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魔女の村ミスルトー
57 薬について1-2
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「お邪魔させてもらってるよ。俺はクライヴ・シーウェル。君は?」
クライヴの問いかけに少年は三秒ほど迷った後、か細い声で告げた。
「ぼくはハル……、ハル・ロルトです」
「ハル、か。よろしくな」
クライヴはハルと名乗った少年に手を差し出した。
ハルはその手を凝視した後、握ったままの手を開く。砕けた枝が地面へと落ちていった。震えた手を伸ばすと、弱々しい力でその手を握る。
クライヴがその手を握り返した途端、お互いジリッとした違和感を覚える。それは痛覚と非常に近い。ハルが手にしていた枝の繊維だった。
「突然居座って悪いな、落ち着かないだろ」
ハルは握手を交わした後も、そわそわと周囲を見回している。まだ警戒は解けていないようだった。
「いえ、アラキナさんの言葉は絶対ですし……、ミスルトーではエルフ以外が立ち寄るのはよくあることなので」
本国では考えられませんが、と付け足し、クライヴと一つ席を空けて椅子に腰掛けた。
ブランとは、北方の島国と東南の陸地に位置するエルフの国である。
その国はエルフのみが暮らしており、それ以外の種族の立ち入りは禁じている。それ故、大陸の中で最も規模が小さい国だ。
「あの……あなたに、聞きたいことが」
「ん、なんだ?」
ハルはクライヴに視線を合わせず、そわそわと自身の両手を緩く握る。やがて意を決したように握りこぶしを作り、顔を上げた。
「どっ、どうやったらあなたみたいに上手にリタさんとしゃべることができますか!」
きつく瞼を閉じながら、高い声を掠れさせながら叫ぶ。
叫ぶ、とはいっても、普通の人より少し大きいくらいで、一メートル先の人物に話しかけられる程度の声量しかない。
その証拠に、ツリーハウスに降り立った小鳥は驚く様子も見せず捕ったばかりの獲物をついばんでいる。
「……どういう意味だ?」
クライヴがぽかんとしていると、ハルは自分の人差し指同士をつつきながら言う。相変わらず他人に顔は合わせなかった。
「ぼく、昨日からあなたを見てました。ゾラさんとノルデさんはリタさんの顔見知りらしいのでまだ分かりますが、あなたはリタさんと知り合ってからたった数分……」
淡々と告げるその言葉に徐々に熱が、細く弱々しかった声に次第に力が入っていく。
「だというのに会話は弾み、あなたもリタさんも楽しそうですし……。し、しかも、あ、朝起こしてもらうだなんて……!」
ハルはギッと音が立ちそうなほどに強く奥歯を噛むと、右手に握りこぶしを作った。
わなわなと震えているその様を見て、クライヴは目を丸くした。自分が思っていたより感情を表に出す方だった、と。
「まるで、こ、こ、恋人じゃないですかあ!」
ハルは握りこぶしを空中に振り下ろす。
恋人、と聞いた途端、クライヴは慌てて立ち上がる。あまりの衝撃に椅子が軋み、地面に倒れそうになるが構わなかった。
「いや違うって! 俺にそんな気は全くないし、リタにだって絶対にないだろ」
「で、ですよねー……よかった」
ハルはへにゃりと脱力したような笑みを浮かべた。クライヴは一つため息をついた後、再び椅子に腰掛ける。
「俺はあんまり詳しくないけどさ、リタって平和そうな感じだし、話しかけづらいってこともないだろ? 何に困ってるんだ?」
「それは……」
ハルはその言葉に否定せず、視線を足下に向ける。どうやら言いづらいことでもあるのだろうか。クライヴが首をかしげると、遠くからぱたぱたと軽やかな足音が聞こえる。
「おーい。ヴィヴさんに確認取ってもらったよー」
リタは小ぶりのバスケットを腕に下げ、とてとてとこちらに駆け寄ってくる。クライヴは手を上げて返事をした後、ハルの方に目を向ける。
ハルは、リタに視線を向けたまま固まっていた。
