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魔女の村ミスルトー
78 村の手伝い-2
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クライヴは安心すると共に、どこか嬉しいと感じている自分に気づいた。どこか落ち着かないと、肩で頬を擦った。細かい石を踏みしめていた足の感触が代わり、思わずよろけそうになる。足下と目の前を交互に見比べ、注意深く歩を進めた。
……今朝は大丈夫だった。発作があったにもかかわらず、あんな爽やかな目覚めは今まで経験したことがない。発作の翌日は、渇きが収まれど体のだるさが残るし、まれに頭痛や目眩を伴う。けれど、今朝はそれらが全くなかった。ほどよく運動をして、すんなりと眠りに入った日の翌朝のように――あれがあったというのに、信じられないくらい体調がいい。未だに現実が受け入れられなかった。昨晩の出来事が夢ではないかと何度も頬を叩いたほどに。
「俺の体調のこと……は、シャムロックが全部知っているらしい」
半ば吐き捨てるように言う。
信頼できるか否かはまだ少し計りかねるが、一晩経った今は話を聞こうとは思えた。けれど、全てを知っているように振る舞う部分がどうしても引っかかる。男の言葉が見当外れだった時、傷つかなくて済むように。自分を期待させないように――と、弱々しく口にするが、隣に立つメルリアは違った。
「クライヴさんも?」
彼の隣を歩くメルリアは、目を輝かせながら尋ねた。彼がぎこちなく頷くのを見るなり、ほっと安堵する。
「そっか。シャムロックさんなら安心だね」
メルリアは屈託のない晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
やがてこちらにも眩しい表情が向くが、素直に受け取ることができない。口を開こうとするが、何度も何度も開きかけた口を閉ざす。どう伝えれば彼女を傷つけずに済むかひたすらに考えていた。どうしてだと問いただすのは角が立つだろう、なぜ信用できると尋ねたら、自分が信じていないことが筒抜けになるし――。沈思の後、頭の中で使えそうな単語が浮かぶや否や、すぐさまそれを口にする。
「メルリアが、いい人だって思う理由……安心できる理由って、教えてくれないか?」
たどたどしい問いかけに、メルリアはううん、と考え込む。その表情は少し難しいものへと変わったが、声のトーンや、彼女の持つ雰囲気は特別変わらない。気分を害していないことの証拠だった。
「優しい感じもそうだけど……」
メルリアは顔を上げる。優しく穏やかな木々の緑に目を細めながら、昨晩のことを回想した。
久しぶりに再開したシャムロックは、あの日と全く変わっていなかった。こちらへ向けた表情や声色も柔らかいままだし、自分を気遣う様子も以前見た通り。どこか傍にいると落ち着くような安心感はあるが、それを言っても伝わらない気がする。何か――悩んでいると、頭の中に四つ折りのメモ書きが浮かんだ。記憶の中でそれをゆっくりと広げ、今手元にあるように記憶の中でそれを見た。……あの言葉だ。
「最初にシャムロックさんと会ったのは、突然雨が降り始めた夕方のことで――」
メルリアは、シャノワールでの出来事の詳細をクライヴに伝えた。
雨の日、エルヴィーラのこと、シャノワールという喫茶店、ずぶ濡れでエルヴィーラを捜し回っていたシャムロック――。あの日を正確に思い浮かべながら、メルリアは順を追って話した。寸分の狂いもない正しい記憶だ。時間をなぞるように、あの時見たものをかみしめるように目を伏せた。エルヴィーラを見て心底安心した、あの優しい表情を。
「――それって、一生懸命エルヴィーラさんを探してたって事だよね。初めて会ったのはその時だけど、エルヴィーラさんのことがとっても大切なんだって思ったんだ。だからかな」
メルリアはゆっくり目を開く。森の木漏れ陽は穏やかに、瞼を開いたばかりの視界にも優しく馴染んだ。生命力溢れる青々とした木々に、傍らの川の流れを耳で感じる。森の澄んだ空気を肺いっぱいに取り込むと、体中が活気に満ちあふれるような気がした。
「そうか……」
