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都市ヴェルディグリ
27 錬金術師ネフリティス1-2
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「……ここまでは順調、か」
テーブルの上には白い煙が立ちこめていた。女はその煙の発生源へと躊躇なく手を伸ばすと、グリーンスフェーンに似た輝きを持つ丸い石を手に取った。石越しに透けて見える己の指を見つめる。
そうしている頃には、部屋に充満していた煙がすっかり消えていた。その石を白樺のかごにしまうと、女は地面を蹴った。女の座る椅子がくるりと回り、ふたりの方に向きを変える。
「ずいぶんと熱中していたわね。何を作っていたの?」
「常人には必要のない物だ。無論、お前の役にも立たないぞ」
その会話を聞きながら、メルリアは落ち着かないといった風に女の様子をうかがった。女は腰まで届くような長髪に、長い睫毛に宝石のような緑色の瞳をしている。年齢は三十代くらいだろうか。シャムロックと同じくらいに見える。それに――女と目が合うと、メルリアがびくりと反応した。
「そんなに私が珍しいか?」
女は長い髪を耳にかけると、自分の耳を人差し指で触れた。長く尖った形状の耳は、人間のそれとは異なる。エルフと呼ばれる種族の特徴そのものだった。
「え、えっと……。エルフの方を間近で見るのは初めてなので」
メルリアはエルフ特有の耳を見やると、こわごわと答えた。
人間とエルフの外見の差異といえば、耳の形くらいだ。しかし、その性質は大きく異なっている。エルフは生まれながらに必ず魔力を持ち、科学では全く説明のつかない魔法という技術が扱える。
また、人間より長命であり、人間のおよそ三倍以上生きるとされている。
この世界では人間の次に多く存在すると言われているが、人間とともに生活しているエルフは全体の三分の一程度。それ以外は、エルフの国・ブランに引きこもっていたり、人間が来ない森や山の奥でひっそりと暮らしていると伝えられている。
メルリアもそれらの情報は知っていた。本で読んだことがあったからだ。しかし、まともにエルフと会話するのはこれが初めてだった。
一つため息をつく女を見て、メルリアはびくりとした。もしかしたら気を悪くさせてしまったかもしれない、と思ったからだ。慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! ご迷惑でしたよね」
「構わん。お前のような人間の反応は見飽きている。それでおまえ、名前は?」
呆れたような声を漏らし、女は続きを促す。
「メルリア・ベルといいます」
女はメルリアの名前を復唱すると、椅子から立ち上がった。女の長い髪が静かに揺れた。
「私はネフリティスだ。錬金術で生計を立てている」
メルリアはその名を確認するよう何度か呟く。珍しい響きの名だと思った。
「錬金術……? 魔法とは違うんですか?」
きょとん、とするメルリアを見て、ネフリティスは再び椅子に腰掛けた。
「全く違う。錬金術は科学技術だ。物質を全く別の物に変異させる――しかしまあ、こう言うと素人には魔法のように聞こえるかもしれないが」
ネフリティスの説明に、メルリアは首をかしげることしかできなかった。彼女の言葉通り、どう考えても魔法のようにしか聞こえなかった。科学……つまり、魔力がない人間でも扱うことができる技術なのだろうか? そう尋ねようとしたが、ネフリティスはつまらなそうにメルリアから視線をそらす。代わりに、本棚をじっと見つめていたエルヴィーラの背中に問いかけた。
「で、お前はどうしてこの娘を連れてきた? あいつに内緒で駆け落ちか?」
ネフリティスのニヤニヤとした笑みにエルヴィーラは振り返ると、肩をすくめてみせる。
「まさか。今日はね、メルをあなたに紹介するために来たのよ」
その言葉に、ネフリティスはメルリアを見つめる。視線にはっとしたメルリアもまた、ネフリティスの目をじっと見つめ返した。喉の手前まで出かかっていた錬金術への質問を飲み込みながら。
メルリアは落ち着かない様子で、まばたきを繰り返した。あの花について人に聞いたのは何年も前だが、しらみつぶしに探していたあの時と今では状況が違う。知っている可能性のある人物に質問することがこんなに緊張するとは。もしかしたら、もう答えが得られるかもしれない。
期待と不安でメルリアの胸が高鳴っていく。短い呼吸を繰り返した後、意を決したようにネフリティスを見つめる。そして、力強く切り出した。
「探している花があるんです。図書館の植物図鑑を見ても、私の求めている物に一致する記述がなくって――」
「先に言っておくことがあるが」
話の途中であったが、ネフリティスはわざとらしく声を張り上げると、メルリアの言葉を手で制した。
「お前がエルヴィーラの紹介だとはいえ、情報はタダじゃない。錬金術師に頼らなければならないようなものであれば尚更だ」
力んでいた肩の力が抜けていく。メルリアの表情が強ばった。
どうしたらいいのだろう。メルリアは考える。どうにか教えてもらいたい。もう八方塞がりだ。
背負ったリュックの重みに意識を向けた。たいした物は持っていない。お金なら、必要であれば出すつもりでいた。
