幾望の色

西薗蛍

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都市ヴェルディグリ

47 ヴェルディグリを去る

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 メルリアは靴の紐をぎゅっと固く結ぶと、二人に頭を下げた。

「お世話になりました!」
「ああ、元気でなー」

 ネフリティスはさっぱりとした声で、いつものようにひらひらと手を振ると、彼女は背を向けた。

「惰眠を貪った弟子のせいで溜まった仕事を片付けてくる」

 いつも通り仕事場へ向かうネフリティスに、メルリアは声をかけようとしてやめた。短く頭を下げるに留める。

 これ以上声をかけられるのを嫌いそうだったし、「くどい」だとか、「しつこい」とか言われてしまったら、確実にショックを受けるからだ。

 その様子を見て、やれやれと呆れたのはルークの方だ。

 全く普段と変わらない態度を貫き、仕事場に吸い込まれるよう歩いて行く彼女の背中に向けてため息をつく。
 自分のせいだと言われたら強く出られない。困ったな、とルークは腕を組んだ。

「ごめんね、あんな人で。大変だったでしょ?」
「い、いえ、そんな! 勉強になりました」

 神妙な顔で頷くメルリアを見て、ルークは苦笑した。

 ネフリティスの相手をまともにできる人種はそうそういないと思っていたが、メルリアはうまく付き合うことができたらしい。
 とはいえ、奇跡的なバランスで成り立っている関係だろうな、と理解もしていた。

 ネフリティスとうまく付き合うには、適当にあしらって妥協点を見出すか、完全に彼女について行くかの二択だ。
 つまり両極端である。

「あっ……そうだ。君、これ手伝ってくれたんだっけ」

 ルークは胸辺りを揺れるペンダントに触れた。
 細く長い雫に似た形で、その中央には黄緑色の石がはめ込まれている。
 昨夜見た時は石が球体だったはずだが、その形は影もない。
 一晩の間にネフリティスが加工したせいだった。

 色まで異なっていたら、メルリアは何のことか気づかなかっただろう。
 辛うじて思い至ると、首を横に振った。

「私は大したことはしてないです。ネフリティスさんの方が、もっとずっと頑張ってました」
「うん。でもね、錬金術って、割と融通が利かない部分が多いんだ。こうでなくちゃならない、っていうのかな」

 ルークはメルリアの言葉を肯定も否定もせずに受け取ると、笑ってみせる。

「君が手伝ってくれたことに意味があったんだと思う。だから、ありがとう」

 メルリアはその言葉に頷いた。
 そう言われたところで、自分の中の評価が変わるわけではない。
 しかし、そういうものだ受け取るほかなかった。

 錬金術というのは未知の世界だ。
 自分なんかより、彼女の弟子であるルークの方がよく知っている。

 硬い表情のメルリアを見るなり、ルークは彼女に手を振ってにこりと微笑んだ。

「引き留めてごめんね。気をつけて」
「ありがとうございます。ルークさんもお体に気をつけて」

 メルリアはルークに頭を下げてから扉をゆっくり押し開く。

 今朝のヴェルディグリは、雲の間から青空が広がっていた。


 街道を行くのは一月ぶりである。

 ヴェルディグリの正門をくぐってしばらく――メルリアは立ち止まり、来た道を振り返った。

 大きな石畳の壁がヴェルディグリの周りを囲っている。一月半ほど前に見た風景だ。
 入り口の奥に見える建物は親指くらいの大きさしかない。もうこんなに歩いたのか。メルリアは目を細めた。

 メルリアはヴェルディグリに滞在するのは少なくとも二、三日であろうと予想していた。
 図書館で早々に手がかりとなる本を見つけて、国内であればすぐにでもそれが自生している場所へと向かうつもりだった。

 しかし、現実はそう上手くはいかなかった。それらが書かれている本は見つからなかったし、どうやらずいぶんと遠回りをしてしまったらしい。

 だが、メルリアは悲観的に捉えていなかった。それ以上にプラスだと思える事が数え切れないほどあったからだ。

 長居したおかげで会いたかった人に会えたし、曾祖父の知り合いかもしれない人にも会えた。

 エルフの人にも会えたし、錬金術の手伝いもした。お世話になった人の大切な人を助けるお手伝いだってできた。

 いつか……この旅が終わったら、また遊びに来たいな。

 メルリアは心の中で呟いてから、再び歩き始めた。
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