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魔女の村ミスルトー
63 老婆空を行く-2
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「で? どうしたんだ、リタ」
ザックはふんと鼻を鳴らすと、リタの方へ向き直る。
「頼んだのと違う薬を作ってきた。まあ、調合最中から妙に横やり入れてくるとは思ったんだけどさあ、まさか物が変わるなんて……」
リタは苦い表情を浮かべ、低い位置で腕を組んだ。
エルフに伝わる気付け薬のレシピの一つは、キギャイモ、ゴーストパンプキンの種、初夏キュウリ、森林アユの骨、墨樹シロップ、フィグフィルの種の七種類。それを加熱し、アルコール分を飛ばしたリキュールと混ぜ合わせる。時折適切な魔法をかけつつ煮詰めることで、エルフ秘伝の気付け薬が完成するのだ。
全ての材料をテーブルに並べ、いざ調合しようと思ったリタだったが、用意したはずの森林アユの骨がなくなっている事に気づく。どこにいったと探しているうちに、初夏キュウリ、キギャイモもテーブルから姿を消していた。おまけに、引っ張ってきたはずのアラキナもいない。つまり、犯人はアラキナただ一人。リタは村中を探して食品庫に隠れていたアラキナを引っ張り出し、説教しつつ、改めて言いつけ通りに作業するよう指示した。
それからしばらくはおとなしく、気付け薬の調合も進捗七割といったところまで進んだ。仕上げのために魔法を詠唱しようとするなり、アラキナが余分な事を言い出し詠唱が中断される。それを三度繰り返したリタは、自力で作るのを諦めた。後は頼んだよと残りの仕事を老婆に押しつけ、メルリアの様子を見に行き、そして今に至る。
「もう滅茶苦茶……」
リタが頭を抱える様子を横目に、ふーんとザックは空返事をしつつアラキナの手にする瓶に視線を向けた。空気が入っているのか、なにやらボコボコと気泡が立っている。ただの薬ではないことは明らかだ。
それを見たザックは、あ、と声を漏らす。
「学園のヤツが来るのって来月か?」
「そうじゃ。その前に村の整備と試験の用意をせねばならんのー。屋敷の客人を迎える準備もせねば。あー忙しい忙しい」
アラキナは汗もかいていない額を腕で拭う動作をすると、二人に背を向けた。その肩を慌ててリタが掴む。
「ちょーっと待ったぁ! アラキナさん、頼んでた薬は?」
「ほれ」
アラキナは左手の人差し指でくるりと円を描く。空中にリタの用意した瓶が浮かぶ。丸みを帯びた瓶の底には、水色に近い色の液体が沈んでいる。アラキナは宙に浮かんだそれを手に取り、リタに差し出した。
「これ?」
リタは差し出された瓶の中身を凝視し、訝しんだ。やはりどう考えても色が違う。しかし、アラキナはこれを受け取れとぐいぐいと押しつけてくる。リタはひとつため息をつくと、渋々瓶を受け取った。その瞬間、湿地ミントの爽やかな香りがふわりと漂う。改めて瓶の中をのぞき込むと、そこに入っている液体にわずかに粘り気がある。苔アロエの性質に近い。試しに揺すってみたが、色が変わる様子はなかった。
「なに、これ?」
「ダンズ印の風邪薬じゃ」
「……なんで?」
「じきに分かるわい」
妙に達者な口笛を吹きながら、アラキナは中央のツリーハウスへ姿を消していく。リタは瓶を受け取ったまま、丸い背中を漠然と見つめていた。
メルリアを背負ったクライヴが広場に到着したのは、それから十分後のことである。
ザックはふんと鼻を鳴らすと、リタの方へ向き直る。
「頼んだのと違う薬を作ってきた。まあ、調合最中から妙に横やり入れてくるとは思ったんだけどさあ、まさか物が変わるなんて……」
リタは苦い表情を浮かべ、低い位置で腕を組んだ。
エルフに伝わる気付け薬のレシピの一つは、キギャイモ、ゴーストパンプキンの種、初夏キュウリ、森林アユの骨、墨樹シロップ、フィグフィルの種の七種類。それを加熱し、アルコール分を飛ばしたリキュールと混ぜ合わせる。時折適切な魔法をかけつつ煮詰めることで、エルフ秘伝の気付け薬が完成するのだ。
全ての材料をテーブルに並べ、いざ調合しようと思ったリタだったが、用意したはずの森林アユの骨がなくなっている事に気づく。どこにいったと探しているうちに、初夏キュウリ、キギャイモもテーブルから姿を消していた。おまけに、引っ張ってきたはずのアラキナもいない。つまり、犯人はアラキナただ一人。リタは村中を探して食品庫に隠れていたアラキナを引っ張り出し、説教しつつ、改めて言いつけ通りに作業するよう指示した。
それからしばらくはおとなしく、気付け薬の調合も進捗七割といったところまで進んだ。仕上げのために魔法を詠唱しようとするなり、アラキナが余分な事を言い出し詠唱が中断される。それを三度繰り返したリタは、自力で作るのを諦めた。後は頼んだよと残りの仕事を老婆に押しつけ、メルリアの様子を見に行き、そして今に至る。
「もう滅茶苦茶……」
リタが頭を抱える様子を横目に、ふーんとザックは空返事をしつつアラキナの手にする瓶に視線を向けた。空気が入っているのか、なにやらボコボコと気泡が立っている。ただの薬ではないことは明らかだ。
それを見たザックは、あ、と声を漏らす。
「学園のヤツが来るのって来月か?」
「そうじゃ。その前に村の整備と試験の用意をせねばならんのー。屋敷の客人を迎える準備もせねば。あー忙しい忙しい」
アラキナは汗もかいていない額を腕で拭う動作をすると、二人に背を向けた。その肩を慌ててリタが掴む。
「ちょーっと待ったぁ! アラキナさん、頼んでた薬は?」
「ほれ」
アラキナは左手の人差し指でくるりと円を描く。空中にリタの用意した瓶が浮かぶ。丸みを帯びた瓶の底には、水色に近い色の液体が沈んでいる。アラキナは宙に浮かんだそれを手に取り、リタに差し出した。
「これ?」
リタは差し出された瓶の中身を凝視し、訝しんだ。やはりどう考えても色が違う。しかし、アラキナはこれを受け取れとぐいぐいと押しつけてくる。リタはひとつため息をつくと、渋々瓶を受け取った。その瞬間、湿地ミントの爽やかな香りがふわりと漂う。改めて瓶の中をのぞき込むと、そこに入っている液体にわずかに粘り気がある。苔アロエの性質に近い。試しに揺すってみたが、色が変わる様子はなかった。
「なに、これ?」
「ダンズ印の風邪薬じゃ」
「……なんで?」
「じきに分かるわい」
妙に達者な口笛を吹きながら、アラキナは中央のツリーハウスへ姿を消していく。リタは瓶を受け取ったまま、丸い背中を漠然と見つめていた。
メルリアを背負ったクライヴが広場に到着したのは、それから十分後のことである。
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