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ヴィリディアンの街道3
82 三人で行く道
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三人が街道へと出ると空模様が一変し、どんよりと薄暗い雲が空を覆っていた。
村で感じた温かい木漏れ陽が嘘のようだ。白い雲の間には時折灰色の雲が顔を出し、何時かは天気が崩れるであろうということを知らせる。その証拠に、開けた道を抜ける風はどこか冷たく湿気をはらんでいる。
しかし、そんな中でもメルリアの表情は明るい。空を見て一時肩を落としたが、土の道を踏みしめるたびその杞憂が足先から抜けていった。湿っぽくも冷たい空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。森の空気とは香りも味も明らかに異なるが、体を動かしている時の深呼吸は気持ちがいい。ぐっと体を伸ばすと、くるりと身を翻し、後方の二人の様子を窺った。一番後ろを歩くシャムロックの表情は相変わらずフードに隠れていた。その前を行くクライヴは、眉間に皺を寄せて何事かを深く考え込んでいる。
「クライヴさん?」
メルリアは来た道を何歩か戻る。彼のすぐ隣に立ち、歩幅を合わせて歩く。
クライヴはその様子にはっと顔を上げた。何度か迷うように視線を泳がせた後、一つ咳払いする。
「なんだ?」
随分と固い声色だったが、メルリアはそれに気づかない。楽しそうな表情のまま、背中の後ろで腕を組むと、一度足下に視線を向けた。メルリアの足とクライヴの足。その先、土色の地面にうっすらと二人の影が落ちる。それに目を向け、改めて空を仰いだ。雲の切れ間からは青空が見えない。快晴とは違う眩しさに目を細める。
「誰かと一緒に街道を歩けるのは嬉しいなって思って……ほら、今回は目的地も一緒だから」
随分と温かい気持ちになれるのだな、と、彼女はその熱をかみしめる。クライヴの顔をにこやかに見つめていたが、やがて驚きに目を見張った。
「どうかしたか?」
「そういえば、クライヴさんとよく街道を歩いたなあって……」
ヴェルディグリに向かう時、ヴェルディグリを出た後で二回目。それに、ベラミントですれ違った件も数えるならば三回目だ。今回を会わせると四度目になる。そのことをクライヴに伝えると、彼は瞠目した。やがて、彼は何かを納得したように一つうなずく。
「そうか……。道理で、知り合ったばかりって思えないわけだな」
「そうだね。クライヴさんが優しい人でよかった。ありがとう」
それだけ言うと、メルリアは背を向ける。二つに結んだ髪がふわりと波のように揺れた。クライヴは思わずその背中に手を伸ばしたが、それは空を掴む。己の行動の理由が分からず、手のひらを見つめて苦笑を浮かべた。
メルリアが次へ向かったのは、三人の一番後ろを歩くシャムロックの隣だった。まるで年の近い親子のような身長差と、深く被ったフードのせいで、やはり近くに来ても彼の顔は判らない。その時、シャムロックが左手で自身の眉間を押さえた。その瞬間、彼の表情がわずかに見えた。険しい顔で目を閉じている。どうしたのだろうか。声をかけるか迷っていると、シャムロックはゆっくり目を開いた。何度か瞬きし、彼は手を下ろす。フードに影が落ちると、また目元が覆い隠された。
「まだ宿酒場まで距離があるだろう。何かあったか?」
「あ、いえ……」
フードの奥から聞こえる声は、メルリアがよく知る柔らかいものだ。しかし、今日は少し喉が焼けたような、掠れたような声だった。
「あの……。どこか、具合が悪いんですか?」
メルリアからシャムロックの表情は分からない。にもかかわらず、彼女は彼の顔を見て尋ねた。辛うじて見える口元から、少しでも情報を得ようと思ったのだ。
「俺はそもそも夜型でな。少し眠いだけだよ」
そう言うと、シャムロックは微笑んだ。
メルリアには口元しか見えないが、その表情ははっきりと読み取れた。やはり疲れたような声は変わらない。これからどうするべきか悩んでいると、シャムロックはひとつ欠伸を零す。
「どうしても困ったら二人に伝える。俺のことは気にしなくていい。早く屋敷に戻らねばならないし……。それに、メルリアも早くエルヴィーラに会いたいだろう?」
「は、はい!」
メルリアの背筋がピンと伸びると、少し硬い表情を作って、何度も何度もうなずいた。
その様子を見てシャムロックはふっと笑うと、その背中を優しく押す。
