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魔女の村ミスルトー
61 クライヴとハル3-2
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「……!」
一切視線を動かさなかったハルが顔を上げた。炎の奥に見えるツリーハウスから人が出てきたのだ。彼女はツリーハウスへ向けて何か喋った後、扉を閉めると、その場からこちらに向かって手を振る。その様子に、ガチン、とハルは石のように固まった。
クライヴからはその人物が誰かまで視認することはできなかったが、背格好とハルの様子を見るに、あれはリタだったのだろうと察する。さすがにすぐは無理だよな、と苦笑した。
リタはすぐにこちら隣のツリーハウスの扉を引く。しかし部屋には入らず、その入り口で漠然と立ち尽くしていた。五秒間の沈黙の後、リタは突然走り出す。
「ちょっ、大変~!」
息を切らせながら、リタは二人の傍に駆け寄ってくる。そのさなか、クライヴはチラリとハルの様子をうかがう。たき火のせいかリタが近くに来たせいかどちらかは判別がつかなかったが、顔を赤くしたまま微動だにしない。自分から話しかけた方がいいのかと考えつつ、クライヴは立ち上がる。
「どうしたんだ?」
リタはゆっくりと立ち止まると、肩を上下させ浅い呼吸を繰り返した。そのままツリーハウスを指さすが、すぐに言葉が出てこない。たった一日の付き合いでしかないが、リタがここまで慌てているのは初めて見た。疑問に腕を組みながら、彼女の言葉をじっと待つ。
やがて、リタは浅い呼吸のまま、首を横に振った。
「メルリア、見なかった? 今見たら、どこにもいないんだけど……!」
「――え」
ひときわ大きな音を立て、たき火の薪が形を崩す。その衝撃で、周囲に火の粉が荒々しく舞った。
クライヴは辛うじて首を横に振った。それを見るなり、彼の奥で包丁を振るうレニーに向けてリタが問う。
「レニーは知らない? 人間の女の子」
「見ていない。見たらとっくに報告している。少なくとも昼過ぎから四時前くらいにはいなかった」
二人の会話をぼんやりと聞き流しながら、クライヴは必死に昼から今までの記憶を辿っていた。昼過ぎは見ていないし、リタに薬の説明を受けた時も、ハルと広場にいた時も見ていない。川にいた時間はレニーが見ていないという。その後、レニーの手伝いをしていた間は、自分もレニーも広場から離れていた時があった。だったら、その間に……?
クライヴの頭が徐々に真っ白になっていく。すぐ近くで燃えるたき火の熱も感じず、薪が爆ぜる音も耳に届かない。ただただ呆然と立ち尽くしていた。
そんな中、ツリーハウスの間から一人のエルフが顔を出す。リタはその男に全力で手を振って、こちらへ来いと合図した。男のエルフ――ザックは面倒くさいと言った風に眉をひそめ、大きな欠伸をしながら歩み寄る。リタが手招きする手の速度に合わずマイペースな動きだ。痺れを切らしたリタは、三メートルほど空いた距離でも構わずに叫んだ。
「おーい、ザック! ねえ、人間の女の子見なかったー?」
「あ? 人間の女? あぁ、イリスが置いてったヤツか。川辺でボケーッとしてたなァ……」
ザックはだるそうに両腕を交互に伸ばしながらよろよろと歩いた。
クライヴはその言葉にはっと顔を上げる。男の姿を認識するなり、咄嗟に口を開いた。
「川辺って、さっきの川辺ですか」
「ん? オメェ、さっきの人間か」
ザックはくあっと大きな口を開けて、もう一度ゆっくり欠伸する。
嫌な予感、期待、緊張――それらで早鐘を打つ心臓の鼓動を、耳のずっと近くで聞きながら、クライヴはザックが口を開くのを待った。その遅すぎる動作が速く終わることを願いながら。
「ああそうだ、ハルのヤローがクッソ恥ずかしい告白してた場所――」
「ありがとうございます!」
たき火の傍で、ぼとっと何かが落ちた。ハルが椅子ごと地面に崩れ落ちた音だ。それにも気づかず、クライヴは言葉の途中で彼に頭を下げ、その場から飛び出した。一度しか来ていない道ではあるが、数時間前に往復した道だ。場所は覚えている――。大丈夫だと確信を持ち、クライヴは暗い森の中へ消えていった。
「ふーん、アイツ意外と根性あるなァ」
その後ろ姿を目で追いながら、ザックはケラケラと笑う。
対してリタはふっと視線を落とすと、たき火向こうにある塊を見つめた。
「あー……」
ハルが椅子ごと転倒したせいで、椅子の部品それぞれがバラバラに外れていた。パーツの部分部分が広場に散らばり、おまけに脚の一つは炎に飲み込まれている。ずいぶんと古いものだとはいえ、丁寧に使えばもう少し持ったかもしれない。
ザックは振り返ると、立ち尽くすリタを見てニヤニヤ笑う。
「お? なんだリタ、オメェ――」
「くだらない妄想している暇があったら椅子直して」
リタはぴしゃりと言い放つと、後は任せたからとツリーハウスへ戻っていく。
やれやれとザックはため息をつくと、椅子のパーツを周囲に散らばらせたまま寝っ転がるハルの傍に立つ。仁王立ちのまま、しゃがみもせずにそれを見下した後、彼の膝辺りを靴の先で軽く蹴った。
