幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
80 / 197
ヴィリディアンの街道2

48 夏空の街道1-2

しおりを挟む
 そんな様子のメルリアをチラリと伺うと、クライヴは不思議そうに眉をひそめた。

「よくそんな風に希望が持てるな」

 クライヴは吐き捨てると、拳を握った。視線を足下にそらす。
 どうしてそう言い切れるのか理解できなかったのだ。

 自分と目を合わせようとしないクライヴを見て、彼の視線の先と彼の表情を交互に見取る。
 クライヴとは逆方向に視線をそらし、ほんの一瞬考え込んだ。やがて、意を決したように一歩前に出る。

「何か、あったんですか?」
「……医者にさ、言われたんだ」

 大げさに、他人事を装うような声だった。
 不安げにこちらを窺うメルリアの表情が視界に入って、顔を背けるように視線をそらす。脇に広がる森の闇を見つめながら、諦めたように笑った。


「『どこにも異常はない、そんな症状はあり得ない』、『人間じゃないんじゃないですか?』だってさ」

 当時の苦い記憶を呼び起こしながら、クライヴは聞いたばかりの声を繰り返す。
 馬鹿にされた表情を思い起こすと、嘲笑に似た笑いが自然と漏れていた。

「ひどい……」

 メルリアは胸の前でぎゅっと自身の手を握る。
 その言葉にメルリアは愕然としていた。そんなにひどい事を言うお医者さんがいるのか、と。

「だったら俺はなんなんだ? あれは全部嘘だって言うのか」

 沸々と怒りと呆れに似た感情がクライヴの心の底から湧き上がる。
 決して声を荒らげる事はなかったが、行き場のない感情が彼の頭の中を支配していた。
 そんなはずない――心の奥底から言葉を棄てようと短く息を吸った。

「そんなこと、ないです」

 クライヴが棄てるはずだった言葉を口にしたのはメルリアだった。彼女は静かに首を横に振ると、悲しげに目を細めた。

「クライヴさんの体のこと、私には分からないけど……。勘違いなんかじゃないって断言できます」

 自然と作った握り拳から力が抜けていく。
 その右手を、メルリアは両手で包むように握った。
 やるせない怒りを感じていた彼の手は冷たく、その手に触れた彼女の手は温かい。

「それに私……、クライヴさんがとっても優しい人だって、知ってます」

 メルリアは真っ直ぐに言うと、触れた手にほんの少し力を込める。柔らかい表情で笑った。

 クライヴは目を見開いた。彼女の言葉に嘘偽りはない。誇張や自分の言葉を恥ずかしがる様子もなく、ただひたすらに真っ直ぐだ。

 胸の奥にじわりと熱が広がる。
 それはまるで、混沌とした宵闇の世界に一条の光が差すように。

 いつだってこの子は真剣だ――クライヴは自然に笑みを浮かべると、左手をメルリアの頭に伸ばす。髪の分け目を気遣いながら、彼女の頭を撫でた。

「ありがとう」

 メルリアは黙ってそれを受け入れていた。

 頭を撫でられたのはいつぶりだろう。こうされていると、どこかから懐かしい記憶が蘇ってくる。メルリアはゆっくりと記憶をたどった。

 ――ああ、そうだ。祖母がまだ元気だった頃。
 よく頑張ったね、ありがとうと、ロバータはたびたび彼女の頭を撫でていた。
 メルリアはそれが好きだった。少しざらついてちょっと痛い手で、時々髪に絡まるけれど、それがロバータらしいと思っていたから、決して嫌いではなかった。

「――っ、悪い! 突然、触ったりとかして」
「いえ、そんな。なんだか懐かしかったです」

 クライヴはメルリアの頭から慌てて手を離し、メルリアもクライヴの手を離す。
 メルリアは照れくさそうに笑うと、ずれたリュックを背負い直した。中身が音を立てて動く。

「メルリアはこれからどこへ向かうんだ?」
「グローカスに向かうつもりです。クライヴさんは?」

 クライヴの右手の人差し指がピクリと動く。看板を見て少し悩んだ後、彼は眉をひそめた。

「北に行こうとは思ってたんだ。けど、どっちへ行こうか迷ってて」
「じゃあ、とりあえず次の分かれ道まで一緒に行きませんか?」

 まるで手を差し伸べるように、メルリアはにこりとクライヴに微笑んだ。
 クライヴの右手がどうしようかと落ち着かない様子で動き、最終的に鞄の紐に触れて落ち着く。

「そう……だな。しばらくあるし、一緒に行くよ」
「よろしくお願いします!」

 深く頭を下げ、メルリアは笑顔を浮かべる。その表情は明るい。
 事実、嬉しかった。一月前に戻ったような気がしたからだ。
 あの時は馬車で、今からは徒歩で。
 ヴェルディグリからここまでそこそこの距離を歩いてきたはずなのに、脚の疲れをあまり感じない。

 今ならどこまでだって行ける気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈完結〉前世と今世、合わせて2度目の白い結婚ですもの。場馴れしておりますわ。

ごろごろみかん。
ファンタジー
「これは白い結婚だ」 夫となったばかりの彼がそう言った瞬間、私は前世の記憶を取り戻した──。 元華族の令嬢、高階花恋は前世で白い結婚を言い渡され、失意のうちに死んでしまった。それを、思い出したのだ。前世の記憶を持つ今のカレンは、強かだ。 "カーター家の出戻り娘カレンは、貴族でありながら離婚歴がある。よっぽど性格に難がある、厄介な女に違いない" 「……なーんて言われているのは知っているけど、もういいわ!だって、私のこれからの人生には関係ないもの」 白魔術師カレンとして、お仕事頑張って、愛猫とハッピーライフを楽しみます! ☆恋愛→ファンタジーに変更しました

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

コインランドリーの正しい使い方

菅井群青
恋愛
コインランドリーの乾燥機をかけた時のふわっと感が大好きで通う女と……なぜかコインランドリーに行くと寝れることに気が付いた男の話 「今日乾燥機回しに行かれるんですよね?」 「いや、めっちゃ外晴れてましたけど……」 コインランドリーの魔女と慕われ不眠症の改善のためになぜか付きまとわれる羽目になった。 「寝させてください……」 「いや、襲われてる感出すのだけはやめようか、うん」

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!

神桜
ファンタジー
小学生の子を事故から救った華倉愛里。本当は死ぬ予定じゃなかった華倉愛里を神が転生させて、愛し子にし家族や精霊、神に愛されて楽しく過ごす話! 『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!』の番外編を『私公爵令嬢としてこの世界を楽しみます!番外編』においています!良かったら見てください! 投稿は1日おきか、毎日更新です。不規則です!宜しくお願いします!

番認定された王女は愛さない

青葉めいこ
恋愛
世界最強の帝国の統治者、竜帝は、よりによって爬虫類が生理的に駄目な弱小国の王女リーヴァを番認定し求婚してきた。 人間であるリーヴァには番という概念がなく相愛の婚約者シグルズもいる。何より、本性が爬虫類もどきの竜帝を絶対に愛せない。 けれど、リーヴァの本心を無視して竜帝との結婚を決められてしまう。 竜帝と結婚するくらいなら死を選ぼうとするリーヴァにシグルスはある提案をしてきた。 番を否定する意図はありません。 小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...