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都市ヴェルディグリ
27 錬金術師ネフリティス1-3
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「……どうすれば教えていただけるんですか?」
メルリアは恐る恐るネフリティスに尋ねる。すると、彼女はニッと笑みを浮かべた。
「なぁに、簡単なことだ。私の仕事を手伝ってくれ」
「へ――」
「私の弟子が使い物にならんのだ」
メルリアはきょとんとするが、ネフリティスはそんな彼女を気遣わない。
「雑用ばかりだが侮るなよ。私がお前の話を聞くかどうかは、お前の働き方次第というわけだ」
働き方次第――その言葉に、メルリアの表情が再び強ばっていく。仕事の評価次第で、情報を教えてもらえるか否かが決まるということだ。
メルリアに錬金術師の知り合いはいない。図書館の本も手詰まりだ。最終手段は人に聞いて回る事だが、できるだけその手段は使いたくはなかった。祖母との思い出を、いつかのように嘲られ否定されたくなかったからだ。
つまり、この手伝いが上手くいくかどうかによって、祖母との約束に近づくかが決まる。
その責任は重い。
メルリアは一つ喉を鳴らして息をのむ。改めてネフリティスに向き合った。
「よろしくお願いします。どうか、手伝わせてください」
「よし、いい返事だ」
ネフリティスはニヤリと笑みを浮かべた。
メルリアは開いていた手のひらをぎゅっと強く握りしめる。そんな時、左肩に優しく触れる手があった。振り返ると、エルヴィーラがにこりと微笑んでいた。
「メル、どうか頑張ってね。彼女は結構容赦ないから気をつけて」
エルヴィーラが不満げに向けた視線を、ネフリティスは涼しい顔でかわす。
その様子にため息をつくと、メルリアが強く握った左手をすくう。手のひらに入った力をほぐすよう、両手で包み込んだ。メルリアの左手に入った力が徐々に抜けていく。
「私は今晩ヴェルディグリを出るけれど……。待っているから、会いに来てね」
「……はい」
シャムロックに手渡されたメモは、きちんとノートに挟んである。グローカスに着いたら開けばいいだろう。
あのメモをどこにしまったか、自分の記憶の中で再び見た後、メルリアはうなずいた。
「必ず伺います」
「約束よ」
エルヴィーラはメルリアの体温を確かめるように目を伏せた。数秒の後、彼女の左手を包んでいた両手がふわりと解かれる。
「またね、ネフリティス。メルのこと、あんまりいじめちゃだめよ」
「まぁ、気が向いたらな」
曖昧かつ適当な返事を背に、エルヴィーラはメルリアに背を向けた。
会いに行けばいいのは分かっている、けれど少し寂しい――。
去って行くエルヴィーラの背中をメルリアはただただ見送った。
エルヴィーラはメルリアに一つ微笑んでから、部屋を後にした。わずかな物音を立て、扉が閉まっていく。名残惜しいというように、濃い茶色の扉をじっと見つめた。響いた音の余韻が消えるまで。
「ずいぶんと気に入られたんだな、お前」
やがて音が完全に消えると、ネフリティスは感心したように呟いた。
「あいつがここまで人間と関わるのは珍しい」
その声にメルリアは振り返った。メルリアの顔を、ネフリティスは興味深いと言った風に見つめている。
人と関わるのが珍しい?
メルリアはネフリティスの言葉を反芻し、首をかしげる。
最初に声をかけたのは自分だ。だけれど、自分はいつもエルヴィーラのペースの中にいる気がする。そのペースは心地いいけれど、あの人が人と関わるのが苦手だなんて、想像がつかない。
「エルヴィーラさん、人見知り……なんですか?」
メルリアは恐る恐る尋ねた。すると、こちらが驚いたと言う風にネフリティスは目を見張る。
ゴトン、と音が鳴り、棚の上にあった本が一冊横たわった。それに続くように、その隣の本が倒れた本に寄りかかる。次第にそれらが重なり、やがて雪崩のように崩れていった。
ネフリティスはそちらを一瞬意識したが、我関せずと目を伏せた。
「そうか……いや……」
納得した表情を見せたかと思えば、否定の言葉をわずかに漏らす。やがて、ネフリティスはため息をついた。
「何も知らないんだな、お前」
それは独り言のように呟いた言葉だったが、メルリアの耳にもはっきりと届いていた。
わずかに声を漏らしただけで、メルリアはそれ以上何も言わなかった。言えなかった、というのが正しい。エルヴィーラと実際に話をした時間はほんのわずかだ。
彼女については知らないことが多すぎる。
ネフリティスはテーブルの端に追いやったティーカップを手に取る。すっかり冷め切った紅茶を一気に飲み下すと、再びメルリアを見る。律儀に待つ彼女を見て、ネフリティスは呆れたため息をつく。
机の上に雑に放られた懐中時計を手に取ると、ネフリティスは立ち上がった。
「仕事の話は明日にするぞ。正午以降にまたここに来い」
「分かりました。よろしくお願いします」
メルリアが頭を下げる。
