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都市ヴェルディグリ
39 唐突な休日-1
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――あんなに暗い顔のネフリティスさん、初めて見たな。
メルリアは一つため息をつく。
今朝のネフリティスの表情が頭から離れない。
今日のようにどこか遠くを見つめている様子はあまり見た事がなかったからだ。
午後のヴェルディグリは曇り空が広がっている。
数刻前まで軽く雨が降ったせいで、湿気が肌にまとわりつく。
灰色の隙間から時折青空と太陽が顔を出すが、すぐに隠れて日の光が遠くなった。
初夏の陽気はとても過ごしやすいとは言えない。
道の端には水たまりが残っており、日当たりの悪い路地裏の地面は未だに濡れている。
メルリアは本日何度目か分からないため息をつきながら、ただただヴェルディグリの道を歩いていた。
目的はない。何をしていいか迷っていた。
図書館に足を運ぶ気にはならなかった。
教えてもらえるかもしれないのにヒントを見つけるのは悪い気がしたのもあるし、もう見つからないだろうとも思ったからだ。
「君、君!」
とぼとぼと肩を落としながら歩いていると、男の高い声が耳に飛び込む。
自分には関係ないだろうとメルリアは顔を上げなかった。
すると、突然肩を叩かれる。
ビクッと体が跳ね、瞬時に振り返った。
無意識だ。
そこには、小太りの男が立っていた。
中年の男は、この蒸し暑い中にも拘わらずスーツを身にまとい、シルクハットを被っている。
くるんとカールした髭に大きい鼻が目を引く。得意げに顎に触れる人差し指には、青い宝石があしらわれた指輪が光っていた。
男の姿は、本の中に出てくる貴族そのものである。
「わ、私ですか?」
メルリアがおずおずと自分を指さして尋ねると、男はニコニコと笑って頷いた。
「私はジャマル・ピッコリ。ズィルヴァーの運送会社の者だ」
「ズィルヴァー……外国の人ですか?」
「そうだとも! 知っているなら話が早いね」
ズィルヴァーといえば、ネラに次ぎ二番目に広い国土を持つ国だ。
魔力に頼らない生活の実現を掲げているため、大陸一科学技術が発展しており、都市の発展計画が次々と進んでいる。
ヴィリディアンでは想像もつかないような高い建物が建ち並び、すべての道が舗装されている話は有名だ。
最近では、ハシゴに似た形の道を引き、物資をより素早く運ぶ計画も進められているという。
男は誇らしげに胸を張ると、大げさに両手を広げてメルリアに話し始める。
「ズィルヴァーは知っての通り、魔力のない人間に優しい国だよ。魔力なんかなくても生きていける!」
男はまるで演説をするように、言葉の端々に緩急や抑揚を大げさにつけて語った。
まるでそれが当たり前であるかのように感情を込めるのも忘れない。天を仰ぐその瞳は、周囲の光を取り入れ輝いていた。
「君には魔力がないね? ああ、私には分かるよ。他所の人間と違って嫌な感じがしない。ズィルヴァーはね、君みたいな子が平和に暮らせる国だ!」
メルリアは男の様子に言葉を詰まらせた。
もし、彼女がこの国での生きづらさに悩んでいたとしたならば、男の言葉は魅惑的に聞こえたかもしれない。
しかし、メルリアには男の言葉は響かなかった。メルリアにとって、自分の魔力に関してはコンプレックスを抱えている。
魔力があった方が便利だっただろうと思うこともあるし、現状に不便を感じないわけではない。
けれど、男はまるで魔力がある事自体が悪だと言わんばかりの態度だ。
己の言葉や信念が正しいと信じて疑わないその姿は、メルリアには恐ろしく見えた。
魔力がある事は悪い事ではないのに――。
メルリアは思わず一歩引く。無意識のうちに体がそうしていた。
「わ、私、そういうのはちょっと……」
事を荒立てないように、控えめにその場から離れようとする。しかし男は離さんとばかりに、メルリアの肩に手を置いた。
「待ってくれ、話はこれからなんだ。君には私の経営する会社で是非とも働いてほしい!」
「え、えぇ……と」
メルリアの視線が泳ぐ。この道を通る人間は何人かいるものの、こちらに積極的に関わろうとしない。
人々は二人からあえて距離を置いて道を行き来する。
視線が合いそうになると、通行人の方から逸らされる。関わりたくないのだ。
