幾望の色

西薗蛍

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魔女の村ミスルトー

53 そこは魔女の村1-2

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 ふあっと大きく口を開け、目をこする。エルフの少女にあくびが移り、彼女は口を手で覆った。

 クライヴはその音を聞きながら、何度か瞬きを繰り返す。

 もうこれ以上気を張る必要がない――思い至った途端、無意識に押しやっていた緊張や疲れが一気にあふれ出した。
 瞼が重い。けれど、起きていなくては。それは分かっていた。
 しかし、もうそんなことどうでもいい、このまま眠ってしまいたい。

 クライヴは眠気に抗い、何度か目を開こうともがくが、それよりも閉じている時間の方がずっと長くなってゆく。
 少女やイリス達の笑い声が遠く、聞こえる言葉が途切れ途切れになる。クライヴは体を包む温かさに身を任せ、目を閉じた。

 もう一度目を開く気力は残っていなかった。

「――そういえば、そこのお兄さんは誰? 見る感じ、変な人間だねえ」
「あっ、そうそう。今日はそのことについて聞きに来たのよ。リタよりアラキナさんの方が詳しいと思ったんだけど」

 エルフの少女――リタはクライヴを指差して言う。

 クライヴは頭を垂れたまま椅子に座り込み、その場からびくとも動かない。肩がゆっくりと上下しているが、その動きはまるで……。

「寝てるねぇ」
「寝たわね……」

 リタとイリスの声が重なる。二人は顔を見合わせてやれやれと呆れた表情を浮かべた。リタの方は微少交じりであったが。

 眠っているクライヴには構わず、クロードは再び厳しい視線を向けた。
 自分たちが名乗りを上げてから今までは、特別怪しい動きは見せていない。疑わしい魔力の動きや、魔術や魔法らしき反応もない。

 クライヴがただの怪しい人物であれば、この時点でクロードも警戒を解いていただろう。
 しかし――クロードはを見てしまった。それのせいで、クライヴが信頼に足る人物だとは到底思えなかった。

 彼にとってそれは非常に不可解で、答えを提示されなければ納得できない類いの事象なのだ。

 クロードはもう一度クライヴの様子を窺う。動く気配がないことを用心深く確認した後、リタに視線を向ける。

「アラキナさんは?」
「今晩の食材集め。裏にあるお化けリンゴが食べ頃なんだって。クロードも食べてく?」

 その言葉にクロードは眉根を寄せた。苦い表情を浮かべているが、肯定も否定もしない。あまり好きではなかったからだ。

 お化けリンゴとは、この辺りに自生するリンゴの一種である。

 見た目は一般的に流通しているものと変わりはないが、味は薄く香りは強い。
 年中実をつける珍しい種類ではあるが、このリンゴ一番の特徴は皮の色である。
 原色に近い青色をしており、いかにも毒々しい。その毒々しさに反し、味と香りは普通に美味であるというお化けリンゴは、食べた者の脳を確実に混乱させる。
 彼はそれが苦手だった。

 返事をしないクロードからくるりと顔を背け、隣に座るイリスを見てリタは微笑みかける。

「イリスはもちろん食べるよねー?」
「もちろんご馳走になるわ! ここに来ないと食べられないもの」

 対して、イリスはお化けリンゴが大好物である。

 引きつった笑みを浮かべるクロードは、ふと背後に何かの気配を感じる。
 足音はなく、突然のことだった。振り返ったクロードはその光景に目を丸くする。

 真っ先に視界に入ったのは、先ほど話題に出ていたお化けリンゴだったのだ。
 つやつやと表面が輝き、物好きな鳥がつついた痕からは、皮の色素が混ざり薬品をばらまいたような、奇妙な色合いの蜜が溢れる。
 そのくせ香りはリンゴそのもので、どう見ても不味そうなのに美味そうな匂いがした。

 その不可解な不快感に、クロードの眉間にしわが寄る。

「ヒェッヒェッヒェ……」

 そんな中、明らかに怪しい声が響く。
 黒いローブを身にまとった老婆が、俯きながら笑っていた。

 顔を覆うマントのせいで表情は窺えないが、その黒からは高く長い鼻がのぞく。腕には藤で編んだバスケットを提げており、山のように収穫したお化けリンゴが、バスケットの中をごろりと転がった。

「いい反応じゃあ」

 耳のすぐ近くまで己の鼓動が聞こえてくるような錯覚を覚えながら、クロードは一度大きく咳払いした。

「……アラキナさん、お久しぶりです」

 仰々しく作ったように丁寧な口調で、一言一句はっきりと伝える。
 驚きと苛立ちから来るものであったが、それを知ったところで老婆は態度を変えない。

 老婆はフードを取ると、空いている椅子に腰掛けた。バスケットを足下に置くと、わざとらしく右肩をぽんぽんと叩く。

「ノルデの息子。用は何じゃ」
「この男について――眠っていますけれど、こいつは何者ですか?」

 アラキナはクライヴに視線を向けると、大げさに首をかしげた。とぼけたような表情を浮かべている。

「魔獣の手下か何か、とか……」

 その言葉を聞いた途端、老婆がパチン、パチン、と、乾いた音を立てて手を叩いた。

「カッカッカ! ノルデの血筋とはいえ、おぬしもまだまだ青いのう!」

 独特な笑い方でアラキナは笑う。森がそれに呼応するように、静かな風が立った。

 クロードはその反応に口を固く閉ざす。腕を組んで、明らかに不満だと態度で示した。彼は至って真面目だった。

「安心せい、お主の危惧は杞憂じゃ」
「どういうことか説明してもらいましょうか?」

 食い気味にクロードは言う。声色にはなお怒りをはらんでいた。

「それはなぁ……」

 アラキナは空を仰ぐ。

 十分に成長した木の枝枝が、天に向かってまっすぐ伸びていた。
 それは村に大きな影を落とし、広場だけに確かな光が差している。

 碧い景色にぽっかりと丸い穴が空いたその空間に、大形の鳥が旋回していた。
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