ネフリティスはそんな彼女をはいはいと軽くあしらうと、早く帰るよう玄関まで連れて行った。
ざあざあと降り続いていた雨はすっかり止んでいた。
メルリアは恐る恐るネフリティスに尋ねる。すると、彼女はニッと笑みを浮かべた。
「なぁに、簡単なことだ。私の仕事を手伝ってくれ」
「へ――」
「私の弟子が使い物にならんのだ」
メルリアはきょとんとするが、ネフリティスはそんな彼女を気遣わない。
「雑用ばかりだが侮るなよ。私がお前の話を聞くかどうかは、お前の働き方次第というわけだ」
働き方次第――その言葉に、メルリアの表情が再び強ばっていく。仕事の評価次第で、情報を教えてもらえるか否かが決まるということだ。
メルリアに錬金術師の知り合いはいない。図書館の本も手詰まりだ。最終手段は人に聞いて回る事だが、できるだけその手段は使いたくはなかった。祖母との思い出を、いつかのように嘲られ否定されたくなかったからだ。
つまり、この手伝いが上手くいくかどうかによって、祖母との約束に近づくかが決まる。
その責任は重い。
メルリアは一つ喉を鳴らして息をのむ。改めてネフリティスに向き合った。
「よろしくお願いします。どうか、手伝わせてください」
「よし、いい返事だ」
ネフリティスはニヤリと笑みを浮かべた。
メルリアは開いていた手のひらをぎゅっと強く握りしめる。そんな時、左肩に優しく触れる手があった。振り返ると、エルヴィーラがにこりと微笑んでいた。
「メル、どうか頑張ってね。彼女は結構容赦ないから気をつけて」
エルヴィーラが不満げに向けた視線を、ネフリティスは涼しい顔でかわす。
その様子にため息をつくと、メルリアが強く握った左手をすくう。手のひらに入った力をほぐすよう、両手で包み込んだ。メルリアの左手に入った力が徐々に抜けていく。
「私は今晩ヴェルディグリを出るけれど……。待っているから、会いに来てね」
「……はい」
シャムロックに手渡されたメモは、きちんとノートに挟んである。グローカスに着いたら開けばいいだろう。
あのメモをどこにしまったか、自分の記憶の中で再び見た後、メルリアはうなずいた。
「必ず伺います」
「約束よ」
エルヴィーラはメルリアの体温を確かめるように目を伏せた。数秒の後、彼女の左手を包んでいた両手がふわりと解かれる。
「またね、ネフリティス。メルのこと、あんまりいじめちゃだめよ」
「まぁ、気が向いたらな」
曖昧かつ適当な返事を背に、エルヴィーラはメルリアに背を向けた。
会いに行けばいいのは分かっている、けれど少し寂しい――。
去って行くエルヴィーラの背中をメルリアはただただ見送った。
エルヴィーラはメルリアに一つ微笑んでから、部屋を後にした。わずかな物音を立て、扉が閉まっていく。名残惜しいというように、濃い茶色の扉をじっと見つめた。響いた音の余韻が消えるまで。
「ずいぶんと気に入られたんだな、お前」
やがて音が完全に消えると、ネフリティスは感心したように呟いた。
「あいつがここまで人間と関わるのは珍しい」
その声にメルリアは振り返った。メルリアの顔を、ネフリティスは興味深いと言った風に見つめている。
人と関わるのが珍しい?
メルリアはネフリティスの言葉を反芻し、首をかしげる。
最初に声をかけたのは自分だ。だけれど、自分はいつもエルヴィーラのペースの中にいる気がする。そのペースは心地いいけれど、あの人が人と関わるのが苦手だなんて、想像がつかない。
「エルヴィーラさん、人見知り……なんですか?」
メルリアは恐る恐る尋ねた。すると、こちらが驚いたと言う風にネフリティスは目を見張る。
ゴトン、と音が鳴り、棚の上にあった本が一冊横たわった。それに続くように、その隣の本が倒れた本に寄りかかる。次第にそれらが重なり、やがて雪崩のように崩れていった。
ネフリティスはそちらを一瞬意識したが、我関せずと目を伏せた。
「そうか……いや……」
納得した表情を見せたかと思えば、否定の言葉をわずかに漏らす。やがて、ネフリティスはため息をついた。
「何も知らないんだな、お前」
それは独り言のように呟いた言葉だったが、メルリアの耳にもはっきりと届いていた。
わずかに声を漏らしただけで、メルリアはそれ以上何も言わなかった。言えなかった、というのが正しい。エルヴィーラと実際に話をした時間はほんのわずかだ。
彼女については知らないことが多すぎる。
ネフリティスはテーブルの端に追いやったティーカップを手に取る。すっかり冷め切った紅茶を一気に飲み下すと、再びメルリアを見る。律儀に待つ彼女を見て、ネフリティスは呆れたため息をつく。
机の上に雑に放られた懐中時計を手に取ると、ネフリティスは立ち上がった。
「仕事の話は明日にするぞ。正午以降にまたここに来い」
「分かりました。よろしくお願いします」
メルリアが頭を下げる。
ネフリティスはそんな彼女をはいはいと軽くあしらうと、早く帰るよう玄関まで連れて行った。
ざあざあと降り続いていた雨はすっかり止んでいた。
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