114 / 197
魔女の村ミスルトー
67 ミスルトーの朝3-1
しおりを挟む
メルリアの目眩が落ち着いた頃、三人は広場で一つのテーブルを囲んでいた。
病人であるメルリアには背もたれと肘掛けつきの一番新しい椅子を、少女は普段使っている年季が入りかけた椅子を、男には少女が罰として丸太を切り崩しただけの台に腰掛ける。
メルリアは少女がどこからともなく用意したすり潰した豆のスープを片手に、ミスルトーのことを教わっていた。ヴェルディグリとグローカスの間にある集落ということ。この村には基本的にエルフしか住んでいないということ。代表を務める村長はアラキナ・ダンズというエルフの老婆だということ。そして、先ほど自分をかばってくれた少女の名前はリタだということと、粗暴な印象の男はザックという名前だということを知る。メルリアも自身の名を伝え、お互いに自己紹介を済ませた頃には、手元のスープはすっかり空になっていた。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「はーい」
リタは手早くテーブルの端に食器を寄せると、メルリアの前に小花柄のティーカップを置いた。ティーポットから静かに紅茶を注ぐと、お化けリンゴの風味が香った。焦げ茶色のフレーバーティーだ。しっかり目をこらすとお化けリンゴ特有の青みが見えなくもないのだが、未だ熱のあるメルリアはそれに気づかない。メルリアはリタに頭を下げると、ティーカップを手に取った。ふわりと漂うリンゴの香りがどこか懐かしい。紅茶の表面をぼうっと見つめていると、ザックはテーブルに肘をついた。
「にしても、まだ熱あんのかお前、気合いが足りねーんじゃねーの?」
「いやいや、あの薬は皜潔薬だって」
「皜潔薬……?」
聞き慣れない単語にメルリアが首をかしげると、リタは人差し指で空中を指さす。その指がふらふらと揺れた。
「エルフに昔から伝わる医術の一つだよ。薬は主に、草の根っことか、葉っぱとか、樹皮とか果物を使うの。体に負担が少ない分、普通のよりも効果はゆっくりだね」
無理矢理魔法で治すこともできなくはないんだけど、とリタは苦笑する。
無理矢理魔法を使った場合、症状は治まっても体力も免疫も落ちたまま熱だけ下がることになり、それ故違う病気を拾うリスクが高くなる。当人の体力が落ちている場合はかえって逆効果だ。魔法も万能ではない――リタはふっとティーポットに視線を向けると、自分のティーカップに紅茶を注いだ。そこから再び湯気が立ち、その白が広場の空へ曖昧に伸びていく。
「あの……リタさんに、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん、いーよ。ついでに敬語もいらないよー」
へにゃへにゃと笑いながら、リタは左手を前後に振る。それを見てメルリアはほっと表情を和らげるが、それもほんの一瞬。居心地が悪そうに視線を背け、しかし恐る恐る少女を見つめる。
「私はどうしてこの村にお世話になってるのかなって……」
「ん? クライヴから聞いてないの?」
メルリアは黙ってうなずく。
魔獣に襲われたこと、クライヴがその一撃から身を挺して守ってくれたこと、肝心の魔獣はルーフスの魔術士が倒してくれたこと――そこまでは知っている。けれど、どうしてここに世話になっているかは全く知らないのだ。
つまらなそうに欠伸をするザックを横目に、リタは話し始める。
「私も又聞きだけど……。結論から言うと、魔獣はルーフスの魔術士が倒してくれたんだ。で、その魔術士が気絶したメルリアをこの村まで運んでくれたの。あ、魔術士っていうのは、イリスとクロードって人なんだけど」
「え……!」
その言葉に、メルリアは息をのんだ。驚きで心臓が早鐘を打つ。膝に置いた右手にまでその鼓動が伝わってくるほどに。
メルリアはイリスに会った次の日にヴェルディグリを出た。それに……。メルリアは一つ息をのむと、あの昼食時のことを思い出す。皿いっぱいの骨付き肉を平らげ、肉の骨を山のように積み上げたイリスは、後は軽く魔獣退治をして帰るつもり、と言って笑っていた。討伐対象があの魔獣ならばいささか話が出来すぎているが、あり得ないことではない。
「あの、お二人はもう……?」
「さっさと帰った。クソ」
呆れ顔でザックは零すと、椅子らしい切り株の上で足を組み直した。ビールジョッキのような大きな器になみなみと入った水を一気に呷る。濡れた口を腕で拭うと、ジョッキを乱暴に置いた。テーブルに載っていた陶器が耳障りな音を立てる。
病人であるメルリアには背もたれと肘掛けつきの一番新しい椅子を、少女は普段使っている年季が入りかけた椅子を、男には少女が罰として丸太を切り崩しただけの台に腰掛ける。
メルリアは少女がどこからともなく用意したすり潰した豆のスープを片手に、ミスルトーのことを教わっていた。ヴェルディグリとグローカスの間にある集落ということ。この村には基本的にエルフしか住んでいないということ。代表を務める村長はアラキナ・ダンズというエルフの老婆だということ。そして、先ほど自分をかばってくれた少女の名前はリタだということと、粗暴な印象の男はザックという名前だということを知る。メルリアも自身の名を伝え、お互いに自己紹介を済ませた頃には、手元のスープはすっかり空になっていた。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「はーい」
リタは手早くテーブルの端に食器を寄せると、メルリアの前に小花柄のティーカップを置いた。ティーポットから静かに紅茶を注ぐと、お化けリンゴの風味が香った。焦げ茶色のフレーバーティーだ。しっかり目をこらすとお化けリンゴ特有の青みが見えなくもないのだが、未だ熱のあるメルリアはそれに気づかない。メルリアはリタに頭を下げると、ティーカップを手に取った。ふわりと漂うリンゴの香りがどこか懐かしい。紅茶の表面をぼうっと見つめていると、ザックはテーブルに肘をついた。
「にしても、まだ熱あんのかお前、気合いが足りねーんじゃねーの?」
「いやいや、あの薬は皜潔薬だって」
「皜潔薬……?」
聞き慣れない単語にメルリアが首をかしげると、リタは人差し指で空中を指さす。その指がふらふらと揺れた。
「エルフに昔から伝わる医術の一つだよ。薬は主に、草の根っことか、葉っぱとか、樹皮とか果物を使うの。体に負担が少ない分、普通のよりも効果はゆっくりだね」
無理矢理魔法で治すこともできなくはないんだけど、とリタは苦笑する。
無理矢理魔法を使った場合、症状は治まっても体力も免疫も落ちたまま熱だけ下がることになり、それ故違う病気を拾うリスクが高くなる。当人の体力が落ちている場合はかえって逆効果だ。魔法も万能ではない――リタはふっとティーポットに視線を向けると、自分のティーカップに紅茶を注いだ。そこから再び湯気が立ち、その白が広場の空へ曖昧に伸びていく。
「あの……リタさんに、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うん、いーよ。ついでに敬語もいらないよー」
へにゃへにゃと笑いながら、リタは左手を前後に振る。それを見てメルリアはほっと表情を和らげるが、それもほんの一瞬。居心地が悪そうに視線を背け、しかし恐る恐る少女を見つめる。
「私はどうしてこの村にお世話になってるのかなって……」
「ん? クライヴから聞いてないの?」
メルリアは黙ってうなずく。
魔獣に襲われたこと、クライヴがその一撃から身を挺して守ってくれたこと、肝心の魔獣はルーフスの魔術士が倒してくれたこと――そこまでは知っている。けれど、どうしてここに世話になっているかは全く知らないのだ。
つまらなそうに欠伸をするザックを横目に、リタは話し始める。
「私も又聞きだけど……。結論から言うと、魔獣はルーフスの魔術士が倒してくれたんだ。で、その魔術士が気絶したメルリアをこの村まで運んでくれたの。あ、魔術士っていうのは、イリスとクロードって人なんだけど」
「え……!」
その言葉に、メルリアは息をのんだ。驚きで心臓が早鐘を打つ。膝に置いた右手にまでその鼓動が伝わってくるほどに。
メルリアはイリスに会った次の日にヴェルディグリを出た。それに……。メルリアは一つ息をのむと、あの昼食時のことを思い出す。皿いっぱいの骨付き肉を平らげ、肉の骨を山のように積み上げたイリスは、後は軽く魔獣退治をして帰るつもり、と言って笑っていた。討伐対象があの魔獣ならばいささか話が出来すぎているが、あり得ないことではない。
「あの、お二人はもう……?」
「さっさと帰った。クソ」
呆れ顔でザックは零すと、椅子らしい切り株の上で足を組み直した。ビールジョッキのような大きな器になみなみと入った水を一気に呷る。濡れた口を腕で拭うと、ジョッキを乱暴に置いた。テーブルに載っていた陶器が耳障りな音を立てる。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

