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魔女の村ミスルトー
75 静寂、懸念2-1
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それからというものの、三人の距離は物理的に縮んでいた。
先頭を歩くシャムロック、最後尾を行くクライヴという並びは変わらなかったが、その間にメルリアが入っている。シャムロックに対して警戒心を一切持ち合わせていない彼女は、彼のすぐ近くを歩いていた。
それに引き摺られるように、クライヴも彼女の傍を歩く。多少の居心地の悪さを感じたが、それを咎める事はできなかった。モヤモヤした感情と、あるかもしれない不安をわずかに抱えながらも、メルリアからヴェルディグリでの一件を聞く。エルヴィーラという女性の名前や、どういう接点で二人と知り合ったのかまでを知る頃には、森が明るく変わっていた。
道を照らすその明かりは、まもなくエルフの広場へたどり着く合図だ。
「……ちょうどよかった! そろそろ広場に着くね」
「あ、ああ」
その言葉に、クライヴは苦笑いを浮かべてうなずく。結局、一番聞きたかった事――二人の関係についての話までには至らなかった。
土色の地面に森の影が曖昧に浮かぶ。点に見えた炎が形を取り戻し、薪の爆ぜる音がかすかに耳に届いた。放置された椅子の中央――ミスルトーで一番新しいそれに、大きな影が鎮座している。三人の足音に、エルフの長細い耳がピクリと反応した。手にした薪を炎の中に放り、上半身だけで振り返ると、不快そうに眉をひそめる。その影は立ち上がると、わざとらしく襟を正した。誰にするでもなく咳払いを零すと、そそくさと立ち去ろうとする。明らかにこちらを避けていた。
シャムロックはそれに気づきつつも、彼の背中に声をかけた。
「ザックか。元気にしていたか?」
「っ……るせぇ! なんでテメェが来るんだ」
ブルブルと小刻みに体を震わせながら、弱々しい声を漏らすザック。
その様をクライヴとメルリアは呆然と見つめていた。彼らしくない、と。
「ババァか! ババァの仕業だな!」
勢いに任せてシャムロックを指さすザックだが、その指すら不安定に揺れている。
「アラキナが俺を指定したのは確かだが……。ザック。俺はともかく、年長者は敬った方がいい」
諭すような言葉もかまわず、ザックはふんと鼻を鳴らすと、露骨に視線を逸らした。
「うるせえ! テメェら年寄りにする礼儀なんぞねえ!」
目を合わせず吐き捨てると、品のない足音を立てながら川の方へ繋がる道へと走り去った。
その背中を見送りながら、シャムロックはやれやれと息を吐く。未だ机の端に放置された食器の数々の脇にコップを置いた。
「ザックさん……?」
アラキナはまだしも、シャムロックに年寄り扱いとは、よほど疲れているのだろうか――メルリアは悟られぬよう、その背中にちらりと視線を向ける。
広場を照らすたき火の炎は高く、皆で夕食を取っていた時のように大きく強く燃え上がっていた。炎に飲まれる薪はどれも変色しておらず、まだ新しいものばかりだ。
ひときわ力強い風が吹くと、森のうなるような低い声が広がる。それは周囲の音の余韻をあっという間に飲み込んだ。一瞬訪れた静寂を薪の音が割って響く。
「さて……。メルリア、そろそろ休んだ方がいいな。ここ数日、熱があっただろう?」
メルリアはその言葉を聞くと、無意識に体がびくっと震える。シャムロックを見上げ、不思議そうに首をかしげた。
「そういう顔をしている」
「えっと、でも……熱は下がってますし、私、シャムロックさんにお尋ねしたいことが」
咄嗟に一歩前へ出たが、シャムロックは静かに頭を振った。
「それは明日の晩聞こう。先に説明したとおり、俺はアラキナの連絡でここに来た。おそらく調査の件で今晩は手一杯になるだろう」
その言葉に、メルリアは慌てて手と首を横に振った。あまりにも咄嗟のことで、頭の奥が弱く痺れ出す。目眩に似た感覚を覚えそうになったが、目を数秒閉じてそれをやり過ごした。やがて手を下ろすと、胸の前で握る。
「す、すみません。わがままばっかり言っちゃって」
シャムロックはメルリアの傍で膝をつくと、彼女の瞳をのぞき込む。暗がりの中に、深い海の色が揺れる。
「いや、話を聞く事は構わないよ。……明日まで待てるな?」
「はい……。おやすみなさい」
シャムロックはそれでいいと彼女の頭をもう一度撫で、おやすみと声を返した。
メルリアはまっすぐツリーハウスには向かわず、たき火をぐるりと迂回した。その奥で立ち尽くすクライヴに駆け寄る。
唐突な動きに、思わずクライヴは右足を後ろに下げた。が、ここで距離を取るのも何かおかしいと、自分の意思に鞭を打ちそれを抑止した。
