幾望の色

西薗蛍

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魔女の村ミスルトー

67 ミスルトーの朝3-2

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 それにしても……。メルリアは波紋が広がるティーカップの縁を見つめた。イリスが楽しそうに話すクロードという人物には一度会っておきたかった。彼女の仕事ぶりにも興味があったし、二人には直接礼が言いたかった。しかしそれは叶いそうにないなと、紅茶に再び口をつける。

「そうだ、イリスが言ってたよ。『危ない目に遭わせてごめん』って」
「そんな、私の方が助けてもらったのに……」
「そうだそうだ」

 隣から飛んできたやる気のない野次に、リタはにこやかに笑う。その笑顔を貼り付けたまま、口の中で何事かをつぶやいた。すると、ザックが腰掛けていたはずの丸太が姿を消す。

「あ? ――ッ!?」

 太ももと臀部の感覚が消えたと疑念が浮かぶのもつかの間。ザックはそれに対応できず、思い切り臀部を地面に強打した。声にならない、うめき声のような音を漏らしながら体を横たえると、ザックは腰を丸める。しばし、生まれたての子鹿のように体を震わせたまま動かない。慌てて席を立とうとしたメルリアを、リタが手で制した。

「リタテメェ……、いつから、こんな乱暴に……」
「アラキナさんに教えてもらったんだー。『番犬の躾け方』ってやつ?」
「あんのクソババァ……!」

 普段通りのマイペースで笑うリタの声を聞き、ザックはわなわなと拳を振るわせる。しかし、その怒りの矛先をぶつける人物がいない。持て余した感情を拳に預け、思い切り土の地面を殴ると、土煙を起こしながら周囲が揺れた。数秒遅れてメルリアがびくりと反応する。

 この二人相性悪いなあ、と苦笑しながら、リタは咳払いを一つした。

「話を戻すけど、あの魔獣はイリス達と戦ってて手負いだった。だから、普段だったら襲わないはずのメルリアを襲ったんだろうって――ほら、魔獣って人間の魔力がお食事でしょ? けど、判断力が鈍ってたみたいだねえ」

 メルリア自体には魔力が一切ないから、魔獣にとっても、こちらを襲ったところで得るものは全くない。しかし手負いとなると話が変わってくる。今回の場合は消滅寸前まで追い詰められていたため、魔獣の知能の部分がほとんど破壊されていた。こういった場合、人型であれば見境なく襲うことも珍しくはないのだ。

「イリスって……、まあクロードもだけど。あの二人って、正義感強いんだよねえ」

 メルリアはその言葉にうなずいた。

 こちらも思うところがあった。今回の件もそうだが、ヴェルディグリで助けられた一件もそうだ。普通、あの年の女性が、あの状況で他人を助けられる勇気は持ち合わせていない。
「イリスは、間違ってることは間違ってるって言う。その魔力量にしてはテメェの実力を正しく評価できてるし、決して傲慢な態度はとらねぇ。あいつは自分の弱さを解っている」

 いつの間にか地面であぐらをかいているザックは淡々と呟いた。しかし、やがてうっとうしそうに頭をかいて唸る。どうにも落ち着きがない様子だ。

「あの、お加減よろしくないんですか……?」
「病人に言われたかねぇ!」

 キッとにらみつけられたメルリアは、萎縮して肩を丸くする。

「俺の分は喋った、だから今度はテメェがイリスの話を聞かせろ」
「話したの私なんだけどー?」
「うるせえ!」

 リタは控えめに抗議してみせるが、ザックは知らんと言わんばかりにこちらから視線をそらした。仕方ないかあ、とため息をつき、メルリアの腕をそっと引き、耳打ちした。

「ザックねぇ、こないだイリスにフられたから機嫌悪いみたい。ごめんねー」
「そうなんですか……」

 リタは彼を伺う。その視線は普段と変わらずマイペースで、どこかぼんやりとしていた。
 対して、メルリアの表情はあまり明るいものではない。落ち込んだ様子で頭を垂れ、申し訳なさそうにザックの顔色をうかがっている。

 その二つの視線を意図通りに受け取ると、ザックは乱暴に頭をかいて怒鳴った。

「哀れみの目で俺を見るんじゃねぇ! リタァ! テメー余計なこと言ったな!」
「フられた八つ当たりをするザックが悪いよー」

 ザックの怒鳴り声に、メルリアは頭の中がぐるぐるとかき回されるような気分の悪さを覚える。ふう、と頬に冷や汗を一つ。とりあえず落ち着こうと、懐かしさの香るフレーバーティーを味わった。

 皜潔薬の説明通り、すぐに効き目が出るわけではなさそうだ。荒い息を吐いた後、体温が再び上がってきているなとぼんやり自覚していた。 
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