幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
108 / 197
魔女の村ミスルトー

63 老婆空を行く-2

しおりを挟む
「で? どうしたんだ、リタ」

 ザックはふんと鼻を鳴らすと、リタの方へ向き直る。

「頼んだのと違う薬を作ってきた。まあ、調合最中から妙に横やり入れてくるとは思ったんだけどさあ、まさか物が変わるなんて……」

 リタは苦い表情を浮かべ、低い位置で腕を組んだ。

 エルフに伝わる気付け薬のレシピの一つは、キギャイモ、ゴーストパンプキンの種、初夏キュウリ、森林アユの骨、墨樹シロップ、フィグフィルの種の七種類。それを加熱し、アルコール分を飛ばしたリキュールと混ぜ合わせる。時折適切な魔法をかけつつ煮詰めることで、エルフ秘伝の気付け薬が完成するのだ。

 全ての材料をテーブルに並べ、いざ調合しようと思ったリタだったが、用意したはずの森林アユの骨がなくなっている事に気づく。どこにいったと探しているうちに、初夏キュウリ、キギャイモもテーブルから姿を消していた。おまけに、引っ張ってきたはずのアラキナもいない。つまり、犯人はアラキナただ一人。リタは村中を探して食品庫に隠れていたアラキナを引っ張り出し、説教しつつ、改めて言いつけ通りに作業するよう指示した。

 それからしばらくはおとなしく、気付け薬の調合も進捗七割といったところまで進んだ。仕上げのために魔法を詠唱しようとするなり、アラキナが余分な事を言い出し詠唱が中断される。それを三度繰り返したリタは、自力で作るのを諦めた。後は頼んだよと残りの仕事を老婆に押しつけ、メルリアの様子を見に行き、そして今に至る。

「もう滅茶苦茶……」

 リタが頭を抱える様子を横目に、ふーんとザックは空返事をしつつアラキナの手にする瓶に視線を向けた。空気が入っているのか、なにやらボコボコと気泡が立っている。ただの薬ではないことは明らかだ。

 それを見たザックは、あ、と声を漏らす。

「学園のヤツが来るのって来月か?」
「そうじゃ。その前に村の整備と試験の用意をせねばならんのー。屋敷の客人を迎える準備もせねば。あー忙しい忙しい」

 アラキナは汗もかいていない額を腕で拭う動作をすると、二人に背を向けた。その肩を慌ててリタが掴む。

「ちょーっと待ったぁ! アラキナさん、頼んでた薬は?」
「ほれ」

 アラキナは左手の人差し指でくるりと円を描く。空中にリタの用意した瓶が浮かぶ。丸みを帯びた瓶の底には、水色に近い色の液体が沈んでいる。アラキナは宙に浮かんだそれを手に取り、リタに差し出した。

「これ?」

 リタは差し出された瓶の中身を凝視し、訝しんだ。やはりどう考えても色が違う。しかし、アラキナはこれを受け取れとぐいぐいと押しつけてくる。リタはひとつため息をつくと、渋々瓶を受け取った。その瞬間、湿地ミントの爽やかな香りがふわりと漂う。改めて瓶の中をのぞき込むと、そこに入っている液体にわずかに粘り気がある。苔アロエの性質に近い。試しに揺すってみたが、色が変わる様子はなかった。

「なに、これ?」
「ダンズ印の風邪薬じゃ」
「……なんで?」
「じきに分かるわい」

 妙に達者な口笛を吹きながら、アラキナは中央のツリーハウスへ姿を消していく。リタは瓶を受け取ったまま、丸い背中を漠然と見つめていた。

 メルリアを背負ったクライヴが広場に到着したのは、それから十分後のことである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい

空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。 孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。 竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。 火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜? いやいや、ないでしょ……。 【お知らせ】2018/2/27 完結しました。 ◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。

イジメられっ子は悪役令嬢( ; ; )イジメっ子はヒロイン∑(゚Д゚)じゃあ仕方がないっ!性格が悪くても(⌒▽⌒)

音無砂月
ファンタジー
公爵令嬢として生まれたレイラ・カーティスには前世の記憶がある。 それは自分がとある人物を中心にイジメられていた暗黒時代。 加えて生まれ変わった世界は従妹が好きだった乙女ゲームと同じ世界。 しかも自分は悪役令嬢で前世で私をイジメていた女はヒロインとして生まれ変わっていた。 そりゃないよ、神様。・°°・(>_<)・°°・。 *内容の中に顔文字や絵文字が入っているので苦手な方はご遠慮ください。 尚、その件に関する苦情は一切受け付けませんので予めご了承ください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...