時、手帳から顔を上げたシャムロックと目が合った。

「メルリアはそれをどこで見たんだ?」

「祖母からです。祖母がもらったって見せてくれました。誰にもらったかは知らないんですけれど……」

 あの日、その花を手にした祖母はどこか嬉しそうに、どこか遠くを見るように笑っていた。けれどその表情を見たのは一瞬だけ。すぐにロバータは屈託ない笑みを浮かべた。メルリアが目を輝かせると、いっそう嬉しそうに。

 メルリアは祖母の表情を思い起こしながら、ぼうっと石造りの壁を見つめていた。やがて石の継ぎ目が混ざり、濃い灰色一色へと変わっていく。その一色に、かつての風景が浮かび上がった。

「その花……、花弁がわずかに光ったのではないか?」

 シャムロックの一言に、メルリアの意識が現実へと引き戻された。

「えっ――!」

 思わず立ち上がり、シャムロックの顔をまじまじと見つめてしまう。彼は普段と変わらず落ち着いた表情をしていた。辛うじて違うところがあるとするならば、眉間に薄い皺が寄っていることくらいで。

 こちらの横を通り過ぎていた大男が、突然のことに立ち止まる。周囲から視線を集めている事に気づき、メルリアは慌てて座り直した。しかし心臓はバクバクと脈打っており、自然と乱れた呼吸も簡単には治まらない。

「そ、そうです」

 ほんの少し上擦った声で、メルリアは何度も何度も頷いた。

 シャムロックは嘘を言うような人ではない。左胸に手を当てながら、ネフリティスの言葉を思い返す。あの言葉を疑ったわけではなかったけれど、本当に心当たりがあるとは思わなかった。あの花のこと、どこまで知っているのだろうか? 花の名前は多分知っているはずだ。だったら、咲く時期は? 自生している場所は? それさえ分かれば、メルリアの旅は終わる。

 やっと手がかりがつかめる。それを求めようと手を伸ばしかけて、やはりそこで引っ込めた。

 ……私が先じゃない。

 うずうずと落ち着かない様子を見かねたシャムロックが、くすりと一つ笑みを零す。

「メルリアはその花をどうしたいんだ?」

 おばあちゃん、と口に出かけた言葉を飲み込んでから、メルリアはもう一度口を開いた。

「祖母のお墓にお供えしたいんです。生前、祖母と一緒に探そうって約束をしていたので……。でも、それが難しいなら、見るだけでもいいんです」

 恐らくとても入手が困難な植物なのだろう、とメルリアは結論づけていた。国一番のヴェルディグリ図書館でも、自分の探している花の情報は見つからなかった。だから、それは崖の上に咲くたった一輪の花のように険しい、あるいは危険な場所にしか咲けないのだとか、もしくは、貴重であるが故に需要も高い、だとか。叶うことなら祖母に見せたいが、最悪自分が一目見るだけでも構わない。見つかったと報告をするだけでも、きっと喜んでくれるだろうから。

 遠くで眠る祖母に思いを馳せながら、カーテンの奥から差し込む外の光に視線を向けた。カーテン越しからでも分かるほどそれは強くなく、今日も外は曇天の灰の空が広がっているのだろう。けれど、周囲をはっきりと照らすだけの光は失われていない。

「大丈夫だ。近いうちに必ず叶う」

 どこか力強い言葉に、メルリアは彼へ向き直る。明るさの違いに視界がチカチカしたが、彼の纏う外套を見つめていると、不思議と目が慣れていた。やがて、彼の赤い瞳がこちらを見据えていた事に気づく。その表情は、優しさを帯びていた。

「ありがとうございます」

 シャムロックの言葉を素直に受け止め、メルリアも同じように微笑んだ。
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