81 / 197
ヴィリディアンの街道2
49 夏空の街道2
しおりを挟む
「……前々から思ってたんだけどさ」
先に進もうとしたメルリアの足を、クライヴの躊躇いがちな声が引き留める。
「メルリアが嫌じゃなかったら、もう少し楽に接してくれないか?」
前へ出した右足を引っ込めると、メルリアは振り返った。
彼は少し困ったような表情を浮かべていたが、それ以外は普段と変わらない。言葉の意味が今一つ理解できず、首をかしげる。
「もう他人ってわけじゃないと思うし……、敬語じゃなくていいっていうか、同年代くらいの友人くらい気軽に接してもらえたら嬉しいんだけど」
メルリアはクライヴの提案に口をつぐんだ。
決して嫌というわけではない。
彼女には同年代の友人はいなかった。
ベラミントは田舎の村である。
あそこには子供がいることが珍しく、いたとしても観光客か旅行客で、住む人間は年寄りが多い。
生まれてから十八年、年の近い人と長くかかわったのはつい先日、シーバでのフィリスとフィオンくらいのものだ。
あれくらいの距離感で接していいものだろうか?
けれど、年下に見るような言動は失礼じゃないだろうか……?
メルリアがうんうんと頭を捻らせていると、クライヴはばつが悪そうに頬をかく。
「嫌だったらいいんだけど」
その言葉に、メルリアは首を横に振った。
どう言うべきかと困っていると、脳裏に祖母の笑顔が浮かぶ。
フィリスやフィオンといった年下に接するように、というのは少し抵抗があるが、祖母にするように喋るのは、自然にできる気がした。
「う、ううん、嫌なんかじゃないで……、ない!」
メルリアはでかかった丁寧語を喉の奥に無理矢理押し込んだ。
大きく息を吐くと、左胸に手を当てる。
ほんの少しだけ早い胸の鼓動が右手に伝わった。大丈夫と呟いて、顔を上げる。
「嫌なんかじゃないよ……って、失礼じゃないかな?」
メルリアは慎重に一つずつ言葉を口にする。
「そんなことない」
苦笑するメルリアを見て、クライヴは間を入れず否定した。
その様子に、メルリアは安心したように微笑む。
「なんだか仲良くなれたみたいで、嬉しい」
メルリアは声を弾ませ、軽い足取りで街道を駆けていった。
無邪気に見せる笑顔にクライヴの視線が奪われること、一刻。
その間に、二人には馬車一台分ほどの距離が広がっていた。
クライヴもその後を続こうと、一歩足を踏み出すと、何か柔らかい物を踏んだような感触があった。
左足の靴が引っ張られ、転びそうになったが持ちこたえる。視線を落とすと、左の靴紐がだらんと前方へ伸びていた。
片方の紐は土色に変色しており、靴の裏に似た模様がついている。
どうやらこれを踏んだらしい。
「メルリア、悪い。靴紐が解けたみたいだ。すぐに行くから、先に行っててくれ」
「うん、分かった」
メルリアは少しペースを落として、街道を歩いて行った。
クライヴは手早く左側の靴紐を固く結ぶと、念のため右側も確認する。
こちらの結び目も緩んでいるようだ。念のため直しておかないと――。
クライヴは一度顔を上げ、メルリアの姿を確認する。
確かに距離はあるが、走ればすぐに追いつく距離だ。
風に揺れ、二つに結んだメルリアの髪がさらさらと風になびく。
古ぼけたリュックには、昔、彼女の祖母からもらった白い石のお守りが揺れていた。
そんなメルリアの後ろ姿に、クライヴは目を奪われていた。
――それに私……、クライヴさんがとっても優しい人だって、知ってます。
頭の中では、先ほど聞いたばかりのメルリアの声を思い出す。
彼女の姿が徐々に遠ざかっていく。
ピタリと足を止め、メルリアが振り返った。その様子にはっとしたクライヴは、手を上げて応える。
「悪い、すぐ行く!」
遠くにいるメルリアに叫ぶと、彼女は頷いてまたゆっくりと歩き始める。
クライヴは手早く右側の靴紐を縛り終わり、立ち上がった。
慌てて追いかけようと、右足を前に出す。
が、一歩踏み出したところで足を止めた。
左方の森から、ヒュウヒュウと音を立て冷たい風が吹いた。
まるで木枯らしを思わせるそれは、その森の木々から五枚ほど葉をもぎ取り、街道を吹き過ぐ。
通り雨のような鋭い風が止むと、舞っていた青葉が地面に落ちた。枯れ葉のような乾いた音はない。
……嫌な予感がする。
クライヴは急いでメルリアの元に向かった。
先に進もうとしたメルリアの足を、クライヴの躊躇いがちな声が引き留める。
「メルリアが嫌じゃなかったら、もう少し楽に接してくれないか?」
前へ出した右足を引っ込めると、メルリアは振り返った。
彼は少し困ったような表情を浮かべていたが、それ以外は普段と変わらない。言葉の意味が今一つ理解できず、首をかしげる。
「もう他人ってわけじゃないと思うし……、敬語じゃなくていいっていうか、同年代くらいの友人くらい気軽に接してもらえたら嬉しいんだけど」
メルリアはクライヴの提案に口をつぐんだ。
決して嫌というわけではない。
彼女には同年代の友人はいなかった。
ベラミントは田舎の村である。
あそこには子供がいることが珍しく、いたとしても観光客か旅行客で、住む人間は年寄りが多い。
生まれてから十八年、年の近い人と長くかかわったのはつい先日、シーバでのフィリスとフィオンくらいのものだ。
あれくらいの距離感で接していいものだろうか?
けれど、年下に見るような言動は失礼じゃないだろうか……?
メルリアがうんうんと頭を捻らせていると、クライヴはばつが悪そうに頬をかく。
「嫌だったらいいんだけど」
その言葉に、メルリアは首を横に振った。
どう言うべきかと困っていると、脳裏に祖母の笑顔が浮かぶ。
フィリスやフィオンといった年下に接するように、というのは少し抵抗があるが、祖母にするように喋るのは、自然にできる気がした。
「う、ううん、嫌なんかじゃないで……、ない!」
メルリアはでかかった丁寧語を喉の奥に無理矢理押し込んだ。
大きく息を吐くと、左胸に手を当てる。
ほんの少しだけ早い胸の鼓動が右手に伝わった。大丈夫と呟いて、顔を上げる。