リタはバスケットをテーブルに置くと、中からメモ書きを取り出した。放置してあった木の棒を手に取ったところで、はっとする。
「あれー、ハルだ。広場に出てくるなんて珍しいねぇ。クライヴと話してたの?」
リタが朗らかな笑顔を向けるが、ハルは固まったまま動かない。辛うじて首が二ミリほど上下した程度だが、始めから終わりまでかかった時間は十秒。微弱かつのろまな動きは気づかれなかった。
リタは不思議そうにクライヴを見つめ、ハルを指さす。どういうこと? と言いたげに、首をかしげて尋ねてきた。
「さっき会ったんだ。なんでも、リタについて聞きた――」
「うわああぁああああっ!」
クライヴの話を遮るように、ハルは声を上げた。今日聞いた中で一番の大声だ。
そのままハルは立ち上がると、一目散に駆けだそうとした。しかし、先ほど捨てた木の枝がハルの靴に引っかかる。そのままバランスを失い、どうすることもできないまま、彼は地面に顔から突っ込んだ。
不幸にも、先ほどリタが描いた文字の真上である。土煙を立て、地面にハル型の跡が残っていく。
「あー」
悲しいような、呆れたような、どこか他人事のような、感情がこもっているようでこもっていない声を漏らし、リタは土埃にまみれたハルの背中を見つめる。手にした木の枝をハルに向け、ちょうど上着とズボンから見えた白い背中をめがけ、つんつんと突っつく。
微動だにしない。
短く息を吐いた後、メモにもう一度目を通してから、クライヴに向き直る。
「えっとねクライヴ。気付け薬の材料なんだけど……」
「ちょっと待ってくれ。ハルはいいのか?」
本題に戻ろうとするリタを止め、クライヴは倒れたままのハルに視線を向ける。
起きているのか眠っているのか、こちらからは判別がつかない。というより、頭から突っ込んでいるせいで、上体を起こさないと顔は見えないのだが。
「気にしないでいいよ、しばらく寝てると思うし。ハルって昔からよく分かんないんだよねえ」
ハルはその言葉にも微動だもしない。
本当に眠っているのだろうか……クライヴは疑問に眉をひそめた。
未だ瑞々しい青葉が、風に乗ってハルの頭の上に落ちた。
クライヴの問いかけに少年は三秒ほど迷った後、か細い声で告げた。
「ぼくはハル……、ハル・ロルトです」
「ハル、か。よろしくな」
クライヴはハルと名乗った少年に手を差し出した。
ハルはその手を凝視した後、握ったままの手を開く。砕けた枝が地面へと落ちていった。震えた手を伸ばすと、弱々しい力でその手を握る。
クライヴがその手を握り返した途端、お互いジリッとした違和感を覚える。それは痛覚と非常に近い。ハルが手にしていた枝の繊維だった。
「突然居座って悪いな、落ち着かないだろ」
ハルは握手を交わした後も、そわそわと周囲を見回している。まだ警戒は解けていないようだった。
「いえ、アラキナさんの言葉は絶対ですし……、ミスルトーではエルフ以外が立ち寄るのはよくあることなので」
本国では考えられませんが、と付け足し、クライヴと一つ席を空けて椅子に腰掛けた。
ブランとは、北方の島国と東南の陸地に位置するエルフの国である。
その国はエルフのみが暮らしており、それ以外の種族の立ち入りは禁じている。それ故、大陸の中で最も規模が小さい国だ。
「あの……あなたに、聞きたいことが」
「ん、なんだ?」
ハルはクライヴに視線を合わせず、そわそわと自身の両手を緩く握る。やがて意を決したように握りこぶしを作り、顔を上げた。
「どっ、どうやったらあなたみたいに上手にリタさんとしゃべることができますか!」
きつく瞼を閉じながら、高い声を掠れさせながら叫ぶ。
叫ぶ、とはいっても、普通の人より少し大きいくらいで、一メートル先の人物に話しかけられる程度の声量しかない。
その証拠に、ツリーハウスに降り立った小鳥は驚く様子も見せず捕ったばかりの獲物をついばんでいる。
「……どういう意味だ?」
クライヴがぽかんとしていると、ハルは自分の人差し指同士をつつきながら言う。相変わらず他人に顔は合わせなかった。