「クライヴさんも今日はゆっくり休んでね。おやすみなさい」
「ああ、ありがとう。おやすみ」
気づかぬうちに懐に入り込むような優しい笑顔を向け、今度こそメルリアはツリーハウスへ向かった。
先頭を歩くシャムロック、最後尾を行くクライヴという並びは変わらなかったが、その間にメルリアが入っている。シャムロックに対して警戒心を一切持ち合わせていない彼女は、彼のすぐ近くを歩いていた。
それに引き摺られるように、クライヴも彼女の傍を歩く。多少の居心地の悪さを感じたが、それを咎める事はできなかった。モヤモヤした感情と、あるかもしれない不安をわずかに抱えながらも、メルリアからヴェルディグリでの一件を聞く。エルヴィーラという女性の名前や、どういう接点で二人と知り合ったのかまでを知る頃には、森が明るく変わっていた。
道を照らすその明かりは、まもなくエルフの広場へたどり着く合図だ。
「……ちょうどよかった! そろそろ広場に着くね」
「あ、ああ」
その言葉に、クライヴは苦笑いを浮かべてうなずく。結局、一番聞きたかった事――二人の関係についての話までには至らなかった。
土色の地面に森の影が曖昧に浮かぶ。点に見えた炎が形を取り戻し、薪の爆ぜる音がかすかに耳に届いた。放置された椅子の中央――ミスルトーで一番新しいそれに、大きな影が鎮座している。三人の足音に、エルフの長細い耳がピクリと反応した。手にした薪を炎の中に放り、上半身だけで振り返ると、不快そうに眉をひそめる。その影は立ち上がると、わざとらしく襟を正した。誰にするでもなく咳払いを零すと、そそくさと立ち去ろうとする。明らかにこちらを避けていた。
シャムロックはそれに気づきつつも、彼の背中に声をかけた。
「ザックか。元気にしていたか?」
「っ……るせぇ! なんでテメェが来るんだ」
ブルブルと小刻みに体を震わせながら、弱々しい声を漏らすザック。
その様をクライヴとメルリアは呆然と見つめていた。彼らしくない、と。
「ババァか! ババァの仕業だな!」
勢いに任せてシャムロックを指さすザックだが、その指すら不安定に揺れている。
「アラキナが俺を指定したのは確かだが……。ザック。俺はともかく、年長者は敬った方がいい」
諭すような言葉もかまわず、ザックはふんと鼻を鳴らすと、露骨に視線を逸らした。
「うるせえ! テメェら年寄りにする礼儀なんぞねえ!」
目を合わせず吐き捨てると、品のない足音を立てながら川の方へ繋がる道へと走り去った。
その背中を見送りながら、シャムロックはやれやれと息を吐く。未だ机の端に放置された食器の数々の脇にコップを置いた。
「ザックさん……?」
アラキナはまだしも、シャムロックに年寄り扱いとは、よほど疲れているのだろうか――メルリアは悟られぬよう、その背中にちらりと視線を向ける。
広場を照らすたき火の炎は高く、皆で夕食を取っていた時のように大きく強く燃え上がっていた。炎に飲まれる薪はどれも変色しておらず、まだ新しいものばかりだ。
ひときわ力強い風が吹くと、森のうなるような低い声が広がる。それは周囲の音の余韻をあっという間に飲み込んだ。一瞬訪れた静寂を薪の音が割って響く。
「さて……。メルリア、そろそろ休んだ方がいいな。ここ数日、熱があっただろう?」
メルリアはその言葉を聞くと、無意識に体がびくっと震える。シャムロックを見上げ、不思議そうに首をかしげた。
「そういう顔をしている」
「えっと、でも……熱は下がってますし、私、シャムロックさんにお尋ねしたいことが」
咄嗟に一歩前へ出たが、シャムロックは静かに頭を振った。
「それは明日の晩聞こう。先に説明したとおり、俺はアラキナの連絡でここに来た。おそらく調査の件で今晩は手一杯になるだろう」
その言葉に、メルリアは慌てて手と首を横に振った。あまりにも咄嗟のことで、頭の奥が弱く痺れ出す。目眩に似た感覚を覚えそうになったが、目を数秒閉じてそれをやり過ごした。やがて手を下ろすと、胸の前で握る。
「す、すみません。わがままばっかり言っちゃって」
シャムロックはメルリアの傍で膝をつくと、彼女の瞳をのぞき込む。暗がりの中に、深い海の色が揺れる。
「いや、話を聞く事は構わないよ。……明日まで待てるな?」
「はい……。おやすみなさい」
シャムロックはそれでいいと彼女の頭をもう一度撫で、おやすみと声を返した。
メルリアはまっすぐツリーハウスには向かわず、たき火をぐるりと迂回した。その奥で立ち尽くすクライヴに駆け寄る。
唐突な動きに、思わずクライヴは右足を後ろに下げた。が、ここで距離を取るのも何かおかしいと、自分の意思に鞭を打ちそれを抑止した。
「クライヴさんも今日はゆっくり休んでね。おやすみなさい」
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