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ヴィリディアンの街道2
51 魔術士二人 1-2
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「んで、クロ? どうかした?」
イリスは手帳を懐にしまうと、しかめっ面を続けるクロードに声をかけた。
その声に視線は動かすが、顔はクライヴに向いたままだ。彼は眼鏡をかけ直すと、疑るようにクライヴに問う。
「お前は何だ?」
「は……?」
突然の問いに、クライヴは頭が真っ白になる。返す言葉が見つからなかった。まだ名乗っていなかったが、この男はそんなことを聞きたいわけではないだろう。
「お前、魔力は全くないようだが、本当にないのか? 特殊な魔術や魔法で隠している? さっきのあれはなんだ?」
「何、を……」
「何言ってんの?」
探りを入れるように疑いをかけるクロードの言葉に、思わず声を荒らげてしまいそうになった。
が、クライヴの言葉は、イリスに遮られる。彼女は何度か瞬きを繰り返した。怒るでも困惑するでもなく、うまく聞こえなかったから聞き返す、というような声のトーンだった。
「お前から、明らかに人ではあり得ない変化が見て取れた」
とぼけたようなイリスの声には動じず、クロードの眉間にはますます皺が寄るばかりだった。
「なん……だよ、それ。意味分かんねぇ……」
つい最近聞いた医者の言葉を思い出し、クライヴの顔がかっと熱くなる。
しかし全身の痛みと疲れのせいで、怒る気力は残っていなかった。
肩に寄りかかったままのメルリアに視線を向ける。しなやかな髪の房が、太陽の光を反射する。その様子に目を細めた。
そんな中、イリスは二人の顔を交互に見る。何度か頷いてから、口を開いた。
「この人……ええと、名前は?」
明らかに名乗る流れではない時に名前を聞かれ、クライヴは一瞬言葉が詰まる。
「クライヴ。……クライヴ・シーウェル」
「そ、クライヴね」
呆気にとられながらも、自身の名前をフルネームで伝えると、イリスはまた頷いた。
わざとらしく咳払いをしてから、イリスは切り出す。
「クロくらい多識なら、クライヴが嘘ついてない事くらい分かるでしょ?」
「意識しているしていないに拘らず、こいつが無害であると保証はできない」
クロードは、イリスの言葉を否定しなかったが、己の主張も決して曲げなかった。
クライヴは疲れていた。無礼なことを言われていると分かっているが、もう何も言葉が出てこなかった。
何を言っても無駄だと思ったし、それに反論するだけの気力がないのだ。
「そうね」
イリスはクロードに拳を突き出す。その拳から人差し指だけが伸び、一の数字を表した。
「じゃ、あたし達より詳しい人に判断してもらえばいい。年の功に頼るの」
クロードは眉を上げ、明らかに驚いたといった表情をした。それを見て、イリスは満足げに笑う。
「魔獣のなんかがメルリアに影響を及ぼしていたら困るわけだし、その辺りも解決するでしょ?」
クロードは否定も肯定もせずに言い淀む。それを否定でないと受け取ったイリスはその指を動かし、行くべき先の道へ指を指し示した。そこは、看板に私有地と記されている森の奥だ。
イリスは改めてクライヴに向き直る。
「あんたもメルリアも、ちゃんと治療してもらわないと。案内するわ」
イリスは手荷物を全てクロードに押しつける。クライヴの傍で腰を下ろすと、ぐったりと気絶するメルリアを背負った。
体のシルエットは年相応の女性――どちらかといえば痩せ型であるが、女性一人を表情一つ変えず背負えるのは、相当鍛えている証拠だ。頭の働かないクライヴでも、それくらいは判った。
「どこへ行くんだ? この近く、宿酒場なんてあったか?」
痛む体中に鞭を打つような痛みを感じながらも、クライヴは立ち上がる。普段通りとは行かないが、歩くことならできそうだ。土に汚れた服を払う余裕はない。
