幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
101 / 197
魔女の村ミスルトー

61 クライヴとハル3-1

しおりを挟む
 魔女の村は決して夕刻を教えてはくれない。

 深緑の木々は夕暮れ時の儚い光を飲み込むように奪い去ってしまうからだ。それ故、この村で夕暮れを知りたければ、広場へ向かうことだ。木々の間から唯一広い空を窺えるこの場所ならば、天を仰げば望む答えにたどり着けるのだから。

 空色と橙色が入り交じったあやふやな色の半分を、濃い灰色の雲が覆う。その西側は燃えるように赤く、それは間もなく夜が訪れる事を意味していた。

 弱々しい灰色の筋が一本、広場にぽっかり空いた森の穴に向かって上っていく。やがてその筋は徐々に太く、力強く変わっていった。

 広場へ戻ってきたクライヴを待っていたのは、見知らぬエルフの男だった。名前はレニーという。見た目は二十歳前後。髪は短く、顔立ちの割に背が低い。

 彼は、「事情はリタから聞いた。やることがないならこちらの手伝いをしてくれ」と言い出した。まだ夕方の少し前。ハルも見つからず、今のままでは手持ち無沙汰だ。それに、やはり世話になってばかりだというのは気が引けた。こちらに断る理由はなく、彼の雑用を手伝うことになったのだ。

 木箱の運送に荷台の修理、薪の補充――。今はちょうど、夕飯に使う食材の運送を手伝ったばかり。クライヴは五キロ程度のお化けカボチャを両手で運び、簡易的に設置された調理場の隣に音を立てぬようゆっくり置いた。紫色の皮目の中に、動物の顔のような模様が黄色く浮かび上がっている。一瞬それと目が合ったような気がして、クライヴは全力で目をそらした。額の汗を右腕ででぬぐい、ため息をつく。

「レニー。ここに置いたぞ」
「分かった」

 レニーはそれだけ答えると、広場におこしたたき火へ新しい薪を一本投げ入れた。頼りなく揺れていた炎の中に、がらんと重い音を立てて新たな燃料が投入される。薄黄色の木の肌が、次第に炎に包まれその色ごと飲み込んでいく。パチッと音が響くと、土台になった薪の足場がわずかに崩れた。

 火の様子は安定しているようだ。一部始終を目で追っていたクライヴはほっとため息をつく。

 火をおこしたレニーはというと、さっそくカボチャの泥や土を落としていた。魔法でまな板の上にカボチャを移動させると、手にした包丁を突き刺す。顔のような模様がぱっくりと真っ二つに割れた。

「何か他に手伝うことはあるか?」

 レニーは一瞬手を止めた。広場から上る煙の線を目で追いながら、天を仰ぐ。西側の空は未だ橙色に染まっているが、辺りを浮かぶ雲は灰色と白が混ざった静かな色合いだ。日没は近い。彼はゆっくりと首を振った。

「もうない。強いて言えば、あれの相手」

 レニーは己の後ろを親指で指さした。

 クライヴがそちらへと視線を向けると、木の後ろからこちらを伺うハルの姿が見える。こちらと目が合うと、ハルは瞬時に目をそらした。しかし以前とは異なり、逃げる様子はない。周囲の様子を入念に確認しつつ、こちらへゆっくりと歩み寄ってきた。

 クライヴは広場の橋によけられていた木製の椅子を二脚、火を囲むように置いた。それぞれ二脚ほどの間を作って。他人といえども広すぎるほどのスペースを空けたのにはわけがある。ハルにとってはその方がいいだろうと判断したからだ。ハルを椅子に座るよう促しながら、クライヴはゆっくりと尋ねる。

「落ち着いたか?」
「まあ……。先輩に聞かれたって分かった時は、心臓止まるかと思いましたけど」

 ハルは苦笑しながら胸に手を置いた。ドクドクと早鐘を打つ心臓は、決して落ち着いているとは言い難い。それに構わずに、パチパチと音を立てて燃え続ける炎を見つめた。クライヴには目を合わせない。