王命って何ですか?
まるまる⭐️
恋愛
その日、貴族裁判所前には多くの貴族達が傍聴券を求め、所狭しと行列を作っていた。
貴族達にとって注目すべき裁判が開かれるからだ。
現国王の妹王女の嫁ぎ先である建国以来の名門侯爵家が、新興貴族である伯爵家から訴えを起こされたこの裁判。
人々の関心を集めないはずがない。
裁判の冒頭、証言台に立った伯爵家長女は涙ながらに訴えた。
「私には婚約者がいました…。
彼を愛していました。でも、私とその方の婚約は破棄され、私は意に沿わぬ男性の元へと嫁ぎ、侯爵夫人となったのです。
そう…。誰も覆す事の出来ない王命と言う理不尽な制度によって…。
ですが、理不尽な制度には理不尽な扱いが待っていました…」
裁判開始早々、王命を理不尽だと公衆の面前で公言した彼女。裁判での証言でなければ不敬罪に問われても可笑しくはない発言だ。
だが、彼女はそんな事は全て承知の上であえてこの言葉を発した。
彼女はこれより少し前、嫁ぎ先の侯爵家から彼女の有責で離縁されている。原因は彼女の不貞行為だ。彼女はそれを否定し、この裁判に於いて自身の無実を証明しようとしているのだ。
次々に積み重ねられていく証言に次第に追い込まれていく侯爵家。明らかになっていく真実を傍聴席の貴族達は息を飲んで見守る。
裁判の最後、彼女は傍聴席に向かって訴えかけた。
「王命って何ですか?」と。
✳︎不定期更新、設定ゆるゆるです。