「嫌なんかじゃないよ……って、失礼じゃないかな?」
メルリアは慎重に一つずつ言葉を口にする。
「そんなことない」
苦笑するメルリアを見て、クライヴは間を入れず否定した。
その様子に、メルリアは安心したように微笑む。
「なんだか仲良くなれたみたいで、嬉しい」
メルリアは声を弾ませ、軽い足取りで街道を駆けていった。
無邪気に見せる笑顔にクライヴの視線が奪われること、一刻。
その間に、二人には馬車一台分ほどの距離が広がっていた。
クライヴもその後を続こうと、一歩足を踏み出すと、何か柔らかい物を踏んだような感触があった。
左足の靴が引っ張られ、転びそうになったが持ちこたえる。視線を落とすと、左の靴紐がだらんと前方へ伸びていた。
片方の紐は土色に変色しており、靴の裏に似た模様がついている。
どうやらこれを踏んだらしい。
「メルリア、悪い。靴紐が解けたみたいだ。すぐに行くから、先に行っててくれ」
「うん、分かった」
メルリアは少しペースを落として、街道を歩いて行った。
クライヴは手早く左側の靴紐を固く結ぶと、念のため右側も確認する。
こちらの結び目も緩んでいるようだ。念のため直しておかないと――。
クライヴは一度顔を上げ、メルリアの姿を確認する。
確かに距離はあるが、走ればすぐに追いつく距離だ。
風に揺れ、二つに結んだメルリアの髪がさらさらと風になびく。
古ぼけたリュックには、昔、彼女の祖母からもらった白い石のお守りが揺れていた。
そんなメルリアの後ろ姿に、クライヴは目を奪われていた。
――それに私……、クライヴさんがとっても優しい人だって、知ってます。
頭の中では、先ほど聞いたばかりのメルリアの声を思い出す。
彼女の姿が徐々に遠ざかっていく。
ピタリと足を止め、メルリアが振り返った。その様子にはっとしたクライヴは、手を上げて応える。
「悪い、すぐ行く!」
遠くにいるメルリアに叫ぶと、彼女は頷いてまたゆっくりと歩き始める。
クライヴは手早く右側の靴紐を縛り終わり、立ち上がった。
慌てて追いかけようと、右足を前に出す。
が、一歩踏み出したところで足を止めた。
左方の森から、ヒュウヒュウと音を立て冷たい風が吹いた。
まるで木枯らしを思わせるそれは、その森の木々から五枚ほど葉をもぎ取り、街道を吹き過ぐ。
通り雨のような鋭い風が止むと、舞っていた青葉が地面に落ちた。枯れ葉のような乾いた音はない。
……嫌な予感がする。
クライヴは急いでメルリアの元に向かった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました
mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。
なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。
不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇
感想、ご指摘もありがとうございます。
なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。
読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。
お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。

コインランドリーの正しい使い方
菅井群青
恋愛
コインランドリーの乾燥機をかけた時のふわっと感が大好きで通う女と……なぜかコインランドリーに行くと寝れることに気が付いた男の話
「今日乾燥機回しに行かれるんですよね?」
「いや、めっちゃ外晴れてましたけど……」
コインランドリーの魔女と慕われ不眠症の改善のためになぜか付きまとわれる羽目になった。
「寝させてください……」
「いや、襲われてる感出すのだけはやめようか、うん」

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

神様のミスで女に転生したようです
結城はる
ファンタジー
34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。
いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。
目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。
美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい
死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。
気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。
ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。
え……。
神様、私女になってるんですけどーーーー!!!
小説家になろうでも掲載しています。
URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!
神桜
ファンタジー
小学生の子を事故から救った華倉愛里。本当は死ぬ予定じゃなかった華倉愛里を神が転生させて、愛し子にし家族や精霊、神に愛されて楽しく過ごす話!
『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!』の番外編を『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!番外編』においています!良かったら見てください!
投稿は1日おきか、毎日更新です。不規則です!宜しくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる