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魔女の村ミスルトー
80 酒宴の傍らで-2
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「……そうか」
金色の瞳に向けられた決意を受け取ると、シャムロックは静かに目を伏せた。
「また一緒に歩けるね」
メルリアがクライヴへと振り向く。背中の後ろで手を組み、微笑みかけた。その笑顔は無意識故の純粋なものだ。
「そ、そうだな」
シャムロックがいるとはいえ、また二人で過ごす時間が増えることになる――全く意識していなかった部分を意識させられ、妙な照れくささと居心地の悪さを感じ、クライヴの表情が強ばった。落ち着かない様子で手を揉みながら息を吐く。鼓動は乱れたままだ。
「……さて、と」
シャムロックは二人に背を向けると、懐から小ぶりな笛を取り出した。森の闇に向けて、短く低い音が響いた。その音はぼんやりと広がるように溶けていく。やがて、暗闇から一つの影が飛んできた。それは近くの枝に降り立つと翼を繕うと、はらりと何かを落とした。
クライヴとメルリアはその影をじっと見つめる。どうやら大形の鳥らしいと理解はできたが、それが何なのかは分からない。それが頭を上げると、鋭いくちばしがわずかに漏れる月の光を反射した。
「鴉……?」
鳴き声こそ知らないものの、長いくちばしと漆黒の色は、よく見たことのある鳥に似ている。メルリアが思わず口にすると、シャムロックは頷いた。
「あれは乙夜鴉という。夜行性の鴉だ」
「初めて見ました……」
メルリアは暗闇の中目をこらし、乙夜鴉と呼ばれた鳥の影をじっと見つめた。くちばし以外の部分はやはり森の闇に紛れてよく分からない。少しでもその姿を識別しようと、頭を左右に振ったり体を揺らしたりつま先立ちしてみたり。くちばしは自分のよく知る鴉と似ているみたい。羽の感じはどうなんだろう、色はやっぱり真っ黒だったりするのかな。鳴き声は同じなのだろうか、と興味深くその黒を見つめていた。
それを横目に、シャムロックは乙夜鴉が落とした荷物を拾い上げる。手のひらに収まるほど小さな鞄には一通の手紙が入っていた。四つ折りにしただけの簡単なそれを広げると、月夜に透かして文字を読む。黒いインクではっきりと書かれた文字を見るなり、表情が強ばっていく。その表情のまま、影が止まる枝を見上げて苦笑した。
「……怒っていたか?」
乙夜鴉は頷くようにくちばしを上下すると、同意のような鳴き声を漏らす。普通の鴉よりもずっと低く渋い声だった。
さてどうするべきかとシャムロックが顎に手を当てると、メルリアと目が合う。その目は好奇心で満ちていた。
「シャムロックさん、動物と会話ができるんですか?」
「どうだろうな……。正しく受け取れているか定かではないが、恐らくこちらの言葉は理解できているだろう。本来、鴉はとても賢い生き物だから」
言いながら背後に視線を向けると、同意のように乙夜鴉が低く鳴く。
まるで「そうだろう」と自賛しているように聞こえて、メルリアはくすりと笑った。すごいなあと称賛の意を抱き、シャムロックを、そして乙夜鴉のいるであろう闇に目を向ける。暗闇に目が慣れてもその姿を捉えることができない。それほどまでに森に溶け込んでいた。
「俺は屋敷へ手紙を書いてから休むことにする。二人も早く休んだ方がいい」
「はい、おやすみなさい」
メルリアは二人に挨拶を済ませると、広場をぐるりと迂回して、自分の借りるツリーハウスへと戻っていった。
クライヴはその間全く動かず、歩き続けるメルリアの背中に視線を送る。頭の中で考えているのは、彼女とは直接関係がないことだった。その姿が建物に消えた後も、扉の木目をただ見つめている。
「すまないな。俺が答えると言い出したにも拘わらず、随分と先延ばしになってしまった」
「……いや」
シャムロックの言葉を受け止めぬような空返事をひとつすると、広場の奥を見る。そこには、なおも続く宴模様が広がっていた。そのまま、その宴模様をぼんやりと見つめた。
「夜半の屋敷って、グローカスの外れの保護区だったよな」
「そうだ。知っているのか?」
「話だけ。あの辺りで遊ぶなって、子供の頃よく注意されてたから」
会話の本題はそこではない。お互いそれに気づきつつも、問うことはしなかった。
宴に華やぐエルフの面々の風景が滲んでいく。クライヴは何度か瞬きをして、目の焦点を正しく合わせた後、それらすべてから背を向けた。
「俺ももう休む」
「ああ、おやすみ」
クライヴは一度足を止める。しかし、何でもないと頭を振ってからまた足を進めた。それ以降は振り返らなかった。