戦場の英雄、上官の陰謀により死亡扱いにされ、故郷に帰ると許嫁は結婚していた。絶望の中、偶然助けた許嫁の娘に何故か求婚されることに
千石
ファンタジー
「絶対生きて帰ってくる。その時は結婚しよう」
「はい。あなたの帰りをいつまでも待ってます」
許嫁と涙ながらに約束をした20年後、英雄と呼ばれるまでになったルークだったが生還してみると死亡扱いにされていた。
許嫁は既に結婚しており、ルークは絶望の只中に。
上官の陰謀だと知ったルークは激怒し、殴ってしまう。
言い訳をする気もなかったため、全ての功績を抹消され、貰えるはずだった年金もパー。
絶望の中、偶然助けた子が許嫁の娘で、
「ルーク、あなたに惚れたわ。今すぐあたしと結婚しなさい!」
何故か求婚されることに。
困りながらも巻き込まれる騒動を通じて
ルークは失っていた日常を段々と取り戻していく。
こちらは他のウェブ小説にも投稿しております。

捨てられた転生幼女は無自重無双する
紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。
アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。
ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。
アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。
去ろうとしている人物は父と母だった。
ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。
朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。
クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。
しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。
アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。
王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。
アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。
※諸事情によりしばらく連載休止致します。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

異世界に行ったら才能に満ち溢れていました
みずうし
ファンタジー
銀行に勤めるそこそこ頭はイイところ以外に取り柄のない23歳青山 零 は突如、自称神からの死亡宣言を受けた。そして気がついたら異世界。
異世界ではまるで別人のような体になった零だが、その体には類い稀なる才能が隠されていて....

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~
めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。
いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている.
気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。
途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。
「ドラゴンがお姉さんになった?」
「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」
変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。
・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。
集団召喚⁉︎ ちょっと待て!
春の小径
ファンタジー
楽しく遊んでいたオンラインゲーム(公開四ヶ月目)。
そんなある日発表された【特別クエスト】のお知らせ。
─── え?
ログインしたら異世界に召喚!
ゲームは異世界をモデルにしてたって⁉︎
偶然見つけた参加条件で私は不参加が認められたけど、みんなは洗脳されたように参加を宣言していた。
なんで⁉︎
死ぬかもしれないんだよ?
主人公→〈〉
その他→《》
です
☆他社でも同時公開しています

転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる