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ヴィリディアンの街道2
52 魔術士二人 2-1
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どこに居るとも分からない鳥が、木に実った赤い実をつつく。
その明るい鳴き声は森中にこだました。やがて、羽音を響かせながら隣の木の枝に止まると、周囲を警戒するようキョロキョロと首を動かす。
三人は、木々の生い茂る薄暗い森を歩いていた。
メルリアを背負ったイリスを先頭に、その後をクライヴが、一番後ろにクロードが続いた。
道の脇では、膝までの高さがある草をガサガサとかき分ける音。その間からは、キツネのような影が浮かんだ。
クライヴはそちらに目を向けたが、他の二人はその音に何の反応も示さない。
これは普通の野生動物で、魔獣ではないのだろう――。クライヴは小さく息をつく。
彼の目の前を歩くイリスは、ふんふんと異国風のメロディーを口ずさんでいた。軽やかな足取りが、ところどころ雑草の生える軟らかい土を踏みしめていく。
対照的に、クライヴの後ろを歩くクロードは、周囲とクライヴを警戒しながら進む。
視界に飛び込む景色はどこか心地がいいが、背後から刺さるような視線は正反対だ。
はっきり言って、居心地が悪い。悟られぬよう、クライヴは眉をひそめた。
人ではないのではないか、と馬鹿にされたかと思えば、人間ではない変化があったと責め立てられる。
自分がおかしいのか?
もし、本当に、自分が人間ではないとしたら……?
いや、そんなはずはない。クライヴは頭を振る。両親は至って普通の人だし、親戚にも不思議なところはない。
第一、喉が変だなんて言っているのは自分だけで……もしかしたら、自分だけが違う? いや、顔や声は父親によく似ていると言われるし……。
それとも、親とは血が繋がっていないんじゃないか――。
疲れのせいか、クライヴの思考があらぬ方向に向かっていく。
「クライヴ、ちょっとあたしの横に来て」
混沌としていく思考を止めたのは、イリスだった。顔を上げると、先を行く彼女の隣に立つ。
クロードは距離を維持したまま、クライヴへの警戒だけを強めた。
それを横目で視認すると、イリスは前を向いて苦笑する。吹き出してしまうほどのしかめっ面だ。こんなんじゃ、子供も黙って泣き出すよなあ――などと思いながら、隣を歩くクライヴを見る。完全に疲弊していた。
そんな彼とは対照的に、イリスは心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
「あんたとメルリアってどういう関係? 付き合ってんの~?」
あえてこの場の三人全員に聞こえるような声で尋ねた。
盛大に咳き込むクライヴの後ろで、やれやれとクロードはため息をつく。
「あたしが顔を出した時、抱きしめてたから、そうかな~って」
ニヤニヤとイリスは笑い、腕で軽くクライヴをつつく。
「違……っ、付き合ってないし、それはそういう事じゃない! メルリアがあの爪痕のところにいたから危ないと思って、とっさに必死で……」
イリスはからかうようににやけ顔を向け続ける。
「ふーん。じゃ、片思いなのね!」
その言葉に、クライヴは目を見開いた。
咄嗟に否定しようと口を開くが、息を切るような短い音ばかりで言葉にならない。それどころか、顔がみるみるうちに熱くなっていく。
地面を擦って小さな切り傷がいくつもできた右手が、じんじんと痛んだ。
クライヴにとって、メルリアにそこまでの気持ちはない――はずだった。
なぜか自分のことをよく覚えている、人当たりのいい女の子。それだけのはずだったのに。
柔らかな髪に触れた右手に、熱の余韻が蘇る。あの時から何かが決定的に変わってしまった。
「あんたの顔真っ赤。何言っても説得力ないわよ。大丈夫、黙っておいてあげるからっ」
イリスは上機嫌なまま、控えめにクライヴの背中を叩いた。ぽんぽんと音を立て、衣類に付着した土煙が舞う。
わずかに背中がビリビリと痛むが、それどころではない。
クライヴはうるさく脈打つ鼓動の音を聞きながら、視線を斜め下に逸らした。彼は、魂が抜けたような表情をしていた。
クライヴの顔は未だに耳まで真っ赤である。木々の間から差す木漏れ陽が、その赤をくっきりと照らした。
その明るい鳴き声は森中にこだました。やがて、羽音を響かせながら隣の木の枝に止まると、周囲を警戒するようキョロキョロと首を動かす。
三人は、木々の生い茂る薄暗い森を歩いていた。
メルリアを背負ったイリスを先頭に、その後をクライヴが、一番後ろにクロードが続いた。
道の脇では、膝までの高さがある草をガサガサとかき分ける音。その間からは、キツネのような影が浮かんだ。
クライヴはそちらに目を向けたが、他の二人はその音に何の反応も示さない。
これは普通の野生動物で、魔獣ではないのだろう――。クライヴは小さく息をつく。
彼の目の前を歩くイリスは、ふんふんと異国風のメロディーを口ずさんでいた。軽やかな足取りが、ところどころ雑草の生える軟らかい土を踏みしめていく。
対照的に、クライヴの後ろを歩くクロードは、周囲とクライヴを警戒しながら進む。
視界に飛び込む景色はどこか心地がいいが、背後から刺さるような視線は正反対だ。
はっきり言って、居心地が悪い。悟られぬよう、クライヴは眉をひそめた。
人ではないのではないか、と馬鹿にされたかと思えば、人間ではない変化があったと責め立てられる。
自分がおかしいのか?
もし、本当に、自分が人間ではないとしたら……?
いや、そんなはずはない。クライヴは頭を振る。両親は至って普通の人だし、親戚にも不思議なところはない。
第一、喉が変だなんて言っているのは自分だけで……もしかしたら、自分だけが違う? いや、顔や声は父親によく似ていると言われるし……。
それとも、親とは血が繋がっていないんじゃないか――。
疲れのせいか、クライヴの思考があらぬ方向に向かっていく。
「クライヴ、ちょっとあたしの横に来て」
混沌としていく思考を止めたのは、イリスだった。顔を上げると、先を行く彼女の隣に立つ。
クロードは距離を維持したまま、クライヴへの警戒だけを強めた。
それを横目で視認すると、イリスは前を向いて苦笑する。吹き出してしまうほどのしかめっ面だ。こんなんじゃ、子供も黙って泣き出すよなあ――などと思いながら、隣を歩くクライヴを見る。完全に疲弊していた。
そんな彼とは対照的に、イリスは心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
「あんたとメルリアってどういう関係? 付き合ってんの~?」
あえてこの場の三人全員に聞こえるような声で尋ねた。
盛大に咳き込むクライヴの後ろで、やれやれとクロードはため息をつく。
「あたしが顔を出した時、抱きしめてたから、そうかな~って」
ニヤニヤとイリスは笑い、腕で軽くクライヴをつつく。
「違……っ、付き合ってないし、それはそういう事じゃない! メルリアがあの爪痕のところにいたから危ないと思って、とっさに必死で……」
イリスはからかうようににやけ顔を向け続ける。
「ふーん。じゃ、片思いなのね!」
その言葉に、クライヴは目を見開いた。
咄嗟に否定しようと口を開くが、息を切るような短い音ばかりで言葉にならない。それどころか、顔がみるみるうちに熱くなっていく。
地面を擦って小さな切り傷がいくつもできた右手が、じんじんと痛んだ。
クライヴにとって、メルリアにそこまでの気持ちはない――はずだった。
なぜか自分のことをよく覚えている、人当たりのいい女の子。それだけのはずだったのに。
柔らかな髪に触れた右手に、熱の余韻が蘇る。あの時から何かが決定的に変わってしまった。
「あんたの顔真っ赤。何言っても説得力ないわよ。大丈夫、黙っておいてあげるからっ」
イリスは上機嫌なまま、控えめにクライヴの背中を叩いた。ぽんぽんと音を立て、衣類に付着した土煙が舞う。
わずかに背中がビリビリと痛むが、それどころではない。
クライヴはうるさく脈打つ鼓動の音を聞きながら、視線を斜め下に逸らした。彼は、魂が抜けたような表情をしていた。
クライヴの顔は未だに耳まで真っ赤である。木々の間から差す木漏れ陽が、その赤をくっきりと照らした。
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