 ハルに倣って、クライヴもたき火に視線を向けた。風に揺られて炎の形がぐにゃりと歪む。

「あがり症と、暴走気味ってところを少し抑えられれば、ハルは十分大丈夫だと俺は思うよ」

 ボッと音が立ち、火の粉が舞い散る。ハルはその光を視線だけで追った。

「全く興味ない俺とも、こうやって話ができるんだからさ。俺はいいとして、リタ以外にも話をしてみると楽しいかもしれないぞ?」

 クライヴはたき火からほんのわずかに視線を逸らして笑った。したがらないだけで、決して他人と会話ができないわけではない。人と関わりたくないというのはもったいないが、ハルがその気になれば人と関わることができるということだ。

「……ぼくにとって、リタさんは特別なんです。あの人だけは」

 ぽつりとつぶやいた何気ない言葉。そのつぶやきを聞いて、クライヴは咄嗟にハルを見た。顔に当たっていたたき火の熱がなくなり、顔全体の熱があっという間に引いていく。ハルは動かない。揺らめく炎の形にも、燃え上がる灰色の煙にも、時折散る火の粉にも視線を動かさず、ただただ黒く変色していく薪を見つめていた。

「そう、なのか……」

 クライヴはゆっくりと視線を動かす。レニーが最後に投入した薪もすっかり色を失い、情けなく炎の中で横たわっている。傍に用意された薪を一本たき火に投げ入れると、再び弾けるような音を立てて炎が大きく燃え上がった。静かに風が吹き、細長い薪が高い炎に飲み込まれていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最強の英雄は幼馴染を守りたい

なつめ猫
ファンタジー
 異世界に魔王を倒す勇者として間違えて召喚されてしまった桂木(かつらぎ)優斗(ゆうと)は、女神から力を渡される事もなく一般人として異世界アストリアに降り立つが、勇者召喚に失敗したリメイラール王国は、世界中からの糾弾に恐れ優斗を勇者として扱う事する。  そして勇者として戦うことを強要された優斗は、戦いの最中、自分と同じように巻き込まれて召喚されてきた幼馴染であり思い人の神楽坂(かぐらざか)都(みやこ)を目の前で、魔王軍四天王に殺されてしまい仇を取る為に、復讐を誓い長い年月をかけて戦う術を手に入れ魔王と黒幕である女神を倒す事に成功するが、その直後、次元の狭間へと呑み込まれてしまい意識を取り戻した先は、自身が異世界に召喚される前の現代日本であった。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

小さな小さな花うさぎさん達に誘われて、異世界で今度こそ楽しく生きます!もふもふも来た!

ひより のどか
ファンタジー
気がついたら何かに追いかけられていた。必死に逃げる私を助けてくれたのは、お花?違う⋯小さな小さなうさぎさんたち? 突然森の中に放り出された女の子が、かわいいうさぎさん達や、妖精さんたちに助けられて成長していくお話。どんな出会いが待っているのか⋯? ☆。.:*・゜☆。.:*・゜ 『転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました。もふもふとも家族になります!』の、のどかです。初めて全く違うお話を書いてみることにしました。もう一作、『転生初日に~』の、おばあちゃんこと、凛さん(人間バージョン)を主役にしたお話『転生したおばあちゃん。同じ世界にいる孫のため、若返って冒険者になります!』も始めました。 よろしければ、そちらもよろしくお願いいたします。 *8/11より、なろう様、カクヨム様、ノベルアップ、ツギクルさんでも投稿始めました。アルファポリスさんが先行です。

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

学園の聖女様はわたしを悪役令嬢にしたいようです

はくら(仮名)
ファンタジー
※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にて掲載しています。 とある国のお話。 ※ 不定期更新。 本文は三人称文体です。 同作者の他作品との関連性はありません。 推敲せずに投稿しているので、おかしな箇所が多々あるかもしれません。 比較的短めに完結させる予定です。 ※

処理中です...