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魔女の村ミスルトー
58 薬について2-2
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「うーん。クライヴにしかできないこと、ねえ……」
リタは木の枝をくるくると空中で振り回しながら、黙々と考える。
人間であるクライヴにしかできないこと。エルフよりも体力も筋肉も勝る種族――広場の雑草抜き? いや、それは自分でもできる。ツリーハウスはこの間すべて直してもらったばかりだから、大工を必要とする仕事はない。
悩むリタを遠慮と捉えたクライヴは、一歩前に出て言う。
「俺にできることだったら、なんでもするから」
「なんでも……ねー」
魔法で薬を作ると言っても、一瞬でできるわけではない。その間彼も手持ち無沙汰であろうし、放っておけば先ほどのように落ち込むに違いない。あの時点であんなに表情を暗くしていた。もう一度負のループに入られてしまっては、どこまで沈むか分からない。
であれば、何か役割を与えた方がいいのかもしれない。どうしようかなあ、とリタは視線を下に向ける。すると、リタが見慣れた黒い靴が視界に入った。先が尖っている特徴的なブーツだった。
「なんでも! おぬし今なんでもと言ったな!」
「うあっ!」
アラキナがぬっと二人の間を割って入る。クライヴの腹の底から奇妙な声が漏れた。
いつの間にか広場に戻ってきたアラキナは、竹製のかごを背中に背負っている。その中からは、青緑色が森の初夏を思わせる初夏キュウリが大量に刺さっていた。皮の色は世間一般に流通しているキュウリとは異なるが、一本一本がらせんを描くようにグニャグニャと曲がっている。さながら植物のツルだ。エルフ以外の種族がそれを見たら、まずキュウリだとは思わないだろう。
現に、クライヴは奇しいものを見る目をしていた。
「儂ァ聞いたぞ。なんでも……なんでもォ……!」
アラキナは喉の奥でケラケラ笑い、そのままにちゃりとした粘着質な笑みを浮かべる。
鬼の首を取ったように喜ぶ老婆を前に、クライヴは諦めたように笑った。言質を取ったというのはこういうことだろうと身をもって理解したからだ。
「アラキナさんには言ってないでしょー?」
「ミスルトーの責任者は儂じゃあ。つまり儂に言われたようなもんじゃあ」
誰が聞いても支離滅裂な理論だったが、どうやら本当にアラキナは偉い人だったようだ。頭がますます重くなり、頭全体を締め付けられるような痛みが走る。クライヴはストレスだろうなと思った。事実、ストレスから来る頭痛である。
「何がいいかの~う」
アラキナは上機嫌といった風に無駄にうまい口笛を吹きながら、クライヴの顔や体をじろじろと見つめる。
どうにも落ち着かず、クライヴはアラキナから全力で視線を逸らした。ぞくぞくと背筋に悪寒が走る。己の両腕を手で擦っていると、パチンと乾いた音が森に響いた。手を叩いたのはリタだ。
「あー、そうだ! クライヴ、ハルをなんとかしてくれない?」
「どういう意味だ?」
明らかに不愉快な顔をするアラキナを手で押しのけ、リタは数歩クライヴに近寄った。未だ地面に突っ伏しているハルを指さして続ける。
「ハル、先月に東のブランから来たばっかなんだけどさ、あんな感じで挙動不審だから誰とも馴染めてないんだよねー」
リタ曰く、ハルは仕事を頼めばきちんとこなすが、それは一人で済むものだけ。誰かと協力する事はそもそもやりたがらないらしい。他のエルフと共にいるところを見たことがなく、常に一人。リタが話しかけたところでまともに会話が成り立たないため、どうフォローすることもできないようだ。
彼女が他のエルフから聞いた話だと、ハルはリタ以外とは必要最低限の会話はするらしい。問題はなさそうだが、自分の目でまともに会話ができているところを見ないと不安である――そう思っていた矢先、先ほどクライヴと普通に会話するハルを見て、リタは心底驚いていた。
「――だから、クライヴならもしかしてって思ってさ。やってみてくれる?」
「うまくできるかどうか分からないけど、話をしてみるよ」
クライヴが神妙にうなずくと、リタはありがとうと笑った。
「あーでも、無理そうだったら諦めてくれていいよ。人の心は無理矢理どうこうするべきじゃないからねえ」
クライヴが一つうなずくと、リタは満足げに微笑んだ。
「それじゃ、よろしくね。日が変わる前には間に合わせるから」
リタは寝そべるハルを見て目を伏せた後、くるりときびすを返す。彼女の視界にたたずむ老婆は、足下に落ちていた小石を蹴り上げた。明らかに今いじけていますと態度で示している。
「じゃ、アラキナさん手伝って」
リタは土埃を落とすように手を叩くと、アラキナの背中に回った。どっさりとかごに盛られた初夏キュウリの山を見て、リタは妙な声で笑う。呆れに近い。
「なぜ儂が。この人間はリタの言うことを聞いたのじゃろう。関係ないもんねー」
「初夏キュウリ背負いながらやらないとか言っても説得力ないからね。そもそも気付け薬作ってやるって言い出したのはアラキナさんでしょ? 行くよー」