けれど――。
きっぱりと言い放ったネフリティスの表情を思い出す。お金を渡したところでは解決しない。そんな気がした。しかし、考えても答えは出ない。
テーブルの上には白い煙が立ちこめていた。女はその煙の発生源へと躊躇なく手を伸ばすと、グリーンスフェーンに似た輝きを持つ丸い石を手に取った。石越しに透けて見える己の指を見つめる。
そうしている頃には、部屋に充満していた煙がすっかり消えていた。その石を白樺のかごにしまうと、女は地面を蹴った。女の座る椅子がくるりと回り、ふたりの方に向きを変える。
「ずいぶんと熱中していたわね。何を作っていたの?」
「常人には必要のない物だ。無論、お前の役にも立たないぞ」
その会話を聞きながら、メルリアは落ち着かないといった風に女の様子をうかがった。女は腰まで届くような長髪に、長い睫毛に宝石のような緑色の瞳をしている。年齢は三十代くらいだろうか。シャムロックと同じくらいに見える。それに――女と目が合うと、メルリアがびくりと反応した。
「そんなに私が珍しいか?」
女は長い髪を耳にかけると、自分の耳を人差し指で触れた。長く尖った形状の耳は、人間のそれとは異なる。エルフと呼ばれる種族の特徴そのものだった。
「え、えっと……。エルフの方を間近で見るのは初めてなので」
メルリアはエルフ特有の耳を見やると、こわごわと答えた。
人間とエルフの外見の差異といえば、耳の形くらいだ。しかし、その性質は大きく異なっている。エルフは生まれながらに必ず魔力を持ち、科学では全く説明のつかない魔法という技術が扱える。
また、人間より長命であり、人間のおよそ三倍以上生きるとされている。
この世界では人間の次に多く存在すると言われているが、人間とともに生活しているエルフは全体の三分の一程度。それ以外は、エルフの国・ブランに引きこもっていたり、人間が来ない森や山の奥でひっそりと暮らしていると伝えられている。
メルリアもそれらの情報は知っていた。本で読んだことがあったからだ。しかし、まともにエルフと会話するのはこれが初めてだった。
一つため息をつく女を見て、メルリアはびくりとした。もしかしたら気を悪くさせてしまったかもしれない、と思ったからだ。慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい! ご迷惑でしたよね」
「構わん。お前のような人間の反応は見飽きている。それでおまえ、名前は?」
呆れたような声を漏らし、女は続きを促す。
「メルリア・ベルといいます」
女はメルリアの名前を復唱すると、椅子から立ち上がった。女の長い髪が静かに揺れた。
「私はネフリティスだ。錬金術で生計を立てている」
メルリアはその名を確認するよう何度か呟く。珍しい響きの名だと思った。
「錬金術……? 魔法とは違うんですか?」
きょとん、とするメルリアを見て、ネフリティスは再び椅子に腰掛けた。
「全く違う。錬金術は科学技術だ。物質を全く別の物に変異させる――しかしまあ、こう言うと素人には魔法のように聞こえるかもしれないが」
ネフリティスの説明に、メルリアは首をかしげることしかできなかった。彼女の言葉通り、どう考えても魔法のようにしか聞こえなかった。科学……つまり、魔力がない人間でも扱うことができる技術なのだろうか? そう尋ねようとしたが、ネフリティスはつまらなそうにメルリアから視線をそらす。代わりに、本棚をじっと見つめていたエルヴィーラの背中に問いかけた。
「で、お前はどうしてこの娘を連れてきた? あいつに内緒で駆け落ちか?」
ネフリティスのニヤニヤとした笑みにエルヴィーラは振り返ると、肩をすくめてみせる。
「まさか。今日はね、メルをあなたに紹介するために来たのよ」
その言葉に、ネフリティスはメルリアを見つめる。視線にはっとしたメルリアもまた、ネフリティスの目をじっと見つめ返した。喉の手前まで出かかっていた錬金術への質問を飲み込みながら。
メルリアは落ち着かない様子で、まばたきを繰り返した。あの花について人に聞いたのは何年も前だが、しらみつぶしに探していたあの時と今では状況が違う。知っている可能性のある人物に質問することがこんなに緊張するとは。もしかしたら、もう答えが得られるかもしれない。
期待と不安でメルリアの胸が高鳴っていく。短い呼吸を繰り返した後、意を決したようにネフリティスを見つめる。そして、力強く切り出した。
「探している花があるんです。図書館の植物図鑑を見ても、私の求めている物に一致する記述がなくって――」
「先に言っておくことがあるが」
話の途中であったが、ネフリティスはわざとらしく声を張り上げると、メルリアの言葉を手で制した。
「お前がエルヴィーラの紹介だとはいえ、情報はタダじゃない。錬金術師に頼らなければならないようなものであれば尚更だ」
力んでいた肩の力が抜けていく。メルリアの表情が強ばった。
どうしたらいいのだろう。メルリアは考える。どうにか教えてもらいたい。もう八方塞がりだ。
背負ったリュックの重みに意識を向けた。たいした物は持っていない。お金なら、必要であれば出すつもりでいた。
けれど――。
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