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魔女の村ミスルトー
56 そこは魔女の村4-2
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「魔獣に遭遇したショックで寝込むって話は珍しくないからねえ。まあ私、あの子と話したことないからよく分かんないけど。クライヴ、心当たりない?」
その言葉に、クライヴは考え込む。
メルリアは祖母と約束した花を探している。それは不思議な花らしく、この間は詳しく聞かなかった。
だから分からない――そこまで思い至ると、はっとする。
思えば、喋るのは自分ばかりだった。メルリアは尋ねれば基本的には答えるが、あまり自分のことを話さず、クライヴのことを尋ねてばかり。年も分からないし、祖母以外の家族のことも知らないし、好きなものも趣味も分からない。クライヴは唇を噛んだ。
――思えば俺は、メルリアのことを何も知らないのだ。
クライヴは頭を振ると、ため息をついた。
「そっか……でも、そろそろ起こさないとまずいよね。あの子、なーんにも食べてないんだからさ」
メルリアがヴェルディグリを出たのは朝。魔獣に襲われたのはちょうど昼頃だ。つまり、あれから丸一日食事をとっていない事になる。
クライヴは顔を上げ、先ほどリタが見ていたツリーハウスに視線を向ける。
扉は固く閉ざされたまま、やはり開かれる気配はない。階段から枯れ葉がコロコロと転がり落ちるだけだ。広場から見える範囲全てのツリーハウスの扉を確認したが、どれも変わった様子はない。クライヴは目を伏せた。
パチン、と、指が鳴る。
「儂が気付け薬を作ってやるかのぅ!」
今までだんまりと二人を窺っていたアラキナが、ぬっと椅子から立ち上がった。場に似合わぬ満面の笑みを浮かべると、乾いた音を響かせ手を叩く。その途端、底の深い黒い鍋が突然机の上に現れた。
「リタ、あの木からフィグフィルを取ってこい」
「やーめなさいって!」
リタは珍しく声を荒立てると、アラキナの背中を無遠慮に叩いた。非難するような視線を向けてから、肩を落とす。
クライヴには聞き慣れない単語だった。文脈から察するに植物なのだろうとは分かるが……。二人の様子を真剣に窺う。その強い視線に気づいたリタは、肩をすくめてため息をついた。
「端的に説明すると、惚れ薬の材料」
クライヴが目を見開くと、それを待っていたとばかりにアラキナがケラケラ笑った。
「そういう事言ってる場合じゃ……!」
クライヴの顔がかっと熱くなる。思わず声を尖らせそうになったが、感情を出し切る前に言葉を飲み込むことでやり過ごした。次第にその熱が沈黙と共に引いていく。
ここで怒ったところで何の解決にもならないし、これではただの八つ当たりだ――。やり場のない感情を吐き出すように、クライヴは荒っぽいため息をついた。
「はーヤレヤレ。あの男に似て冗談が通じぬヤツじゃ」
「今回のはアラキナさんが悪いと思うよ」
反省する様子など一切見せず、キョキョキョと鳥のさえずりそっくりな奇妙な音で笑った後、アラキナは再び手を叩く。
すると、テーブルの上に鎮座していた黒い鍋が瞬時に消えた。アラキナは憑き物が落ちたように無表情になると、椅子を押した。
「後はリタに任せるわい」
「はいはい」
アラキナはティーカップをテーブルの端によけると、ツリーハウスの間を通り、森の奥へと消えていった。黒いローブが森の影に紛れ、あっという間にその姿が消える。
それを確認すると、クライヴは大きく息を吐いた。気づかぬうちに肩が凝っていたようだ。凝りをほぐすように、右肩を、そして左肩をゆっくりと動かす。肩甲骨辺りが引っ張られたようにずしんと重く痛んだ。
その言葉に、クライヴは考え込む。
メルリアは祖母と約束した花を探している。それは不思議な花らしく、この間は詳しく聞かなかった。
だから分からない――そこまで思い至ると、はっとする。
思えば、喋るのは自分ばかりだった。メルリアは尋ねれば基本的には答えるが、あまり自分のことを話さず、クライヴのことを尋ねてばかり。年も分からないし、祖母以外の家族のことも知らないし、好きなものも趣味も分からない。クライヴは唇を噛んだ。
――思えば俺は、メルリアのことを何も知らないのだ。
クライヴは頭を振ると、ため息をついた。
「そっか……でも、そろそろ起こさないとまずいよね。あの子、なーんにも食べてないんだからさ」
メルリアがヴェルディグリを出たのは朝。魔獣に襲われたのはちょうど昼頃だ。つまり、あれから丸一日食事をとっていない事になる。
クライヴは顔を上げ、先ほどリタが見ていたツリーハウスに視線を向ける。
扉は固く閉ざされたまま、やはり開かれる気配はない。階段から枯れ葉がコロコロと転がり落ちるだけだ。広場から見える範囲全てのツリーハウスの扉を確認したが、どれも変わった様子はない。クライヴは目を伏せた。
パチン、と、指が鳴る。
「儂が気付け薬を作ってやるかのぅ!」
今までだんまりと二人を窺っていたアラキナが、ぬっと椅子から立ち上がった。場に似合わぬ満面の笑みを浮かべると、乾いた音を響かせ手を叩く。その途端、底の深い黒い鍋が突然机の上に現れた。
「リタ、あの木からフィグフィルを取ってこい」
「やーめなさいって!」
リタは珍しく声を荒立てると、アラキナの背中を無遠慮に叩いた。非難するような視線を向けてから、肩を落とす。
クライヴには聞き慣れない単語だった。文脈から察するに植物なのだろうとは分かるが……。二人の様子を真剣に窺う。その強い視線に気づいたリタは、肩をすくめてため息をついた。
「端的に説明すると、惚れ薬の材料」
クライヴが目を見開くと、それを待っていたとばかりにアラキナがケラケラ笑った。
「そういう事言ってる場合じゃ……!」
クライヴの顔がかっと熱くなる。思わず声を尖らせそうになったが、感情を出し切る前に言葉を飲み込むことでやり過ごした。次第にその熱が沈黙と共に引いていく。
ここで怒ったところで何の解決にもならないし、これではただの八つ当たりだ――。やり場のない感情を吐き出すように、クライヴは荒っぽいため息をついた。
「はーヤレヤレ。あの男に似て冗談が通じぬヤツじゃ」
「今回のはアラキナさんが悪いと思うよ」
反省する様子など一切見せず、キョキョキョと鳥のさえずりそっくりな奇妙な音で笑った後、アラキナは再び手を叩く。
すると、テーブルの上に鎮座していた黒い鍋が瞬時に消えた。アラキナは憑き物が落ちたように無表情になると、椅子を押した。
「後はリタに任せるわい」
「はいはい」
アラキナはティーカップをテーブルの端によけると、ツリーハウスの間を通り、森の奥へと消えていった。黒いローブが森の影に紛れ、あっという間にその姿が消える。
それを確認すると、クライヴは大きく息を吐いた。気づかぬうちに肩が凝っていたようだ。凝りをほぐすように、右肩を、そして左肩をゆっくりと動かす。肩甲骨辺りが引っ張られたようにずしんと重く痛んだ。
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