クライヴはぎこちない笑みを浮かべた。隣を歩くメルリアは、晴れ晴れとしたよい表情をしている。疑いのない真っ直ぐな瞳は、彼の心に薄い影を落とした。自分が間違っているような錯覚に陥るが、お互いに間違いはないのだと言い聞かせた。
……今朝は大丈夫だった。発作があったにもかかわらず、あんな爽やかな目覚めは今まで経験したことがない。発作の翌日は、渇きが収まれど体のだるさが残るし、まれに頭痛や目眩を伴う。けれど、今朝はそれらが全くなかった。ほどよく運動をして、すんなりと眠りに入った日の翌朝のように――あれがあったというのに、信じられないくらい体調がいい。未だに現実が受け入れられなかった。昨晩の出来事が夢ではないかと何度も頬を叩いたほどに。
「俺の体調のこと……は、シャムロックが全部知っているらしい」
半ば吐き捨てるように言う。
信頼できるか否かはまだ少し計りかねるが、一晩経った今は話を聞こうとは思えた。けれど、全てを知っているように振る舞う部分がどうしても引っかかる。男の言葉が見当外れだった時、傷つかなくて済むように。自分を期待させないように――と、弱々しく口にするが、隣に立つメルリアは違った。
「クライヴさんも?」
彼の隣を歩くメルリアは、目を輝かせながら尋ねた。彼がぎこちなく頷くのを見るなり、ほっと安堵する。
「そっか。シャムロックさんなら安心だね」
メルリアは屈託のない晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
やがてこちらにも眩しい表情が向くが、素直に受け取ることができない。口を開こうとするが、何度も何度も開きかけた口を閉ざす。どう伝えれば彼女を傷つけずに済むかひたすらに考えていた。どうしてだと問いただすのは角が立つだろう、なぜ信用できると尋ねたら、自分が信じていないことが筒抜けになるし――。沈思の後、頭の中で使えそうな単語が浮かぶや否や、すぐさまそれを口にする。
「メルリアが、いい人だって思う理由……安心できる理由って、教えてくれないか?」
たどたどしい問いかけに、メルリアはううん、と考え込む。その表情は少し難しいものへと変わったが、声のトーンや、彼女の持つ雰囲気は特別変わらない。気分を害していないことの証拠だった。
「優しい感じもそうだけど……」
メルリアは顔を上げる。優しく穏やかな木々の緑に目を細めながら、昨晩のことを回想した。
久しぶりに再開したシャムロックは、あの日と全く変わっていなかった。こちらへ向けた表情や声色も柔らかいままだし、自分を気遣う様子も以前見た通り。どこか傍にいると落ち着くような安心感はあるが、それを言っても伝わらない気がする。何か――悩んでいると、頭の中に四つ折りのメモ書きが浮かんだ。記憶の中でそれをゆっくりと広げ、今手元にあるように記憶の中でそれを見た。……あの言葉だ。
「最初にシャムロックさんと会ったのは、突然雨が降り始めた夕方のことで――」
メルリアは、シャノワールでの出来事の詳細をクライヴに伝えた。
雨の日、エルヴィーラのこと、シャノワールという喫茶店、ずぶ濡れでエルヴィーラを捜し回っていたシャムロック――。あの日を正確に思い浮かべながら、メルリアは順を追って話した。寸分の狂いもない正しい記憶だ。時間をなぞるように、あの時見たものをかみしめるように目を伏せた。エルヴィーラを見て心底安心した、あの優しい表情を。
「――それって、一生懸命エルヴィーラさんを探してたって事だよね。初めて会ったのはその時だけど、エルヴィーラさんのことがとっても大切なんだって思ったんだ。だからかな」
メルリアはゆっくり目を開く。森の木漏れ陽は穏やかに、瞼を開いたばかりの視界にも優しく馴染んだ。生命力溢れる青々とした木々に、傍らの川の流れを耳で感じる。森の澄んだ空気を肺いっぱいに取り込むと、体中が活気に満ちあふれるような気がした。
「そうか……」
クライヴはぎこちない笑みを浮かべた。隣を歩くメルリアは、晴れ晴れとしたよい表情をしている。疑いのない真っ直ぐな瞳は、彼の心に薄い影を落とした。自分が間違っているような錯覚に陥るが、お互いに間違いはないのだと言い聞かせた。
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