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魔女の村ミスルトー
62 古い時間の夢-4
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「具合悪くないか? 体、痛いとか……」
「ううん。ちょっとふわふわするけど……」
メルリアが首を横に振ると、その衝撃で彼女の視界がぐにゃりと変形する。めまいに似た感覚は、森の黒と川に反射する光が、まるでコーヒーに入れたミルクのように歪んでいた。額の辺りから気分の悪さがこみ上げた。自然と目を閉じると、クライヴに触れていた手が離れていく。平衡感覚を失ったメルリアは、縋る物がないまま左へ数歩移動した。そのまま体が向いた方向へ倒れそうになるが、クライヴが慌てて肩を押さえる。メルリアはその衝撃に目を覚ますことはなく、静かに呼吸を繰り返している。
「……メルリア?」
静かに声をかけるが、メルリアが目を覚ます様子はなかった。
様子がおかしかったのは熱のせいかもしれない、と仮定する。どちらにしても、早く広場に戻るべきだろう。眠っているメルリアをなんとか背負うと、クライヴはゆっくりと立ち上がった。
が、力の加減を間違えて一瞬よろける。メルリアの体重が軽すぎたのだ。改めて姿勢を正すと、広場に向け、ゆっくりと歩を進める。
エルフの村には人の気配がない。木々を揺らす静かな風の音、野生動物の足音に川を流れる水の音。土を踏む湿った音に、枯れ葉を踏む軽い音。それら全てはこれらの環境を構築するわずかな音であり、思考を奪われるような雑音とは異なる。それ故、空っぽになったクライヴの頭の中に、見過ごしていた事象が実感としてじわじわと湧き上がってくる。
「両親……いないんだな」
返ってくる言葉はなく、その声は森の闇に飲み込まれた。
クライヴは後ろに視線を向けた。メルリアの長く細い髪が風に揺れる。背中にあるわずかな重みと、人肌にしては高すぎる温度。
彼の脳裏に一つの情景が思い浮かぶ。それはメルリアと知り合って間もない頃……シーバにいた時の事だ。漁師の舟と外国同士を行き来する旅客船が並ぶ港の傍で、彼女の旅をする理由を聞いた。大変だなと言うと、首を振って笑ってみせた。
――大変だなんて思ってないです。それに、生きているうちに見つけたくて。
あの時のクライヴは、メルリアのことを強い子だと思った。けれど、そう片付けるには何かが違うとも。今になってその言葉の重みに気づく。あの時どうして違うと思ったのか、その答えにも。
……俺は本当に何も知らなかった。
クライヴの足が、歩みを止めることを躊躇するようにゆっくりと動く。奥歯をきつく食いしばり、ただただ前へ進んだ。
「ううん。ちょっとふわふわするけど……」
メルリアが首を横に振ると、その衝撃で彼女の視界がぐにゃりと変形する。めまいに似た感覚は、森の黒と川に反射する光が、まるでコーヒーに入れたミルクのように歪んでいた。額の辺りから気分の悪さがこみ上げた。自然と目を閉じると、クライヴに触れていた手が離れていく。平衡感覚を失ったメルリアは、縋る物がないまま左へ数歩移動した。そのまま体が向いた方向へ倒れそうになるが、クライヴが慌てて肩を押さえる。メルリアはその衝撃に目を覚ますことはなく、静かに呼吸を繰り返している。
「……メルリア?」
静かに声をかけるが、メルリアが目を覚ます様子はなかった。
様子がおかしかったのは熱のせいかもしれない、と仮定する。どちらにしても、早く広場に戻るべきだろう。眠っているメルリアをなんとか背負うと、クライヴはゆっくりと立ち上がった。
が、力の加減を間違えて一瞬よろける。メルリアの体重が軽すぎたのだ。改めて姿勢を正すと、広場に向け、ゆっくりと歩を進める。
エルフの村には人の気配がない。木々を揺らす静かな風の音、野生動物の足音に川を流れる水の音。土を踏む湿った音に、枯れ葉を踏む軽い音。それら全てはこれらの環境を構築するわずかな音であり、思考を奪われるような雑音とは異なる。それ故、空っぽになったクライヴの頭の中に、見過ごしていた事象が実感としてじわじわと湧き上がってくる。
「両親……いないんだな」
返ってくる言葉はなく、その声は森の闇に飲み込まれた。
クライヴは後ろに視線を向けた。メルリアの長く細い髪が風に揺れる。背中にあるわずかな重みと、人肌にしては高すぎる温度。
彼の脳裏に一つの情景が思い浮かぶ。それはメルリアと知り合って間もない頃……シーバにいた時の事だ。漁師の舟と外国同士を行き来する旅客船が並ぶ港の傍で、彼女の旅をする理由を聞いた。大変だなと言うと、首を振って笑ってみせた。
――大変だなんて思ってないです。それに、生きているうちに見つけたくて。
あの時のクライヴは、メルリアのことを強い子だと思った。けれど、そう片付けるには何かが違うとも。今になってその言葉の重みに気づく。あの時どうして違うと思ったのか、その答えにも。
……俺は本当に何も知らなかった。
クライヴの足が、歩みを止めることを躊躇するようにゆっくりと動く。奥歯をきつく食いしばり、ただただ前へ進んだ。
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