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魔女の村ミスルトー
75 静寂、懸念2-2
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気の利く言葉の一つや二つ言えればよかったものを、と、後悔を抱えながら、クライヴはその後ろ姿を見送る。それに対して、シャムロックは我が子を見つめるような穏やかな眼差しを向け、彼女の背中を見送った。
「――話をしようか」
メルリアが建物へ姿を消すと、シャムロックはクライヴに向き直った。
森は冷たい風を広場に運び込む。空気が変わった。クライヴはそれを肌で感じながら、息をのんだ。
聞きたいことは山ほどある。自分の喉の渇きについて。あの液体は何なのか。どうして渇きが治まったのか。なぜ自分が何者かと問うたのか。お前は何者なのか。そのどれもが重要で、だからこそどれから尋ねるべきか分からない。沈黙の間にも夜も深くなっていく。残された時間はあまりないだろう。
それに、メルリアがあそこまで懐いているとはいえ、そこまで信用に足る人物かは不明だ。まずは簡単な会話をし、相手の反応を見ることからはじめるべきか。だとすれば、自分がずっと気になっていて、簡潔に済む質問がいい――沈思の後、疑問が一つ浮かぶ。しかしそれを問うのは場の空気に合わず、聞きたいことではあったが直接的に自分のことではなかった。
まさか、それを聞いてどうするって言うんだ……。クライヴは腕を組み、自嘲気味に笑った。
「なんでも答えると言ったのは俺だ。約束は守る」
その言葉にクライヴは息をのんだ。変える質問は思い浮かばないし、こうなっては後にも引けない。シャムロックに視線を向けず、独り言のようにぽつりとつぶやいた。
「お前とメルリアって、どういう関係なんだ」
問いただすでもなく、怒りを含む物でもなく。それは、呆れや諦めに近い淡泊な声だった。
しばし、沈黙が続く。たき火の音にかき消されたのだろうかと疑問に思うが、顔を上げる気力はなかったし、二度も尋ねる勇気もなかった。
「一度顔を合わせただけの知り合いだ。あの子は人懐こいところがあるな」
淡々と言い切るその言葉に、クライヴは返事を濁した。安心二割、不安三割、疑問五割。複雑な感情を抱き、表情も強ばっていく。
シャムロックはメルリアが使うツリーハウスに視線を向けた。カーテン越しにぼんやり灯っていた明かりは消えている。眠りに入ったのだろう。それを柔らかな眼差しで見つめた。
「クライヴが不安に思うような間柄ではない」
クライヴは慌てて言葉を足そうとして、それを飲み込んだ。先ほどの質問は、誰がどう聞いてもメルリアに気があると言っているようなものだ。そういう意味じゃないと言ってしまえば嘘になる。目線が泳ぎ、やがて右隣を見た。そこにはなにもない。土の道を割って生える背の低い雑草と、広場を囲む森の闇が存在するだけで。空白のそこに、ほんの少し前まであったメルリアの姿を思い浮かべる。おやすみなさいと笑う陽だまりのような声が、耳に残って離れない。彼女の姿を思い返すほど、胸の鼓動がますます早くなった。
――気のせいなんかじゃない。俺はメルリアのことを好きになっている。
クライヴは空想の姿から視線を逸らす。無意識に開いていた口を閉じ、顔を上げて普段通りを装った。
「悪い、妙なことを聞いて。それで――」
木々がざわざわと不穏な音を立てて揺れる。狭い場所に突風が抜けるような高いもの。荒野に吹き荒れるような冷たくも強いそれを耳に、クライヴは言葉を飲み込んだ。
嵐の前兆を思わせる空気の中、マントを翻す風がひとつ。それは広場に反響し、森を支配するかのようだった。それは中央に建つツリーハウスの左方から響く。
「よく来たのぅ……歓迎するぞ、シャムロックよ」
他人の話を割って入る事に躊躇や遠慮など存在しなかった。
アラキナ・ダンズはそういう性質である。
「――話をしようか」
メルリアが建物へ姿を消すと、シャムロックはクライヴに向き直った。
森は冷たい風を広場に運び込む。空気が変わった。クライヴはそれを肌で感じながら、息をのんだ。
聞きたいことは山ほどある。自分の喉の渇きについて。あの液体は何なのか。どうして渇きが治まったのか。なぜ自分が何者かと問うたのか。お前は何者なのか。そのどれもが重要で、だからこそどれから尋ねるべきか分からない。沈黙の間にも夜も深くなっていく。残された時間はあまりないだろう。
それに、メルリアがあそこまで懐いているとはいえ、そこまで信用に足る人物かは不明だ。まずは簡単な会話をし、相手の反応を見ることからはじめるべきか。だとすれば、自分がずっと気になっていて、簡潔に済む質問がいい――沈思の後、疑問が一つ浮かぶ。しかしそれを問うのは場の空気に合わず、聞きたいことではあったが直接的に自分のことではなかった。
まさか、それを聞いてどうするって言うんだ……。クライヴは腕を組み、自嘲気味に笑った。
「なんでも答えると言ったのは俺だ。約束は守る」
その言葉にクライヴは息をのんだ。変える質問は思い浮かばないし、こうなっては後にも引けない。シャムロックに視線を向けず、独り言のようにぽつりとつぶやいた。
「お前とメルリアって、どういう関係なんだ」
問いただすでもなく、怒りを含む物でもなく。それは、呆れや諦めに近い淡泊な声だった。
しばし、沈黙が続く。たき火の音にかき消されたのだろうかと疑問に思うが、顔を上げる気力はなかったし、二度も尋ねる勇気もなかった。
「一度顔を合わせただけの知り合いだ。あの子は人懐こいところがあるな」
淡々と言い切るその言葉に、クライヴは返事を濁した。安心二割、不安三割、疑問五割。複雑な感情を抱き、表情も強ばっていく。
シャムロックはメルリアが使うツリーハウスに視線を向けた。カーテン越しにぼんやり灯っていた明かりは消えている。眠りに入ったのだろう。それを柔らかな眼差しで見つめた。
「クライヴが不安に思うような間柄ではない」
クライヴは慌てて言葉を足そうとして、それを飲み込んだ。先ほどの質問は、誰がどう聞いてもメルリアに気があると言っているようなものだ。そういう意味じゃないと言ってしまえば嘘になる。目線が泳ぎ、やがて右隣を見た。そこにはなにもない。土の道を割って生える背の低い雑草と、広場を囲む森の闇が存在するだけで。空白のそこに、ほんの少し前まであったメルリアの姿を思い浮かべる。おやすみなさいと笑う陽だまりのような声が、耳に残って離れない。彼女の姿を思い返すほど、胸の鼓動がますます早くなった。
――気のせいなんかじゃない。俺はメルリアのことを好きになっている。
クライヴは空想の姿から視線を逸らす。無意識に開いていた口を閉じ、顔を上げて普段通りを装った。
「悪い、妙なことを聞いて。それで――」
木々がざわざわと不穏な音を立てて揺れる。狭い場所に突風が抜けるような高いもの。荒野に吹き荒れるような冷たくも強いそれを耳に、クライヴは言葉を飲み込んだ。
嵐の前兆を思わせる空気の中、マントを翻す風がひとつ。それは広場に反響し、森を支配するかのようだった。それは中央に建つツリーハウスの左方から響く。
「よく来たのぅ……歓迎するぞ、シャムロックよ」
他人の話を割って入る事に躊躇や遠慮など存在しなかった。
アラキナ・ダンズはそういう性質である。
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