71 / 197
都市ヴェルディグリ
43 最後の仕事2-1
しおりを挟む
ネフリティスが円を描いた紙は、日に焼けたように茶色く変色していた。
真っ白な紙に描くものとは違い、黒色のインクが紙自体に馴染んでいる。
二重に円を描いた上に、ネフリティスは何かを書き込んだ。
メルリアは背後からそれを伺う。
先日見た「錬金術のレシピだったもの」に書かれていた文字の形とよく似ている。
あの時同様、文字一つ一つはなんとか理解できるが、やはり単語にはなっていない。言葉の使い方がまるで違うのだ。
「お前、字は書けるな? これからここに文字を書いてくれ」
ネフリティスは、彼女が普段使っている椅子に座るよう促した。
メルリアは戸惑いながらも腰掛ける。太ももや尻に当たるクッションの感触が心地いい。
ここ、と指示された部分――ネフリティスが先ほどまで何かを書いていた文章の一行下を、トントンと人差し指で叩いた。
メルリアがペンを手にしたタイミングを見計らうと、ネフリティスは紙から指を離す。
「心を込めて書けよ。『一』」
「え?」
「数字の『一』だ。早くしろ」
メルリアはペンを握りしめ、言われた通りの文字を書いていく。
心を込めて、丁寧に、誰から見ても読めるように。
それを意識しながら、メルリアは文字を一つずつ書き写していく。
やはり文章の意味は理解できなかったが、そんなことはどうでもいい。
ネフリティスの弟子が助かれば、それで。
メルリアはまだ見ぬ弟子の姿を思い浮かべながら、無事を祈りながら、ペンを走らせる。
メルリアとネフリティスの間に会話はほとんどなかった。あったとすれば、聞き取れなかった言葉を聞き返すことのみ。
それらを二百繰り返すと、ページの半分がメルリアの文字で埋まっていた。
「そこで句点だ。――よし、後はそこで見ていろ」
その言葉を聞くと、メルリアは紙の脇にゆっくりとペンを置いた。
一つ息をつくと、自分の右肩の重さに気づく。数拍遅れてから、右手がじわりと痺れだした。
無意識に力を入れすぎてしまったせいだ。
メルリアは自分の右手を見つめながら、閉じたり開いたりと数度繰り返す。手のしわの間が汗で光った。
ただ文字を書くだけなのに、ここまで緊張することがあっただろうか――椅子から立ち上がると、軽く肩を回した。
空いた椅子に再びネフリティスが腰掛けると、メルリアが記した文章のすぐ下にすらすらと加筆していく。言葉の意味が分からないからこそ、その速筆に感心した。
それらを目で追っていると、メルリアははっとした。
手紙や配達物の包みに書いてあったものよりも、ずっと綺麗な字だ。
それほどこれは重要なことなのかもしれない――そう思いながら、言葉の塊をじっと見つめた。
真っ白な紙に描くものとは違い、黒色のインクが紙自体に馴染んでいる。
二重に円を描いた上に、ネフリティスは何かを書き込んだ。
メルリアは背後からそれを伺う。
先日見た「錬金術のレシピだったもの」に書かれていた文字の形とよく似ている。
あの時同様、文字一つ一つはなんとか理解できるが、やはり単語にはなっていない。言葉の使い方がまるで違うのだ。
「お前、字は書けるな? これからここに文字を書いてくれ」
ネフリティスは、彼女が普段使っている椅子に座るよう促した。
メルリアは戸惑いながらも腰掛ける。太ももや尻に当たるクッションの感触が心地いい。
ここ、と指示された部分――ネフリティスが先ほどまで何かを書いていた文章の一行下を、トントンと人差し指で叩いた。
メルリアがペンを手にしたタイミングを見計らうと、ネフリティスは紙から指を離す。
「心を込めて書けよ。『一』」
「え?」
「数字の『一』だ。早くしろ」
メルリアはペンを握りしめ、言われた通りの文字を書いていく。
心を込めて、丁寧に、誰から見ても読めるように。
それを意識しながら、メルリアは文字を一つずつ書き写していく。
やはり文章の意味は理解できなかったが、そんなことはどうでもいい。
ネフリティスの弟子が助かれば、それで。
メルリアはまだ見ぬ弟子の姿を思い浮かべながら、無事を祈りながら、ペンを走らせる。
メルリアとネフリティスの間に会話はほとんどなかった。あったとすれば、聞き取れなかった言葉を聞き返すことのみ。
それらを二百繰り返すと、ページの半分がメルリアの文字で埋まっていた。
「そこで句点だ。――よし、後はそこで見ていろ」
その言葉を聞くと、メルリアは紙の脇にゆっくりとペンを置いた。
一つ息をつくと、自分の右肩の重さに気づく。数拍遅れてから、右手がじわりと痺れだした。
無意識に力を入れすぎてしまったせいだ。
メルリアは自分の右手を見つめながら、閉じたり開いたりと数度繰り返す。手のしわの間が汗で光った。
ただ文字を書くだけなのに、ここまで緊張することがあっただろうか――椅子から立ち上がると、軽く肩を回した。
空いた椅子に再びネフリティスが腰掛けると、メルリアが記した文章のすぐ下にすらすらと加筆していく。言葉の意味が分からないからこそ、その速筆に感心した。
それらを目で追っていると、メルリアははっとした。
手紙や配達物の包みに書いてあったものよりも、ずっと綺麗な字だ。
それほどこれは重要なことなのかもしれない――そう思いながら、言葉の塊をじっと見つめた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる