幾望の色

西薗蛍

文字の大きさ
上 下
55 / 197
都市ヴェルディグリ

35 弟子代理の日々5-1

しおりを挟む
 ネフリティスの指示通り、メルリアは弟子代理として甲斐甲斐しく働いていた。

 初日にしたように、ヴェルディグリの様々な店や公共施設、個人宅に荷物を届けたり、アウル運送に手紙を預けたり、指定された植物や花を買いにヴェルディグリ中を回ったり。

 そんな雑務をこなしながらも、朝昼晩の食事作りは欠かさない。

 ネフリティスが預ける仕事量は的確だった。
 真面目に仕事をこなしていれば、きちんと決まった時間に夕食が取れる配分になっている。

 そんな生活を三週間ほど続けたメルリアは、すっかりヴェルディグリに慣れていた。
 行きつけのパン屋は工房から一番近いルートを見つけたし、生地を買い足したい時に行く店にも迷わず進める。図書館や病院への最短ルートも覚えてしまった。

 メルリアが仮に今日からこの街に住む事になっても、住む場所と金さえあれば不自由なく暮らせるだろう。本人にその自覚はないが、そう動けていた。

 メルリアは、今日もまた荷物配達の雑用に追われていた。

 縦長のずっしりとした包みは、街一番の製薬会社へ。
 中央図書館へは、ガラガラと音の鳴る大きな包みを。
 落ち着いた雰囲気の小さな花屋には、カサカサと乾いた音の鳴る軽い箱を。
 住宅街の民家へも向かい、両手に収まるサイズだがずっしりと重い包みを手渡した。

 そんな仕事をこなしていると、ヴェルディグリに夕暮れがやってくる。
 石畳の道に橙色の光が差し、濃く暗い建物の影が長く伸びる。夕焼けの色を受け、燃えるように赤い雲が空を覆っていた。

 メルリアは包みを抱え、ヴェルディグリの街外れへと向かった。
 これで七件目、最後の配達になる。

 歩を進めるたび、包みの中身が不安定に揺れる。ゴロゴロと音を立て、重心が定まらない。

 宛先は『街の東出入り口・月の家』。
 店の名前か民家なのかいまいち判別がつかない中、メルリアは東口に向かった。



 それは細い道の先にあった。

 家々の中にひっそりと建つその建物は、他の店と比べてつつましやかな外装をしていた。

 入り口に看板はあるが、窓は黒色のカーテンでしっかりと閉じられている。この店らしき建物は開いているのだろうか。扉の前に立つと、途端に不安になった。

 夜と言うにはまだ浅い時間帯だが、西の空は薄暗い。
 空には一番星を通り越し、二番、三番目の星がきらめいていた。

 おまけに、家々に囲まれた立地にあるこの場所は、他の道よりも暗く感じる。その明かりが、余計メルリアを心細くさせた。

 メルリアはゆっくりとドアノブに手を伸ばす。すると、触ってもいないのにぐるりとそれが回った。
 ビクッ、とメルリアの肩が震え、伸ばした手を引っ込める。声は出なかった。

 恐る恐る扉の様子をうかがっていると、そのまま内側へ開いた。腕二つ分通せそうな隙間ができると、そこでピタリと止まる。

「開いているわよ、入ってらっしゃい」

 扉の奥から聞こえたのは、落ち着いた女の声だった。

「あの、私……」
「分かっているわ、ネフリティスがあなたに仕事を押しつけたんでしょう?」

 大きな包みを抱えたまま、メルリアはきょとんとしてしまう。事前に話をつけておいてくれたのだろうか、やたら話が早い。

 そんなメルリアを見て、女は今度こそ扉を開けた。部屋の奥から燭台の静かな光が差し、女の腰まで届く長い髪を照らす。その間から、細く長い耳が伸びていた。
 エルフの女だった。彼女はメルリアに微笑みかける。

