幾望の色

西薗蛍

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魔女の村ミスルトー

62 古い時間の夢-3

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「うん、お父さんとお母さん。もう十年以上会ってないんだ」
「そう、なのか」

 クライヴが答えを言い淀むが、メルリアはそんなことを気にするそぶりを見せず、にこりと笑ってうなずいてみせた。再び視線を下ろすと、目の前を流れる川を見つめてつぶやく。

「どうしようかなあ……」

 笑っているような、どこか遠くを見ているような、つかみ所のない表情でつぶやく。

 その独り言にクライヴは何も言わなかった。どうにも何かがかみ合わない。ずっと眠っていたから意識がはっきりしていないのだろうか? いや、それにしてもおかしい――漠然とした違和感を覚えつつも、確信にはたどり着けないでいた。ゆっくりと頭を振ると、メルリアに再び手を差し伸べる。

「取り敢えずいったん戻ろう。少し落ち着いた方がいいと思う」

 メルリアはクライヴの手を見つめはするが、その手を取ろうとはしなかった。

 帰る場所などないはずだからだ。

「戻るって、どこへ?」
「広場だよ――って、一から説明しないといけないよな。ここはミスルトー。魔女の村って呼ばれているらしい」

 聞き慣れない単語に、メルリアは周囲を見回した。ざあざあとざわめく木々に色はない。代わりに、その間から見える星々が、藍色に染まりかけた夜空をわずかに彩る。その光は森の奥までは届かない。大形の鳥が枝の上に止まると、ぐらぐらと足場が不安定に揺れる。形は判っても、それがどういう種類なのかまでは理解はできない。

「ここって、楽園じゃない……?」
「楽園って……、天の?」

 天の楽園とは、死後に行き着くとされる世界の総称である。

 まさか、という風にクライヴは冗談のつもりで返したが、メルリアは大真面目に彼の目を見つめ返し、ゆっくりとうなずく。クライヴは試しに続きの言葉を待ってみたが、彼女は口を固く閉ざし、こちらのアクションを待っていた。ほんのわずかな沈黙の後、クライヴは慌てて手を振った。

「いやいや、死んでない! 生きてるって……! ほら、死んでたら体はないんだし、心臓の音はしないはずだろ?」

 クライヴは自分の左胸に手を置いた。そこは激しく脈打っている。手を軽く置いただけだというのに、苦しいと錯覚しそうなほどに脈打っていた。激しい運動をした直後の音によく似ている。

 メルリアも彼に倣って、自分の左胸に手を置く。クライヴに対して、こちらは不自然なほどゆっくりと脈打っていた。リラックスしている時のそれに近い。

 本当に動いている――メルリアは立ち尽くす。彼女の様子にいたたまれなくなったクライヴは、こわごわと口を開いた。

「動いてる……よな?」
「うん……」

 クライヴは深々と息を吐き、安堵した。嫌な鼓動の乱れが徐々に収まっていく。

 当人であるメルリアは、現状を理解しているのか否か、ぼうっとしていた。どう受け止めたらいいのか分からなかったのだ。

 実際、死んでいないと分かって安心したのはメルリアではなくクライヴの方である。

「そろそろ戻ろう。これ以上暗くなったら、さすがに俺も案内できないかもしれないし」

 森の夜は淡々と、刻々と更けていく。この村に明かりはない。

 暗闇に慣れたクライヴの目は周囲の障害物の輪郭を捉えてはいる。しかし、この森には野生動物が多く棲んでいることを知った。夜行性の動物に出会ったら危険だ。そう何度も襲われたくはないし、メルリアを二度も危機に晒したくなかった。

 もう一度、クライヴは手を差し伸べる。メルリアは、その右手に、ゆっくりと自分の手を重ね合わせた。そのまま、メルリアは弱々しい力でクライヴの手に触れ、指を曲げた。握るには至らない。彼女の手には力が入っていないのだ。

「……メルリア?」

 クライヴは、随分と温かい彼女の手を疑問に思った。自分の体温が極端に低い時があるのは自覚しているが、それは喉の渇きを伴った体調不良の時の事である。今はそんな状態ではない。

 メルリアは両手でクライヴの手を包むと、力なく笑った。

「クライヴさんの手、冷たくて気持ちいいね」
「メルリア、少しいいか?」

 触れられている右手はそのままに、クライヴは左手をメルリアの額に当てた。手のひら全体に、メルリアの体温が瞬時に伝わる。熱い。クライヴは眉間にしわを寄せた。自分の額の温度を測ろうと右手に視線を向ける。重なったメルリアの手が見えた。振りほどく事に少し躊躇を覚える。改めて彼女の様子をうかがうと、その顔からはさらに力が抜け、へにゃりと気の抜けた表情になった。
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