「いいえ。この先にあるのは魔女の村よ」
イリスは再び森の奥を指差すと、ニッと怪しい笑みを浮かべた。
イリスは手帳を懐にしまうと、しかめっ面を続けるクロードに声をかけた。
その声に視線は動かすが、顔はクライヴに向いたままだ。彼は眼鏡をかけ直すと、疑るようにクライヴに問う。
「お前は何だ?」
「は……?」
突然の問いに、クライヴは頭が真っ白になる。返す言葉が見つからなかった。まだ名乗っていなかったが、この男はそんなことを聞きたいわけではないだろう。
「お前、魔力は全くないようだが、本当にないのか? 特殊な魔術や魔法で隠している? さっきのあれはなんだ?」
「何、を……」
「何言ってんの?」
探りを入れるように疑いをかけるクロードの言葉に、思わず声を荒らげてしまいそうになった。
が、クライヴの言葉は、イリスに遮られる。彼女は何度か瞬きを繰り返した。怒るでも困惑するでもなく、うまく聞こえなかったから聞き返す、というような声のトーンだった。
「お前から、明らかに人ではあり得ない変化が見て取れた」
とぼけたようなイリスの声には動じず、クロードの眉間にはますます皺が寄るばかりだった。
「なん……だよ、それ。意味分かんねぇ……」
つい最近聞いた医者の言葉を思い出し、クライヴの顔がかっと熱くなる。
しかし全身の痛みと疲れのせいで、怒る気力は残っていなかった。
肩に寄りかかったままのメルリアに視線を向ける。しなやかな髪の房が、太陽の光を反射する。その様子に目を細めた。
そんな中、イリスは二人の顔を交互に見る。何度か頷いてから、口を開いた。
「この人……ええと、名前は?」
明らかに名乗る流れではない時に名前を聞かれ、クライヴは一瞬言葉が詰まる。
「クライヴ。……クライヴ・シーウェル」
「そ、クライヴね」
呆気にとられながらも、自身の名前をフルネームで伝えると、イリスはまた頷いた。
わざとらしく咳払いをしてから、イリスは切り出す。
「クロくらい多識なら、クライヴが嘘ついてない事くらい分かるでしょ?」
「意識しているしていないに拘らず、こいつが無害であると保証はできない」
クロードは、イリスの言葉を否定しなかったが、己の主張も決して曲げなかった。
クライヴは疲れていた。無礼なことを言われていると分かっているが、もう何も言葉が出てこなかった。
何を言っても無駄だと思ったし、それに反論するだけの気力がないのだ。
「そうね」
イリスはクロードに拳を突き出す。その拳から人差し指だけが伸び、一の数字を表した。
「じゃ、あたし達より詳しい人に判断してもらえばいい。年の功に頼るの」
クロードは眉を上げ、明らかに驚いたといった表情をした。それを見て、イリスは満足げに笑う。
「魔獣のなんかがメルリアに影響を及ぼしていたら困るわけだし、その辺りも解決するでしょ?」
クロードは否定も肯定もせずに言い淀む。それを否定でないと受け取ったイリスはその指を動かし、行くべき先の道へ指を指し示した。そこは、看板に私有地と記されている森の奥だ。
イリスは改めてクライヴに向き直る。
「あんたもメルリアも、ちゃんと治療してもらわないと。案内するわ」
イリスは手荷物を全てクロードに押しつける。クライヴの傍で腰を下ろすと、ぐったりと気絶するメルリアを背負った。
体のシルエットは年相応の女性――どちらかといえば痩せ型であるが、女性一人を表情一つ変えず背負えるのは、相当鍛えている証拠だ。頭の働かないクライヴでも、それくらいは判った。
「どこへ行くんだ? この近く、宿酒場なんてあったか?」
痛む体中に鞭を打つような痛みを感じながらも、クライヴは立ち上がる。普段通りとは行かないが、歩くことならできそうだ。土に汚れた服を払う余裕はない。
「いいえ。この先にあるのは魔女の村よ」
イリスは再び森の奥を指差すと、ニッと怪しい笑みを浮かべた。
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