幾望の色

西薗蛍

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魔女の村ミスルトー

79 代わる代わるエルフ-3

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 レニーに釣り竿を返した帰り、クライヴは偶然ハルと居合わせた。ただの雑談のつもりで「調子はどうだ?」などと聞いてしまったが最後、彼のリタ愛に火をつけてしまったのである。彼は人生で初めて、迂闊に雑談を振ってしまったことを激しく後悔した。それから彼は堰を切ったように喋り続けている。

 さて、これからどうしようか――、彼が思案顔を浮かべると、軽やかな足音が近づいてきた。

「クライヴさん! よかった、心配してたんだよ」

 メルリアはクライヴの傍に駆け寄ると、にこりと微笑みかける。その途端、クライヴは言葉を詰まらせた。その顔が、隣にいるハルの影響を受けたように赤く染まっていく。今の二人はとても似たような表情をしていた。温度差はあれど、思い人について考えているという点では一致している。

 居心地の悪さを覆したのはハルだった。自分の心理的に安心できる空間を侵された――それに気づくと、のぼせたように緩んでいた表情をきつく締め上げる。

「こんばんは」

 メルリアはハルに声をかけたが、返事はなかった。視線だけ向けて必要最低限の表情をすると、即座に目を逸らす。他者に興味がないのだ。広場にもう一人他人がいると気づくやいなや、ますます表情から感情が消えていく。

「じゃ、シーウェルさん失礼します。また明日」
「あ、ああ……おやすみ」

 ハルは無表情だった。声に感情もこもっていない。足早に今まで来た道を戻っていく。

 本当に感情の起伏が激しい子だな、とクライヴは首をかしげつつ彼を見送る。やがて、彼は何しに来たんだろうかと眉間に皺が寄るが、多分リタの話をしに来ただけだったんだろうと己を納得させた。ハルとは知り合い程度の間柄になれたはずだが、やはり行動がよく読めない。

「シャムロックさんが広場にいるから声をかけに来たんだけど……。私、お邪魔だった?」

 同じように消えていく影を見送ったメルリアが、ぽつりとつぶやく。彼の名前に気が引き締まる思いを感じるが、目の前にいるのはメルリアだ。不安そうな表情を安心させようと、できるだけ笑顔を意識して言う。

「そんなことない、来てくれて助かったよ」
「そう……? それじゃあ行こっか――あれ?」

 戻ろうと振り返ったメルリアは、広場にある人影を見て首をかしげた。

 シャムロックは相変わらずたき火の番をしているようだが、その隣――メルリアがいた場所に誰かが座っている。その人物は、椅子の端を両手で支えて足をぶらぶらと前後に揺らしていた。二つの姿は、たき火を背にしているせいではっきりとは判らない。しかし、影の大きさと、影の縁から見えるクリーム色の髪色から、辛うじてそれがリタであろうと判断できた。

「……隣にリタさんみたいな人がいるみたい」

 その言葉に、クライヴも目をこらして様子を窺う。たき火の炎が風に煽られ大きくうねり、リタの笑顔がはっきりと映し出された。二人は顔を見合わせ、広場に戻ることにした。

 広場では、たき火の炎をじっくり見つめるシャムロックと、そんな彼をにこにこ笑顔で見るリタの姿があった。炎の様子を窺っていたシャムロックは、やがて隣に視線を向ける。頭のてっぺんからつま先までを見ると、優しく笑った。

「――それにしても、本当に大きくなったな」
「あれからちょっと背も伸びたからねえ。まあ、髪は切っちゃったけどさー」

 鎖骨まで伸びるミディアムヘアーを指先でいじりながら、リタは苦笑でもなく喜びでもない笑顔を浮かべる。地面につかない足先が、感情と同調するようにゆらゆら揺れていた。

 ただでさえ人懐っこいリタだが、シャムロックに対しては、アラキナやレニー、ザックなどとはまた違った意味で心を許している。どちらにしても、穏やかに笑い楽しそうに談笑する姿は、どこぞのエルフが見たら断末魔の叫びと共に卒倒する程度の眩しさであった。

「シャムロックさんは、後どれくらいミスルトーにいるの?」
「依頼も済んだから間もなくだろうな。俺もあまり屋敷を留守にはできない」
「そっかあ、残念」

 リタはその言葉にがっくりと肩を落とす。今回、ミスルトーにシャムロックが来てから、二人が話すのはこれが初めての機会だった。やっと話せたと思ったのになあ、とぼうっと広場の穴を見る。炎から生まれた煙が真っ直ぐに星空に向かって伸びていた。まるで白煙が夜空に吸い込まれているかのように。

 やがて、風に運ばれる足音が二つ。土を踏みしめる小さな音は徐々に大きく変わった。シャムロックが振り返ると、そこには遠慮がちにこちらへ近づくクライヴとメルリアの姿があった。

「おー、二人ともお揃いだねえ」

 こちらへ向かう二人へ、相変わらずのふやけた笑顔でのんびり手を振った。そうしてから、二人仲良く歩く様子ににまにまと意味ありげな笑みを浮かべる。

 クライヴは言葉の真意を受け取り、踏み出そうとした右足が止まった。
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