「立ち話もなんだし、ね」

 女はパチリと片目を閉じると、家の中に入った。

 メルリアは少し躊躇った後、失礼しますと頭を下げて女に続いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

憧れのテイマーになれたけど、何で神獣ばっかりなの⁉

陣ノ内猫子
ファンタジー
 神様の使い魔を助けて死んでしまった主人公。  お詫びにと、ずっとなりたいと思っていたテイマーとなって、憧れの異世界へ行けることに。  チートな力と装備を神様からもらって、助けた使い魔を連れ、いざ異世界へGO! ーーーーーーーーー  これはボクっ子女子が織りなす、チートな冒険物語です。  ご都合主義、あるかもしれません。  一話一話が短いです。  週一回を目標に投稿したと思います。  面白い、続きが読みたいと思って頂けたら幸いです。  誤字脱字があれば教えてください。すぐに修正します。  感想を頂けると嬉しいです。(返事ができないこともあるかもしれません)  

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

王太子に転生したけど、国王になりたくないので全力で抗ってみた

こばやん2号
ファンタジー
 とある財閥の当主だった神宮寺貞光(じんぐうじさだみつ)は、急病によりこの世を去ってしまう。  気が付くと、ある国の王太子として前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまうのだが、前世で自由な人生に憧れを抱いていた彼は、王太子になりたくないということでいろいろと画策を開始する。  しかし、圧倒的な才能によって周囲の人からは「次期国王はこの人しかない」と思われてしまい、ますますスローライフから遠のいてしまう。  そんな彼の自由を手に入れるための戦いが今始まる……。  ※この作品はアルファポリス・小説家になろう・カクヨムで同時投稿されています。

異世界に来ちゃったよ!?

いがむり
ファンタジー
235番……それが彼女の名前。記憶喪失の17歳で沢山の子どもたちと共にファクトリーと呼ばれるところで楽しく暮らしていた。 しかし、現在森の中。 「とにきゃく、こころこぉ?」 から始まる異世界ストーリー 。 主人公は可愛いです! もふもふだってあります!! 語彙力は………………無いかもしれない…。 とにかく、異世界ファンタジー開幕です! ※不定期投稿です…本当に。 ※誤字・脱字があればお知らせ下さい (※印は鬱表現ありです)

どうやら悪役令嬢のようですが、興味が無いので錬金術師を目指します(旧:公爵令嬢ですが錬金術師を兼業します)

水神瑠架
ファンタジー
――悪役令嬢だったようですが私は今、自由に楽しく生きています! ――  乙女ゲームに酷似した世界に転生? けど私、このゲームの本筋よりも寄り道のミニゲームにはまっていたんですけど? 基本的に攻略者達の顔もうろ覚えなんですけど?! けど転生してしまったら仕方無いですよね。攻略者を助けるなんて面倒い事するような性格でも無いし好きに生きてもいいですよね? 運が良いのか悪いのか好きな事出来そうな環境に産まれたようですしヒロイン役でも無いようですので。という事で私、顔もうろ覚えのキャラの救済よりも好きな事をして生きて行きます! ……極めろ【錬金術師】! 目指せ【錬金術マスター】! ★★  乙女ゲームの本筋の恋愛じゃない所にはまっていた女性の前世が蘇った公爵令嬢が自分がゲームの中での悪役令嬢だという事も知らず大好きな【錬金術】を極めるため邁進します。流石に途中で気づきますし、相手役も出てきますが、しばらく出てこないと思います。好きに生きた結果攻略者達の悲惨なフラグを折ったりするかも? 基本的に主人公は「攻略者の救済<自分が自由に生きる事」ですので薄情に見える事もあるかもしれません。そんな主人公が生きる世界をとくと御覧あれ! ★★  この話の中での【錬金術】は学問というよりも何かを「創作」する事の出来る手段の意味合いが大きいです。ですので本来の錬金術の学術的な論理は出てきません。この世界での独自の力が【錬金術】となります。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...