幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
93 / 197
魔女の村ミスルトー

56 そこは魔女の村4-2

しおりを挟む
「魔獣に遭遇したショックで寝込むって話は珍しくないからねえ。まあ私、あの子と話したことないからよく分かんないけど。クライヴ、心当たりない?」

 その言葉に、クライヴは考え込む。

 メルリアは祖母と約束した花を探している。それは不思議な花らしく、この間は詳しく聞かなかった。
 だから分からない――そこまで思い至ると、はっとする。

 思えば、喋るのは自分ばかりだった。メルリアは尋ねれば基本的には答えるが、あまり自分のことを話さず、クライヴのことを尋ねてばかり。年も分からないし、祖母以外の家族のことも知らないし、好きなものも趣味も分からない。クライヴは唇を噛んだ。

 ――思えば俺は、メルリアのことを何も知らないのだ。

 クライヴは頭を振ると、ため息をついた。

「そっか……でも、そろそろ起こさないとまずいよね。あの子、なーんにも食べてないんだからさ」

 メルリアがヴェルディグリを出たのは朝。魔獣に襲われたのはちょうど昼頃だ。つまり、あれから丸一日食事をとっていない事になる。

 クライヴは顔を上げ、先ほどリタが見ていたツリーハウスに視線を向ける。
 扉は固く閉ざされたまま、やはり開かれる気配はない。階段から枯れ葉がコロコロと転がり落ちるだけだ。広場から見える範囲全てのツリーハウスの扉を確認したが、どれも変わった様子はない。クライヴは目を伏せた。

 パチン、と、指が鳴る。

「儂が気付け薬を作ってやるかのぅ!」

 今までだんまりと二人を窺っていたアラキナが、ぬっと椅子から立ち上がった。場に似合わぬ満面の笑みを浮かべると、乾いた音を響かせ手を叩く。その途端、底の深い黒い鍋が突然机の上に現れた。

「リタ、あの木からフィグフィルを取ってこい」
「やーめなさいって!」

 リタは珍しく声を荒立てると、アラキナの背中を無遠慮に叩いた。非難するような視線を向けてから、肩を落とす。

 クライヴには聞き慣れない単語だった。文脈から察するに植物なのだろうとは分かるが……。二人の様子を真剣に窺う。その強い視線に気づいたリタは、肩をすくめてため息をついた。

「端的に説明すると、惚れ薬の材料」

 クライヴが目を見開くと、それを待っていたとばかりにアラキナがケラケラ笑った。

「そういう事言ってる場合じゃ……!」

 クライヴの顔がかっと熱くなる。思わず声を尖らせそうになったが、感情を出し切る前に言葉を飲み込むことでやり過ごした。次第にその熱が沈黙と共に引いていく。

 ここで怒ったところで何の解決にもならないし、これではただの八つ当たりだ――。やり場のない感情を吐き出すように、クライヴは荒っぽいため息をついた。

「はーヤレヤレ。あの男に似て冗談が通じぬヤツじゃ」
「今回のはアラキナさんが悪いと思うよ」

 反省する様子など一切見せず、キョキョキョと鳥のさえずりそっくりな奇妙な音で笑った後、アラキナは再び手を叩く。
 すると、テーブルの上に鎮座していた黒い鍋が瞬時に消えた。アラキナは憑き物が落ちたように無表情になると、椅子を押した。

「後はリタに任せるわい」
「はいはい」

 アラキナはティーカップをテーブルの端によけると、ツリーハウスの間を通り、森の奥へと消えていった。黒いローブが森の影に紛れ、あっという間にその姿が消える。

 それを確認すると、クライヴは大きく息を吐いた。気づかぬうちに肩が凝っていたようだ。凝りをほぐすように、右肩を、そして左肩をゆっくりと動かす。肩甲骨辺りが引っ張られたようにずしんと重く痛んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

処理中です...