リタはアラキナの――竹のかごの上からぐいぐいとアラキナの背中を押していく。じたばたと抵抗らしいものを見せつつも、アラキナは背中を押されるがまま引きずられていった。
リタは木の枝をくるくると空中で振り回しながら、黙々と考える。
人間であるクライヴにしかできないこと。エルフよりも体力も筋肉も勝る種族――広場の雑草抜き? いや、それは自分でもできる。ツリーハウスはこの間すべて直してもらったばかりだから、大工を必要とする仕事はない。
悩むリタを遠慮と捉えたクライヴは、一歩前に出て言う。
「俺にできることだったら、なんでもするから」
「なんでも……ねー」
魔法で薬を作ると言っても、一瞬でできるわけではない。その間彼も手持ち無沙汰であろうし、放っておけば先ほどのように落ち込むに違いない。あの時点であんなに表情を暗くしていた。もう一度負のループに入られてしまっては、どこまで沈むか分からない。
であれば、何か役割を与えた方がいいのかもしれない。どうしようかなあ、とリタは視線を下に向ける。すると、リタが見慣れた黒い靴が視界に入った。先が尖っている特徴的なブーツだった。
「なんでも! おぬし今なんでもと言ったな!」
「うあっ!」
アラキナがぬっと二人の間を割って入る。クライヴの腹の底から奇妙な声が漏れた。
いつの間にか広場に戻ってきたアラキナは、竹製のかごを背中に背負っている。その中からは、青緑色が森の初夏を思わせる初夏キュウリが大量に刺さっていた。皮の色は世間一般に流通しているキュウリとは異なるが、一本一本がらせんを描くようにグニャグニャと曲がっている。さながら植物のツルだ。エルフ以外の種族がそれを見たら、まずキュウリだとは思わないだろう。
現に、クライヴは奇しいものを見る目をしていた。
「儂ァ聞いたぞ。なんでも……なんでもォ……!」
アラキナは喉の奥でケラケラ笑い、そのままにちゃりとした粘着質な笑みを浮かべる。
鬼の首を取ったように喜ぶ老婆を前に、クライヴは諦めたように笑った。言質を取ったというのはこういうことだろうと身をもって理解したからだ。
「アラキナさんには言ってないでしょー?」
「ミスルトーの責任者は儂じゃあ。つまり儂に言われたようなもんじゃあ」
誰が聞いても支離滅裂な理論だったが、どうやら本当にアラキナは偉い人だったようだ。頭がますます重くなり、頭全体を締め付けられるような痛みが走る。クライヴはストレスだろうなと思った。事実、ストレスから来る頭痛である。
「何がいいかの~う」
アラキナは上機嫌といった風に無駄にうまい口笛を吹きながら、クライヴの顔や体をじろじろと見つめる。
どうにも落ち着かず、クライヴはアラキナから全力で視線を逸らした。ぞくぞくと背筋に悪寒が走る。己の両腕を手で擦っていると、パチンと乾いた音が森に響いた。手を叩いたのはリタだ。
「あー、そうだ! クライヴ、ハルをなんとかしてくれない?」
「どういう意味だ?」
明らかに不愉快な顔をするアラキナを手で押しのけ、リタは数歩クライヴに近寄った。未だ地面に突っ伏しているハルを指さして続ける。
「ハル、先月に東のブランから来たばっかなんだけどさ、あんな感じで挙動不審だから誰とも馴染めてないんだよねー」
リタ曰く、ハルは仕事を頼めばきちんとこなすが、それは一人で済むものだけ。誰かと協力する事はそもそもやりたがらないらしい。他のエルフと共にいるところを見たことがなく、常に一人。リタが話しかけたところでまともに会話が成り立たないため、どうフォローすることもできないようだ。
彼女が他のエルフから聞いた話だと、ハルはリタ以外とは必要最低限の会話はするらしい。問題はなさそうだが、自分の目でまともに会話ができているところを見ないと不安である――そう思っていた矢先、先ほどクライヴと普通に会話するハルを見て、リタは心底驚いていた。
「――だから、クライヴならもしかしてって思ってさ。やってみてくれる?」
「うまくできるかどうか分からないけど、話をしてみるよ」
クライヴが神妙にうなずくと、リタはありがとうと笑った。
「あーでも、無理そうだったら諦めてくれていいよ。人の心は無理矢理どうこうするべきじゃないからねえ」
クライヴが一つうなずくと、リタは満足げに微笑んだ。
「それじゃ、よろしくね。日が変わる前には間に合わせるから」
リタは寝そべるハルを見て目を伏せた後、くるりときびすを返す。彼女の視界にたたずむ老婆は、足下に落ちていた小石を蹴り上げた。明らかに今いじけていますと態度で示している。
「じゃ、アラキナさん手伝って」
リタは土埃を落とすように手を叩くと、アラキナの背中に回った。どっさりとかごに盛られた初夏キュウリの山を見て、リタは妙な声で笑う。呆れに近い。
「なぜ儂が。この人間はリタの言うことを聞いたのじゃろう。関係ないもんねー」
「初夏キュウリ背負いながらやらないとか言っても説得力ないからね。そもそも気付け薬作ってやるって言い出したのはアラキナさんでしょ? 行くよー」
リタはアラキナの――竹のかごの上からぐいぐいとアラキナの背中を押していく。じたばたと抵抗らしいものを見せつつも、アラキナは背中を押されるがまま引きずられていった。
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