メルリアは彼に一度頭を下げると、先頭を歩くクライヴに手を振り、そちらへと駆け寄った。
村で感じた温かい木漏れ陽が嘘のようだ。白い雲の間には時折灰色の雲が顔を出し、何時かは天気が崩れるであろうということを知らせる。その証拠に、開けた道を抜ける風はどこか冷たく湿気をはらんでいる。
しかし、そんな中でもメルリアの表情は明るい。空を見て一時肩を落としたが、土の道を踏みしめるたびその杞憂が足先から抜けていった。湿っぽくも冷たい空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。森の空気とは香りも味も明らかに異なるが、体を動かしている時の深呼吸は気持ちがいい。ぐっと体を伸ばすと、くるりと身を翻し、後方の二人の様子を窺った。一番後ろを歩くシャムロックの表情は相変わらずフードに隠れていた。その前を行くクライヴは、眉間に皺を寄せて何事かを深く考え込んでいる。
「クライヴさん?」
メルリアは来た道を何歩か戻る。彼のすぐ隣に立ち、歩幅を合わせて歩く。
クライヴはその様子にはっと顔を上げた。何度か迷うように視線を泳がせた後、一つ咳払いする。
「なんだ?」
随分と固い声色だったが、メルリアはそれに気づかない。楽しそうな表情のまま、背中の後ろで腕を組むと、一度足下に視線を向けた。メルリアの足とクライヴの足。その先、土色の地面にうっすらと二人の影が落ちる。それに目を向け、改めて空を仰いだ。雲の切れ間からは青空が見えない。快晴とは違う眩しさに目を細める。
「誰かと一緒に街道を歩けるのは嬉しいなって思って……ほら、今回は目的地も一緒だから」
随分と温かい気持ちになれるのだな、と、彼女はその熱をかみしめる。クライヴの顔をにこやかに見つめていたが、やがて驚きに目を見張った。
「どうかしたか?」
「そういえば、クライヴさんとよく街道を歩いたなあって……」
ヴェルディグリに向かう時、ヴェルディグリを出た後で二回目。それに、ベラミントですれ違った件も数えるならば三回目だ。今回を会わせると四度目になる。そのことをクライヴに伝えると、彼は瞠目した。やがて、彼は何かを納得したように一つうなずく。
「そうか……。道理で、知り合ったばかりって思えないわけだな」
「そうだね。クライヴさんが優しい人でよかった。ありがとう」
それだけ言うと、メルリアは背を向ける。二つに結んだ髪がふわりと波のように揺れた。クライヴは思わずその背中に手を伸ばしたが、それは空を掴む。己の行動の理由が分からず、手のひらを見つめて苦笑を浮かべた。
メルリアが次へ向かったのは、三人の一番後ろを歩くシャムロックの隣だった。まるで年の近い親子のような身長差と、深く被ったフードのせいで、やはり近くに来ても彼の顔は判らない。その時、シャムロックが左手で自身の眉間を押さえた。その瞬間、彼の表情がわずかに見えた。険しい顔で目を閉じている。どうしたのだろうか。声をかけるか迷っていると、シャムロックはゆっくり目を開いた。何度か瞬きし、彼は手を下ろす。フードに影が落ちると、また目元が覆い隠された。
「まだ宿酒場まで距離があるだろう。何かあったか?」
「あ、いえ……」
フードの奥から聞こえる声は、メルリアがよく知る柔らかいものだ。しかし、今日は少し喉が焼けたような、掠れたような声だった。
「あの……。どこか、具合が悪いんですか?」
メルリアからシャムロックの表情は分からない。にもかかわらず、彼女は彼の顔を見て尋ねた。辛うじて見える口元から、少しでも情報を得ようと思ったのだ。
「俺はそもそも夜型でな。少し眠いだけだよ」
そう言うと、シャムロックは微笑んだ。
メルリアには口元しか見えないが、その表情ははっきりと読み取れた。やはり疲れたような声は変わらない。これからどうするべきか悩んでいると、シャムロックはひとつ欠伸を零す。
「どうしても困ったら二人に伝える。俺のことは気にしなくていい。早く屋敷に戻らねばならないし……。それに、メルリアも早くエルヴィーラに会いたいだろう?」
「は、はい!」
メルリアの背筋がピンと伸びると、少し硬い表情を作って、何度も何度もうなずいた。
その様子を見てシャムロックはふっと笑うと、その背中を優しく押す。
メルリアは彼に一度頭を下げると、先頭を歩くクライヴに手を振り、そちらへと駆け寄った。
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