こういう時に限って、ヴェルディグリで何度か見かけた衛兵は全く見ない。
メルリアは一つため息をつく。
今朝のネフリティスの表情が頭から離れない。
今日のようにどこか遠くを見つめている様子はあまり見た事がなかったからだ。
午後のヴェルディグリは曇り空が広がっている。
数刻前まで軽く雨が降ったせいで、湿気が肌にまとわりつく。
灰色の隙間から時折青空と太陽が顔を出すが、すぐに隠れて日の光が遠くなった。
初夏の陽気はとても過ごしやすいとは言えない。
道の端には水たまりが残っており、日当たりの悪い路地裏の地面は未だに濡れている。
メルリアは本日何度目か分からないため息をつきながら、ただただヴェルディグリの道を歩いていた。
目的はない。何をしていいか迷っていた。
図書館に足を運ぶ気にはならなかった。
教えてもらえるかもしれないのにヒントを見つけるのは悪い気がしたのもあるし、もう見つからないだろうとも思ったからだ。
「君、君!」
とぼとぼと肩を落としながら歩いていると、男の高い声が耳に飛び込む。
自分には関係ないだろうとメルリアは顔を上げなかった。
すると、突然肩を叩かれる。
ビクッと体が跳ね、瞬時に振り返った。
無意識だ。
そこには、小太りの男が立っていた。
中年の男は、この蒸し暑い中にも拘わらずスーツを身にまとい、シルクハットを被っている。
くるんとカールした髭に大きい鼻が目を引く。得意げに顎に触れる人差し指には、青い宝石があしらわれた指輪が光っていた。
男の姿は、本の中に出てくる貴族そのものである。
「わ、私ですか?」
メルリアがおずおずと自分を指さして尋ねると、男はニコニコと笑って頷いた。
「私はジャマル・ピッコリ。ズィルヴァーの運送会社の者だ」
「ズィルヴァー……外国の人ですか?」
「そうだとも! 知っているなら話が早いね」
ズィルヴァーといえば、ネラに次ぎ二番目に広い国土を持つ国だ。
魔力に頼らない生活の実現を掲げているため、大陸一科学技術が発展しており、都市の発展計画が次々と進んでいる。
ヴィリディアンでは想像もつかないような高い建物が建ち並び、すべての道が舗装されている話は有名だ。
最近では、ハシゴに似た形の道を引き、物資をより素早く運ぶ計画も進められているという。
男は誇らしげに胸を張ると、大げさに両手を広げてメルリアに話し始める。
「ズィルヴァーは知っての通り、魔力のない人間に優しい国だよ。魔力なんかなくても生きていける!」
男はまるで演説をするように、言葉の端々に緩急や抑揚を大げさにつけて語った。
まるでそれが当たり前であるかのように感情を込めるのも忘れない。天を仰ぐその瞳は、周囲の光を取り入れ輝いていた。
「君には魔力がないね? ああ、私には分かるよ。他所の人間と違って嫌な感じがしない。ズィルヴァーはね、君みたいな子が平和に暮らせる国だ!」
メルリアは男の様子に言葉を詰まらせた。
もし、彼女がこの国での生きづらさに悩んでいたとしたならば、男の言葉は魅惑的に聞こえたかもしれない。
しかし、メルリアには男の言葉は響かなかった。メルリアにとって、自分の魔力に関してはコンプレックスを抱えている。
魔力があった方が便利だっただろうと思うこともあるし、現状に不便を感じないわけではない。
けれど、男はまるで魔力がある事自体が悪だと言わんばかりの態度だ。
己の言葉や信念が正しいと信じて疑わないその姿は、メルリアには恐ろしく見えた。
魔力がある事は悪い事ではないのに――。
メルリアは思わず一歩引く。無意識のうちに体がそうしていた。
「わ、私、そういうのはちょっと……」
事を荒立てないように、控えめにその場から離れようとする。しかし男は離さんとばかりに、メルリアの肩に手を置いた。
「待ってくれ、話はこれからなんだ。君には私の経営する会社で是非とも働いてほしい!」
「え、えぇ……と」
メルリアの視線が泳ぐ。この道を通る人間は何人かいるものの、こちらに積極的に関わろうとしない。
人々は二人からあえて距離を置いて道を行き来する。
視線が合いそうになると、通行人の方から逸らされる。関わりたくないのだ。
こういう時に限って、ヴェルディグリで何度か見かけた衛兵は全く見ない。
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