幾望の色

西薗蛍

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魔女の村ミスルトー

79 代わる代わるエルフ-2

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「メルリアは優しい子だな」
「そんな――!」

 メルリアは瞬時に顔を上げる。それ以上の言葉は出てこなかった。反射的な行動により背筋が伸びたが、また弱々しく丸を描き、視線も膝の上へ向く。しばらくしてから、ゆっくりと顔を上げた。鼻の奥がつんと痛む感覚を覚えながら、誰に向けるでもなく笑顔を作る。

「だけど……、クライヴさんがもう大丈夫なら、よかったです」

 シャムロックは微笑すると、うなずいた。もう一度同じ言葉を伝えようか迷ったが、それはせずに口を閉ざす。目頭を人差し指で拭う動作を見ないように視線を逸らすと、森がざあざあと揺れた。その時、メルリアの背後――奥の木陰から人の気配を感じ取る。彼がそちらを注視すると、木々の合間からこちらの様子を窺う大きな人影が見えた。しっかりとした肩幅に、十二分な腕の筋肉かつ高身長。そんな者はこの村に一人しかいない。ザックだ。

 そろりそろりと忍び足で広場に向かうつもりだったザックは、シャムロックの存在に気づいてピタリと足を止める。やがて気づかれていると察した彼は、大きな舌打ちをして来た道を引き返していった。その影が完全に消えたと確認してから、再びメルリアの表情を窺う。ぼうっとたき火の炎を眺めている。頬は少し赤いが、落ち着きを取り戻した様子だった。

「メルリア。俺に聞きたいことがあるのではないか?」

 その言葉にメルリアは顔を上げると、ゆっくりと首を横に振った。

「はい。でも、私よりクライヴさんの方が先です」

 きっぱりと言い切ると、彼女は立ち上がった。たき火に背を向けて周囲を見回す。暗い森の闇には人の姿がなく、足音も聞こえない。そろそろこちらへ戻ってきてもいい時間のはずなのに……。不安そうにあちこちに目をやっていると、シャムロックはメルリアを椅子に座るよう促した。ツリーハウス右方からこちらへ向かってくる人の気配に気づいたからだ。奥から歩いてくる人影は二つ。どれも男の物であったが、それぞれには身長差がある。子供のように小さい影は立ち止まると、大きい方の影ににじり寄った。その動きに大きい方は足を止める。

「ですから――って、……ちゃんと聞いてますか?」
「聞いてるよ。だけど、俺もそろそろ戻らないといけないんだ。広場で人を待」
「いいえ。あなたはまもなく村を出るんでしょう! 今のうちにリタさんがどれだけ素晴らしいかをご清聴いただかなくては!」

 小さい方――ハルは、クライヴの胸ぐらを掴まんとする勢いで喋り続けていた。

 こちらの言葉をまるで聞く気がない一方的なそれに、クライヴは困ったように腕を組んだ。しかし、悦に入るハルがこちらの事情など配慮してくれるはずもない。気休め程度の打開策として、ハルが大げさな動作をするたびに一歩広場へと近づき、様子を見計らって距離を取る。会話の途切れ目になると、そう言えばとハルが開けた距離分縮めてくるのだ。彼らはそれをかれこれ十メートルくらい繰り返していた。明らかに森の風景は変わっているのだが、ハルはそれに一向に気づかない。

 なんだあの小競り合いは、と、森の暗闇を見つめながらシャムロックは訝しんだ。片方がクライヴであることは分かったが、もう片方のエルフは見覚えがない。少なくとも二年前にはいなかったエルフだ。ふむ、と顎に手を当てる。

「どうしました?」
「いや……。あの向こうの人影、クライヴと、もう一人誰かいるようだが」
「私、見てきますね」

 様子を見た方がいいかもしれないと続ける前に、メルリアは軽々と立ち上がる。たき火の周りをぐるりと迂回し、あっという間に二人の傍へと向かった。シャムロックはたき火にもう一本薪を投入した後、火の粉が散る様を一瞥し、広場から彼女たちの様子を窺った。

「で、す、か、ら! あの神聖な微笑みはまさしくミスルトーの太陽と喩えても大仰ではなく――」

 広場まで後もう少しだ、と背後のたき火の炎をちらりと見やる。クライヴは疲れを誤魔化しながら、適切な愛想笑いを浮かべる。

「お前、それをリタ本人に言ってやったらどうだ?」

 すると、聖書や神話の神を語るかのように堂々としていたハルの表情が一変した。風呂にのぼせた後のように顔を赤くし、首と手をそれぞれ違う方向に激しく振る。エビのように曲がりかけた背筋は、やがて助言通りにピンと真っ直ぐに伸びていく。

「そそそそそ、そんなっ、おそれそおいッ!?」
「『恐れ多い』な。取り敢えず落ち着け」

 朝の挨拶ができるようになってからというものの、ハルは一言ずつリタに話しかけられるようになった。一言い伝えただけで限界が訪れてしまうのは相変わらずだが、今まで見ていることしかできなかった彼にとっては非常に大きな一歩だ。しかし、問題が一つ。普段からリタを崇拝するハルが、実際に本人から声をかけられた結果、平常時の暴走はより凄みを増してしまった。その暴走を受け止められるのは現状クライヴしかおらず、結果的に収まりがつかなくなってしまったのである。
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