幾望の色

西薗蛍

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都市ヴェルディグリ

34 弟子代理の日々4

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 カチャリ、と音を立て、ナイフを皿の端に置く。

 ペーパーナプキンで口を拭いたネフリティスは、普段と変わらぬ顔で言った。

「ふむ。全体的に見ても悪くなかった」

 その言葉に、メルリアはほっと胸をなで下ろした。

 ネフリティスと接した時間はまだ多くないが、メルリアは彼女について少しだけ分かったことがある。

 口数が少ないからといって、怒っているわけではないということ。
 今の感想は貶されているわけではないと言うこと。

 はっきりと分かるのはこの二つくらいだったが。

「家庭料理らしい家庭料理だ」
「えっと、それって……」

 けれど、この感想の是非は分からなかった。言葉としてはどちらとも取れる。
 どういう意味か尋ねようとすると、ネフリティスはふっと笑う。

「素直に喜んでいい」

 その言葉に、メルリアの表情がぱっと明るくなった。

 激しい感情の起伏を見せるメルリアを見て、ネフリティスは一つ息を吐く。
 たった一言喋っただけなのに、面白いくらいに表情が変わるなと思った。

「あの、お弟子さんってどんな人なんですか?」
「あいつか……」

 ネフリティスはティーカップを手に取り、そのまま口をつけた。
 なかなか紅茶の味がしない、と疑問に思って底を見る。中身は空っぽだ。飲みきったことをすっかり忘れていた。瞼をこすると、ソーサーの上にカップを置く。

「メルリア、追加を」
「あ、はいっ」

 その言葉に、メルリアは立ち上がる。
 何かを頼まれた直後の足取りは危なっかしいが、本日七度目ともなると、すっかり手慣れていた。

 メルリアは静かにティーカップに紅茶を注ぐと、カップに鮮やかな橙色が真っ直ぐ落ちる。ネフリティスは、湯気と共に漂う香りを味わった。

「面白いやつだよ。それに、とても可愛い顔をしている。酒は飲める年だから、童顔というヤツだな。飲めるくせに弱いのもいい」

 正反対な物言いに、メルリアは首を傾げた。
 彼女にはネフリティスの言う「いいポイント」がよく分からなかった。

 面白いのはまだしも、お酒は弱いのにいい?
 言葉の意味は分かるけれど、童顔ってどういうこと?
 弟子の人は自分よりも幼く見えるのだろうか……。

 などと考えてみるが、それをいちいち問いただす勇気はなかった。

 ただ一つ分かるとすれば、あまり褒めないネフリティスが可愛いと認めるほど、素敵な女の人なんだろうということくらいで。

「えっと……お弟子さんは、私と同じくらいの人ですか?」

 メルリアは自分のティーカップにも紅茶らしきものを注ぐ。出がらしのそれは紅茶風味の湯だった。

「あぁ……、恐らくな。私も細かい事は分からないが。お前、酒は飲める年か?」

「つい先日大丈夫になりましたけれど、飲んだ事は……」

 その言葉に、ネフリティスの目がギラリと光る。鋭いまなざしでメルリアをしげしげと観察した。
 苦笑を浮かべる表情と、ティーカップを持つ仕草を眺めた後、酒を飲んだ姿をイメージしてみる。

 しかし、思考を始めてから数秒でしかめっ面になった。
 ネフリティスは、ティーカップの縁を指でつまらなそうになぞる。

「まあ、お前は飲めるだろうな」
「そういう風に見えますか?」

 そう思われている事が意外だとメルリアが目を丸くすると、ネフリティスはきっぱり言う。

「全く」
「えっ」

 メルリアの口からとぼけた声が漏れた。

「だが、お前は飲める方だ。少なくとも、一口で顔が赤くなる方ではない」

 根拠のない自信なのか、それとも決めつけなのか、エルフの人の魔法はそんなことも分かってしまうのか――。
 淡々と言い切るネフリティスを見て、メルリアは特に意見しなかった。

 幼い頃聞いた祖母の言いつけがある。
 お酒を初めて飲む時は、私か信頼できる人と一緒に飲んで、自分がどれだけ飲めるか知っておきなさい。
 他人と飲むのはそれからだ、と。

 祖母のみならず、親戚の男も似たような事を言っていた。
 メルリアは言いつけはきちんと守る方だ。花を探し終わるまでは、酒を飲まないと決めていた。

 ネフリティスは一口分残った紅茶を飲み干し、立ち上がった。固まった体をほぐすように、軽く腕を伸ばす。

「――さてと、私はそろそろ戻る。明日もよろしく頼む。早めに寝ろよ」
「あ、はい、おやすみなさい」

 普段通りひらひらと手を振るネフリティスを見送った後、メルリアも紅茶風味の湯を飲みきった。
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