森の夜は次第に深く、旅立ちへと時が進んでゆく。
金色の瞳に向けられた決意を受け取ると、シャムロックは静かに目を伏せた。
「また一緒に歩けるね」
メルリアがクライヴへと振り向く。背中の後ろで手を組み、微笑みかけた。その笑顔は無意識故の純粋なものだ。
「そ、そうだな」
シャムロックがいるとはいえ、また二人で過ごす時間が増えることになる――全く意識していなかった部分を意識させられ、妙な照れくささと居心地の悪さを感じ、クライヴの表情が強ばった。落ち着かない様子で手を揉みながら息を吐く。鼓動は乱れたままだ。
「……さて、と」
シャムロックは二人に背を向けると、懐から小ぶりな笛を取り出した。森の闇に向けて、短く低い音が響いた。その音はぼんやりと広がるように溶けていく。やがて、暗闇から一つの影が飛んできた。それは近くの枝に降り立つと翼を繕うと、はらりと何かを落とした。
クライヴとメルリアはその影をじっと見つめる。どうやら大形の鳥らしいと理解はできたが、それが何なのかは分からない。それが頭を上げると、鋭いくちばしがわずかに漏れる月の光を反射した。
「鴉……?」
鳴き声こそ知らないものの、長いくちばしと漆黒の色は、よく見たことのある鳥に似ている。メルリアが思わず口にすると、シャムロックは頷いた。
「あれは乙夜鴉という。夜行性の鴉だ」
「初めて見ました……」
メルリアは暗闇の中目をこらし、乙夜鴉と呼ばれた鳥の影をじっと見つめた。くちばし以外の部分はやはり森の闇に紛れてよく分からない。少しでもその姿を識別しようと、頭を左右に振ったり体を揺らしたりつま先立ちしてみたり。くちばしは自分のよく知る鴉と似ているみたい。羽の感じはどうなんだろう、色はやっぱり真っ黒だったりするのかな。鳴き声は同じなのだろうか、と興味深くその黒を見つめていた。
それを横目に、シャムロックは乙夜鴉が落とした荷物を拾い上げる。手のひらに収まるほど小さな鞄には一通の手紙が入っていた。四つ折りにしただけの簡単なそれを広げると、月夜に透かして文字を読む。黒いインクではっきりと書かれた文字を見るなり、表情が強ばっていく。その表情のまま、影が止まる枝を見上げて苦笑した。
「……怒っていたか?」
乙夜鴉は頷くようにくちばしを上下すると、同意のような鳴き声を漏らす。普通の鴉よりもずっと低く渋い声だった。
さてどうするべきかとシャムロックが顎に手を当てると、メルリアと目が合う。その目は好奇心で満ちていた。
「シャムロックさん、動物と会話ができるんですか?」
「どうだろうな……。正しく受け取れているか定かではないが、恐らくこちらの言葉は理解できているだろう。本来、鴉はとても賢い生き物だから」
言いながら背後に視線を向けると、同意のように乙夜鴉が低く鳴く。
まるで「そうだろう」と自賛しているように聞こえて、メルリアはくすりと笑った。すごいなあと称賛の意を抱き、シャムロックを、そして乙夜鴉のいるであろう闇に目を向ける。暗闇に目が慣れてもその姿を捉えることができない。それほどまでに森に溶け込んでいた。
「俺は屋敷へ手紙を書いてから休むことにする。二人も早く休んだ方がいい」
「はい、おやすみなさい」
メルリアは二人に挨拶を済ませると、広場をぐるりと迂回して、自分の借りるツリーハウスへと戻っていった。
クライヴはその間全く動かず、歩き続けるメルリアの背中に視線を送る。頭の中で考えているのは、彼女とは直接関係がないことだった。その姿が建物に消えた後も、扉の木目をただ見つめている。
「すまないな。俺が答えると言い出したにも拘わらず、随分と先延ばしになってしまった」
「……いや」
シャムロックの言葉を受け止めぬような空返事をひとつすると、広場の奥を見る。そこには、なおも続く宴模様が広がっていた。そのまま、その宴模様をぼんやりと見つめた。
「夜半の屋敷って、グローカスの外れの保護区だったよな」
「そうだ。知っているのか?」
「話だけ。あの辺りで遊ぶなって、子供の頃よく注意されてたから」
会話の本題はそこではない。お互いそれに気づきつつも、問うことはしなかった。
宴に華やぐエルフの面々の風景が滲んでいく。クライヴは何度か瞬きをして、目の焦点を正しく合わせた後、それらすべてから背を向けた。
「俺ももう休む」
「ああ、おやすみ」
クライヴは一度足を止める。しかし、何でもないと頭を振ってからまた足を進めた。それ以降は振り返らなかった。
森の夜は次第に深く、旅立ちへと時が進んでゆく。
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