「ぼく、昨日からあなたを見てました。ゾラさんとノルデさんはリタさんの顔見知りらしいのでまだ分かりますが、あなたはリタさんと知り合ってからたった数分……」
淡々と告げるその言葉に徐々に熱が、細く弱々しかった声に次第に力が入っていく。
「だというのに会話は弾み、あなたもリタさんも楽しそうですし……。し、しかも、あ、朝起こしてもらうだなんて……!」
ハルはギッと音が立ちそうなほどに強く奥歯を噛むと、右手に握りこぶしを作った。
わなわなと震えているその様を見て、クライヴは目を丸くした。自分が思っていたより感情を表に出す方だった、と。
「まるで、こ、こ、恋人じゃないですかあ!」
ハルは握りこぶしを空中に振り下ろす。
恋人、と聞いた途端、クライヴは慌てて立ち上がる。あまりの衝撃に椅子が軋み、地面に倒れそうになるが構わなかった。
「いや違うって! 俺にそんな気は全くないし、リタにだって絶対にないだろ」
「で、ですよねー……よかった」
ハルはへにゃりと脱力したような笑みを浮かべた。クライヴは一つため息をついた後、再び椅子に腰掛ける。
「俺はあんまり詳しくないけどさ、リタって平和そうな感じだし、話しかけづらいってこともないだろ? 何に困ってるんだ?」
「それは……」
ハルはその言葉に否定せず、視線を足下に向ける。どうやら言いづらいことでもあるのだろうか。クライヴが首をかしげると、遠くからぱたぱたと軽やかな足音が聞こえる。
「おーい。ヴィヴさんに確認取ってもらったよー」
リタは小ぶりのバスケットを腕に下げ、とてとてとこちらに駆け寄ってくる。クライヴは手を上げて返事をした後、ハルの方に目を向ける。
ハルは、リタに視線を向けたまま固まっていた。
リタはバスケットをテーブルに置くと、中からメモ書きを取り出した。放置してあった木の棒を手に取ったところで、はっとする。
「あれー、ハルだ。広場に出てくるなんて珍しいねぇ。クライヴと話してたの?」
リタが朗らかな笑顔を向けるが、ハルは固まったまま動かない。辛うじて首が二ミリほど上下した程度だが、始めから終わりまでかかった時間は十秒。微弱かつのろまな動きは気づかれなかった。
リタは不思議そうにクライヴを見つめ、ハルを指さす。どういうこと? と言いたげに、首をかしげて尋ねてきた。
「さっき会ったんだ。なんでも、リタについて聞きた――」
「うわああぁああああっ!」
クライヴの話を遮るように、ハルは声を上げた。今日聞いた中で一番の大声だ。
そのままハルは立ち上がると、一目散に駆けだそうとした。しかし、先ほど捨てた木の枝がハルの靴に引っかかる。そのままバランスを失い、どうすることもできないまま、彼は地面に顔から突っ込んだ。
不幸にも、先ほどリタが描いた文字の真上である。土煙を立て、地面にハル型の跡が残っていく。
「あー」
悲しいような、呆れたような、どこか他人事のような、感情がこもっているようでこもっていない声を漏らし、リタは土埃にまみれたハルの背中を見つめる。手にした木の枝をハルに向け、ちょうど上着とズボンから見えた白い背中をめがけ、つんつんと突っつく。
微動だにしない。
短く息を吐いた後、メモにもう一度目を通してから、クライヴに向き直る。
「えっとねクライヴ。気付け薬の材料なんだけど……」
「ちょっと待ってくれ。ハルはいいのか?」
本題に戻ろうとするリタを止め、クライヴは倒れたままのハルに視線を向ける。
起きているのか眠っているのか、こちらからは判別がつかない。というより、頭から突っ込んでいるせいで、上体を起こさないと顔は見えないのだが。
「気にしないでいいよ、しばらく寝てると思うし。ハルって昔からよく分かんないんだよねえ」
ハルはその言葉にも微動だもしない。
本当に眠っているのだろうか……クライヴは疑問に眉をひそめた。
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