幾望の色

西薗蛍

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都市ヴェルディグリ

31 弟子代理の日々1

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 ネフリティスは椅子に座るなり、つまらなそうにそう言い放った。

「……ふむ、まぁまぁだな」

 大きなあくびをこぼすと、メルリアが淹れたばかりの紅茶の湯気に向けてつぶやく。
 ミルクには目もくれず、その中に角砂糖を一つ落とした。スプーンで混ぜずに、砂糖の塊が徐々に角を失っていく様をただただ眺めている。

 そんなネフリティスを見て、メルリアは困っていた。
 その様子もしっかりと顔に出ていた。

 黄身が半熟の目玉焼き、少し厚めに切って焼いたベーコン、葉物野菜とトマトのサラダ。
 最後に焼いたトーストはまだ温かく、その証拠に湯気が立っている。

 昨晩、ネフリティスに頼まれたから用意した朝食だ。
 苦手なものを尋ねても特にないとあしらわれてしまったから、なるべく好き嫌いが少ない品目にしたつもりだったが、なにか問題があったのだろうか。

「何だ、お前も座って早く食べろ」

 ネフリティスはようやくティースプーンを手に取った。
 音を立てずに器用にかき混ぜると、底に溜まっていた白色が、深い橙色に溶けていく。

 メルリアは恐る恐る椅子を引くと、ネフリティスの顔を伺った。
 涼しい顔をしていた。
 相変わらず感情が読めない。

「あの、何かいけなかったでしょうか」

 メルリアは言葉を選びながらおずおずと尋ねると、あっけらかんとした声が帰ってくる。

「何がだ?」
「朝ご飯……」
「いけないことはないさ。果物があるともっと私好みだが」

 笑わず、怒らず、悲しまず――。
 たいしたことがない、という様子で言うと、ネフリティスは紅茶を口に含んだ。
 一口味わうと、眉に皺を寄せる。紅茶に対して砂糖の味が強すぎたせいだ。

 朝に飲む紅茶は決まって味が濃いと決まっている。

 なぜそうならないのか――ネフリティスは顔を上げ、向かいに座る人物へ目を向ける。
 脳裏に思い浮かべた人物と、目の前にいるメルリアの姿はずいぶん異なった。
 背格好も声も見た目も違うし嫌味もない。全くの別人だ。

 メルリアは視線に気づくと、慌てたように言葉を探す。
 その様が手に取るように分かって、ネフリティスは一つため息をついた。びくりと肩を震わせる姿は、どうにも過剰に見えたのだ。
 メルリアにとってはただの条件反射であるが。

「く、果物! くだものはっ、何がお好きですか! り、リンゴとか!」

 ピンと背筋を伸ばすと、緊張した声が響いた。

「リンゴは嫌いじゃない。好きと言うほどではないが、以前はよく食べたな」

 ネフリティスはテーブルの空白を見つめる。テーブルの端には、決まって皮のついたリンゴがあった。彼女が弟子に命じ、毎朝用意させていたからだ。

「ご用意しましょうか?」

 首を傾げて尋ねるメルリアを、ネフリティスは横目で見つめた。
 人間の若い女、長い髪、どちらかというと小動物寄り――。

 そんな娘が用意するリンゴのウサギを思い浮かべる。
 イメージに合っていた。
 合いすぎていた。

 ネフリティスはつまらなそうに視線を逸らすと、提案を手で制した。

「いや、お前が作っても面白くない」
「作る……?」

 メルリアは首を傾げた。面白くないのくだりもよく分からないが、それ以前に作るという言葉の意味も理解できなかった。

 しかしネフリティスはその呟きを拾わず、メルリアの作った朝食に手をつけた。
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