幾望の色

西薗蛍

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魔女の村ミスルトー

81 魔女の村を去る-2

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 二人の姿がはっきりと確認できるほど近づいた時、メルリアは何度か短い瞬きを繰り返した。背の高い方はシャムロックなのだろうが、それだと断言できない。なぜなら、彼は全身を覆い隠すような黒く長い外套を羽織っていたからだ。さらに、目元をすっぽりと隠すフードを身につけているせいで、顔の輪郭が分からない。男はフードに手をかけると、それを首の後ろへと追いやった。その姿を見て安堵する。フードの影から現れたのは、どこか橙色の混じった金髪に深紅の瞳。木漏れ陽に触れる金髪は、光を受けて白く光る。間違いなくシャムロックの姿だった。

「待たせてしまってすまなかったな」
「いえ、大丈夫です」

 メルリアは微笑んで返すと、シャムロックの姿をまじまじと見つめた。昼間出歩くには目立ちすぎるであろう真っ黒な外套は、体のラインを隠すようなゆったりとしたものだった。腕や足下周りには金色の装飾が施されている。端から背中側へ続くような模様はとても複雑だ。こちらから見ることができないが、恐らく背中にも何かが描かれているのだろう。

「早ぅ被らんか」

 老婆は男に非難の目を向けると、手にした杖を横に振った。すると、外套に施された金の刺繍が淡く光る。外したはずのフードがシャムロックの顔を再び覆い隠した。まるで、それが自らの意志を持っているかのように。

「魔法具……?」

 クライヴがつぶやくと、アラキナがにたぁと満面の笑みを浮かべた。お世辞にも綺麗な表情とは言いがたく、あまり見たくはない嫌な笑顔だ。老婆は足早にこちらへ駆け寄ると、顔を上げて再びにんまり笑顔を浮かべる。本能的な恐怖のせいだろう、咄嗟に一歩後退して距離を取った。

「儂渾身の一作じゃぁ……! ヒョッ、ヒョッヒョッ」

 普段の重々しい物言いと、喉のどの辺りから出しているか分からない小鳥のような高い声。不気味な笑い声にクライヴの目が点になるなり、老婆はまた満足げに笑う。一通り満足してから、杖を適当に上下左右に振ってリタの隣に立つ。

「アラキナさん、他人を実験台にするのはやめてよね。シャムロックさんがいい人だからってさ」

 腕を組みながら、今回ばかりは怒ったぞと言わんばかりに強い口調でリタは責める。しかし、アラキナはやはりどこ吹く風といった様子だった。無駄に達者な口笛が森の木々に反響していく。それは心地のよい穏やかな風となって返ってきた。

 その風を肌で感じながら、シャムロックは何も言わずに首を振り、エルフの村に背を向ける。

「日暮れには宿に着きたい。そろそろ行こうか」
「はい!」
「……ああ」

 笑顔でうなずくメルリアと、慎重に答えるクライヴ。そんな彼らに応じるように、木製の扉が古びた音を立てた。細かい木の破片を周囲に散らしながら、村の出入り口がゆっくり開いていく。その様はまるで王城を守る鉄扉のごとく重々しい。

 シャムロックはエルフ二人に頭を下げると、そのまま外へ歩いて行く。

「それじゃあ、ありがとうございました!」

 その様子を見て、メルリアは慌てて二人へ頭を下げた。

「本当に世話になった、ありがとう」

 メルリアに続いて、クライヴも感謝を告げる。

 空いた距離を埋めるように、二人は早々にシャムロックを追った。

「またね~」
「ヒャ、ヒャ、ヒャッヒャ……」

 リタの伸びやかな声と、アラキナの奇妙な笑い声――恐らく別れの挨拶なのだろう、メルリアは手を振る事を返事の代わりにした。

 それから魔女の村の扉が閉ざされたのは、三人が「私有地」の看板を通り抜けた後のことである。
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