「起きろ、ハル」
動く気配はない。
面倒くさいと頭をかきながら、ザックはもう一度欠伸した。
一切視線を動かさなかったハルが顔を上げた。炎の奥に見えるツリーハウスから人が出てきたのだ。彼女はツリーハウスへ向けて何か喋った後、扉を閉めると、その場からこちらに向かって手を振る。その様子に、ガチン、とハルは石のように固まった。
クライヴからはその人物が誰かまで視認することはできなかったが、背格好とハルの様子を見るに、あれはリタだったのだろうと察する。さすがにすぐは無理だよな、と苦笑した。
リタはすぐにこちら隣のツリーハウスの扉を引く。しかし部屋には入らず、その入り口で漠然と立ち尽くしていた。五秒間の沈黙の後、リタは突然走り出す。
「ちょっ、大変~!」
息を切らせながら、リタは二人の傍に駆け寄ってくる。そのさなか、クライヴはチラリとハルの様子をうかがう。たき火のせいかリタが近くに来たせいかどちらかは判別がつかなかったが、顔を赤くしたまま微動だにしない。自分から話しかけた方がいいのかと考えつつ、クライヴは立ち上がる。
「どうしたんだ?」
リタはゆっくりと立ち止まると、肩を上下させ浅い呼吸を繰り返した。そのままツリーハウスを指さすが、すぐに言葉が出てこない。たった一日の付き合いでしかないが、リタがここまで慌てているのは初めて見た。疑問に腕を組みながら、彼女の言葉をじっと待つ。
やがて、リタは浅い呼吸のまま、首を横に振った。
「メルリア、見なかった? 今見たら、どこにもいないんだけど……!」
「――え」
ひときわ大きな音を立て、たき火の薪が形を崩す。その衝撃で、周囲に火の粉が荒々しく舞った。
クライヴは辛うじて首を横に振った。それを見るなり、彼の奥で包丁を振るうレニーに向けてリタが問う。
「レニーは知らない? 人間の女の子」
「見ていない。見たらとっくに報告している。少なくとも昼過ぎから四時前くらいにはいなかった」
二人の会話をぼんやりと聞き流しながら、クライヴは必死に昼から今までの記憶を辿っていた。昼過ぎは見ていないし、リタに薬の説明を受けた時も、ハルと広場にいた時も見ていない。川にいた時間はレニーが見ていないという。その後、レニーの手伝いをしていた間は、自分もレニーも広場から離れていた時があった。だったら、その間に……?
クライヴの頭が徐々に真っ白になっていく。すぐ近くで燃えるたき火の熱も感じず、薪が爆ぜる音も耳に届かない。ただただ呆然と立ち尽くしていた。
そんな中、ツリーハウスの間から一人のエルフが顔を出す。リタはその男に全力で手を振って、こちらへ来いと合図した。男のエルフ――ザックは面倒くさいと言った風に眉をひそめ、大きな欠伸をしながら歩み寄る。リタが手招きする手の速度に合わずマイペースな動きだ。痺れを切らしたリタは、三メートルほど空いた距離でも構わずに叫んだ。
「おーい、ザック! ねえ、人間の女の子見なかったー?」
「あ? 人間の女? あぁ、イリスが置いてったヤツか。川辺でボケーッとしてたなァ……」
ザックはだるそうに両腕を交互に伸ばしながらよろよろと歩いた。
クライヴはその言葉にはっと顔を上げる。男の姿を認識するなり、咄嗟に口を開いた。
「川辺って、さっきの川辺ですか」
「ん? オメェ、さっきの人間か」
ザックはくあっと大きな口を開けて、もう一度ゆっくり欠伸する。
嫌な予感、期待、緊張――それらで早鐘を打つ心臓の鼓動を、耳のずっと近くで聞きながら、クライヴはザックが口を開くのを待った。その遅すぎる動作が速く終わることを願いながら。
「ああそうだ、ハルのヤローがクッソ恥ずかしい告白してた場所――」
「ありがとうございます!」
たき火の傍で、ぼとっと何かが落ちた。ハルが椅子ごと地面に崩れ落ちた音だ。それにも気づかず、クライヴは言葉の途中で彼に頭を下げ、その場から飛び出した。一度しか来ていない道ではあるが、数時間前に往復した道だ。場所は覚えている――。大丈夫だと確信を持ち、クライヴは暗い森の中へ消えていった。
「ふーん、アイツ意外と根性あるなァ」
その後ろ姿を目で追いながら、ザックはケラケラと笑う。
対してリタはふっと視線を落とすと、たき火向こうにある塊を見つめた。
「あー……」
ハルが椅子ごと転倒したせいで、椅子の部品それぞれがバラバラに外れていた。パーツの部分部分が広場に散らばり、おまけに脚の一つは炎に飲み込まれている。ずいぶんと古いものだとはいえ、丁寧に使えばもう少し持ったかもしれない。
ザックは振り返ると、立ち尽くすリタを見てニヤニヤ笑う。
「お? なんだリタ、オメェ――」
「くだらない妄想している暇があったら椅子直して」
リタはぴしゃりと言い放つと、後は任せたからとツリーハウスへ戻っていく。
やれやれとザックはため息をつくと、椅子のパーツを周囲に散らばらせたまま寝っ転がるハルの傍に立つ。仁王立ちのまま、しゃがみもせずにそれを見下した後、彼の膝辺りを靴の先で軽く蹴った。
「起きろ、ハル」
動く気配はない。
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