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ヴィリディアンの街道2
48 夏空の街道1-2
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そんな様子のメルリアをチラリと伺うと、クライヴは不思議そうに眉をひそめた。
「よくそんな風に希望が持てるな」
クライヴは吐き捨てると、拳を握った。視線を足下にそらす。
どうしてそう言い切れるのか理解できなかったのだ。
自分と目を合わせようとしないクライヴを見て、彼の視線の先と彼の表情を交互に見取る。
クライヴとは逆方向に視線をそらし、ほんの一瞬考え込んだ。やがて、意を決したように一歩前に出る。
「何か、あったんですか?」
「……医者にさ、言われたんだ」
大げさに、他人事を装うような声だった。
不安げにこちらを窺うメルリアの表情が視界に入って、顔を背けるように視線をそらす。脇に広がる森の闇を見つめながら、諦めたように笑った。
「『どこにも異常はない、そんな症状はあり得ない』、『人間じゃないんじゃないですか?』だってさ」
当時の苦い記憶を呼び起こしながら、クライヴは聞いたばかりの声を繰り返す。
馬鹿にされた表情を思い起こすと、嘲笑に似た笑いが自然と漏れていた。
「ひどい……」
メルリアは胸の前でぎゅっと自身の手を握る。
その言葉にメルリアは愕然としていた。そんなにひどい事を言うお医者さんがいるのか、と。
「だったら俺はなんなんだ? あれは全部嘘だって言うのか」
沸々と怒りと呆れに似た感情がクライヴの心の底から湧き上がる。
決して声を荒らげる事はなかったが、行き場のない感情が彼の頭の中を支配していた。
そんなはずない――心の奥底から言葉を棄てようと短く息を吸った。
「そんなこと、ないです」
クライヴが棄てるはずだった言葉を口にしたのはメルリアだった。彼女は静かに首を横に振ると、悲しげに目を細めた。
「クライヴさんの体のこと、私には分からないけど……。勘違いなんかじゃないって断言できます」
自然と作った握り拳から力が抜けていく。
その右手を、メルリアは両手で包むように握った。
やるせない怒りを感じていた彼の手は冷たく、その手に触れた彼女の手は温かい。
「それに私……、クライヴさんがとっても優しい人だって、知ってます」
メルリアは真っ直ぐに言うと、触れた手にほんの少し力を込める。柔らかい表情で笑った。
クライヴは目を見開いた。彼女の言葉に嘘偽りはない。誇張や自分の言葉を恥ずかしがる様子もなく、ただひたすらに真っ直ぐだ。
胸の奥にじわりと熱が広がる。
それはまるで、混沌とした宵闇の世界に一条の光が差すように。
いつだってこの子は真剣だ――クライヴは自然に笑みを浮かべると、左手をメルリアの頭に伸ばす。髪の分け目を気遣いながら、彼女の頭を撫でた。
「ありがとう」
メルリアは黙ってそれを受け入れていた。
頭を撫でられたのはいつぶりだろう。こうされていると、どこかから懐かしい記憶が蘇ってくる。メルリアはゆっくりと記憶をたどった。
――ああ、そうだ。祖母がまだ元気だった頃。
よく頑張ったね、ありがとうと、ロバータはたびたび彼女の頭を撫でていた。
メルリアはそれが好きだった。少しざらついてちょっと痛い手で、時々髪に絡まるけれど、それがロバータらしいと思っていたから、決して嫌いではなかった。
「――っ、悪い! 突然、触ったりとかして」
「いえ、そんな。なんだか懐かしかったです」
クライヴはメルリアの頭から慌てて手を離し、メルリアもクライヴの手を離す。
メルリアは照れくさそうに笑うと、ずれたリュックを背負い直した。中身が音を立てて動く。
「メルリアはこれからどこへ向かうんだ?」
「グローカスに向かうつもりです。クライヴさんは?」
クライヴの右手の人差し指がピクリと動く。看板を見て少し悩んだ後、彼は眉をひそめた。
「北に行こうとは思ってたんだ。けど、どっちへ行こうか迷ってて」
「じゃあ、とりあえず次の分かれ道まで一緒に行きませんか?」
まるで手を差し伸べるように、メルリアはにこりとクライヴに微笑んだ。
クライヴの右手がどうしようかと落ち着かない様子で動き、最終的に鞄の紐に触れて落ち着く。
「そう……だな。しばらくあるし、一緒に行くよ」
「よろしくお願いします!」
深く頭を下げ、メルリアは笑顔を浮かべる。その表情は明るい。
事実、嬉しかった。一月前に戻ったような気がしたからだ。
あの時は馬車で、今からは徒歩で。
