幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
92 / 197
魔女の村ミスルトー

56 そこは魔女の村4-1

しおりを挟む
 空になった皿がテーブルの端に積み上げられる。
 その山を見つめながら、クライヴは呆然と目を閉じた。

 色のキツイ料理の数々は、どれも自分の認識を疑うほど美味だった。

 黄色のスープからは夏のカレーに似た味がしたし、目玉を思わせる芋の塊は今まで食べたことのないモチモチとした食感が面白い。

 皮独特の若干の苦みも彼の好きな味だった。キュウリのサンドイッチはパンの焼き加減がサクサクと香ばしく、見た目通り美味だった。

 問題のお化けリンゴは、その青々と毒々しい見た目からは想像もできないくらいの普通の味だ。リンゴ自体の薄味を、周囲のキャラメルがうまく補っていた。

「ほいっと、食後のお飲み物、どーぞ」

 ガラス製の透明なティーカップに、リタが透明な液体を注いでいく。仕上げにとちぎったバジルの葉をさらさらと浮かべた後、クライヴに差し出した。ふわりとレモンの香りが漂う。狭いグラスの中で静かに揺れるそれは、まるで湖に浮かぶ睡蓮の葉のようだ。

 ……まともな色彩のものが出てきた。クライヴは安堵し、ティーカップに口をつける。鼻を抜ける柑橘の香りの後、わずかにベリーのような甘酸っぱい味が舌に残った。

「リタ。メルリアは起きてたか?」

 その問いかけに、リタは首を横に振った。

「ううん。さっき見に行ったけど……。あの子、ずっと寝てるねえ」

 リタは再びティーカップに口をつけ、手前のツリーハウスに視線を向けた。
 扉が開く様子がないと判断すると、ティーポットから二杯目を注ぐ。注ぎ口から潰れたブルーベリーが顔を出すと、リタはへにゃっと気の抜けた笑みを浮かべた。

 ……メルリア、まだ起きてないのか。
 クライヴは両眉を寄せた。透明なティーカップはテーブルの柔らかな木目の焦げ茶を、水のような甘い液体は森の裂け目の青を映し出す。穏やかに吹く風が、その中に散るバジルの葉を揺らした。

 リタはティーカップをゆっくり傾け、底に溜まったブルーベリーをカップの中で転がす。それを見つめながら、ぽつりとつぶやいた。

「これは私の直感だけどさ。あの子、起きたくないんじゃないかなあ」
「え……」

 クライヴは思わず顔を上げた。

 しかし、リタはカップの底を見つめたままだ。彼女はクライヴのつぶやきを聞いていたが、気づかないふりをした。透明なティーカップの中に、先ほどまでの記憶が透けるように蘇る。

 昨晩は酷くうなされていたし、体温も高く汗もかいていた。それに対して、翌朝はただただ静かに眠っていたし、表情は苦痛の色は見えない。呼吸も安定している。今朝のメルリアは落ち着いていた。目を覚まさないことが不思議なほどに。

 リタはようやく顔を上げると、まじまじとこちらを見つめるクライヴを見て、へにゃりと笑った。

「まー、私も朝は苦手だし、起きたくないねえ。ずっとベッドでゴロゴロできたらいいよねえ。幸せだよねえ」

 リタはのほほんと笑う。その表情は平和そのものであり、ゆっくりとした口調は周囲を和ませる。

 しかし、クライヴはそうはいかなかった。険しい顔つきで、固く握りしめた自身の両手を見つめる。

 思い出すのは昨日――魔獣に襲われた時のことだ。魔獣に気づいたメルリアの表情をはっきりと覚えている。
 目を丸く見開き、口の端がわずかに震えていた。クライヴ自身がメルリアを庇った瞬間も、彼女の表情は固まったままだった。

 起きたくないってどういうことだ?
 クライヴは首をひねる。

 直前に見たものが関係しているとしても、それだけでは腑に落ちない。そもそもメルリアが寝坊するというイメージがなかった。シーバからヴェルディグリへ共に向かう間、彼女は必ず約束の時間を守った。それも十分前に。私生活においてだらしない方ではないだろう――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

処理中です...