ヴェルディグリからここまでそこそこの距離を歩いてきたはずなのに、脚の疲れをあまり感じない。
今ならどこまでだって行ける気がした。
「よくそんな風に希望が持てるな」
クライヴは吐き捨てると、拳を握った。視線を足下にそらす。
どうしてそう言い切れるのか理解できなかったのだ。
自分と目を合わせようとしないクライヴを見て、彼の視線の先と彼の表情を交互に見取る。
クライヴとは逆方向に視線をそらし、ほんの一瞬考え込んだ。やがて、意を決したように一歩前に出る。
「何か、あったんですか?」
「……医者にさ、言われたんだ」
大げさに、他人事を装うような声だった。
不安げにこちらを窺うメルリアの表情が視界に入って、顔を背けるように視線をそらす。脇に広がる森の闇を見つめながら、諦めたように笑った。
「『どこにも異常はない、そんな症状はあり得ない』、『人間じゃないんじゃないですか?』だってさ」
当時の苦い記憶を呼び起こしながら、クライヴは聞いたばかりの声を繰り返す。
馬鹿にされた表情を思い起こすと、嘲笑に似た笑いが自然と漏れていた。
「ひどい……」
メルリアは胸の前でぎゅっと自身の手を握る。
その言葉にメルリアは愕然としていた。そんなにひどい事を言うお医者さんがいるのか、と。
「だったら俺はなんなんだ? あれは全部嘘だって言うのか」
沸々と怒りと呆れに似た感情がクライヴの心の底から湧き上がる。
決して声を荒らげる事はなかったが、行き場のない感情が彼の頭の中を支配していた。
そんなはずない――心の奥底から言葉を棄てようと短く息を吸った。
「そんなこと、ないです」
クライヴが棄てるはずだった言葉を口にしたのはメルリアだった。彼女は静かに首を横に振ると、悲しげに目を細めた。
「クライヴさんの体のこと、私には分からないけど……。勘違いなんかじゃないって断言できます」
自然と作った握り拳から力が抜けていく。
その右手を、メルリアは両手で包むように握った。
やるせない怒りを感じていた彼の手は冷たく、その手に触れた彼女の手は温かい。
「それに私……、クライヴさんがとっても優しい人だって、知ってます」
メルリアは真っ直ぐに言うと、触れた手にほんの少し力を込める。柔らかい表情で笑った。
クライヴは目を見開いた。彼女の言葉に嘘偽りはない。誇張や自分の言葉を恥ずかしがる様子もなく、ただひたすらに真っ直ぐだ。
胸の奥にじわりと熱が広がる。
それはまるで、混沌とした宵闇の世界に一条の光が差すように。
いつだってこの子は真剣だ――クライヴは自然に笑みを浮かべると、左手をメルリアの頭に伸ばす。髪の分け目を気遣いながら、彼女の頭を撫でた。
「ありがとう」
メルリアは黙ってそれを受け入れていた。
頭を撫でられたのはいつぶりだろう。こうされていると、どこかから懐かしい記憶が蘇ってくる。メルリアはゆっくりと記憶をたどった。
――ああ、そうだ。祖母がまだ元気だった頃。
よく頑張ったね、ありがとうと、ロバータはたびたび彼女の頭を撫でていた。
メルリアはそれが好きだった。少しざらついてちょっと痛い手で、時々髪に絡まるけれど、それがロバータらしいと思っていたから、決して嫌いではなかった。
「――っ、悪い! 突然、触ったりとかして」
「いえ、そんな。なんだか懐かしかったです」
クライヴはメルリアの頭から慌てて手を離し、メルリアもクライヴの手を離す。
メルリアは照れくさそうに笑うと、ずれたリュックを背負い直した。中身が音を立てて動く。
「メルリアはこれからどこへ向かうんだ?」
「グローカスに向かうつもりです。クライヴさんは?」
クライヴの右手の人差し指がピクリと動く。看板を見て少し悩んだ後、彼は眉をひそめた。
「北に行こうとは思ってたんだ。けど、どっちへ行こうか迷ってて」
「じゃあ、とりあえず次の分かれ道まで一緒に行きませんか?」
まるで手を差し伸べるように、メルリアはにこりとクライヴに微笑んだ。
クライヴの右手がどうしようかと落ち着かない様子で動き、最終的に鞄の紐に触れて落ち着く。
「そう……だな。しばらくあるし、一緒に行くよ」
「よろしくお願いします!」
深く頭を下げ、メルリアは笑顔を浮かべる。その表情は明るい。
事実、嬉しかった。一月前に戻ったような気がしたからだ。
あの時は馬車で、今からは徒歩で。
ヴェルディグリからここまでそこそこの距離を歩いてきたはずなのに、脚の疲れをあまり感じない。
今ならどこまでだって行ける気がした。
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